コレ系(ヤンキー物やタイムトリップ物)の中では出色に近く面白かった。ヤンキー物もタイムトリップ物も、流行りだし一定のウケは狙えるし、じゃいっそのことくっつけちゃえば?と、原作を作った人が思ったかどうかは定かではないけれど、まあこの人気のコンテンツがくっついたという訳だ。とか、観る前は思っていた。それで私とかが釣れるんだから、まあいいじゃん?位な感じで。でも意外と、というか多分心のどこかで薄っすらと期待していたのだけれど、面白かった。かなりの儲け感がある。
話の内容も面白かったんだけれど、これがこれほど面白かったのは、役者の力量と熱量が大きかったなぁ!北村匠海と吉沢亮と山田裕貴。この3人が凄く凄く良かった!何というか、役者の「格の違い」のようなものを、その他大勢のヤンキーたちとは一線を画して見せつけられた。吉沢亮なんて、私初めて彼のファンになりましたです。元からのファンの方ごめんなさい、なんだけど。「キングダム」の時よりも100倍いいじゃん!山田裕貴は、この龍宮寺という男の出立ちが、彼に当て書きされたのかと思う位似合っていた!(もちろん山田裕貴が頑張って役に近づけたということは知っての上で敢えて書く。)
北村匠海は元からいい役者であることは知っていたので、それほど新鮮な驚きは無いが、無難以上の何かの魅力で主役兼狂言回しを上手くこなしていたと思う。あと、実は磯村優斗が出ることを知って、それが目当てで観に行ったのも動機の5割位は占めていたんだけれど、磯村優斗はある種の端役であった。でも、とても重要な端役なんだなぁ。
この令和のご時世に(設定は平成であるが)、特攻服に身を固めたこんなにも沢山の若者が日々縄張り争いの喧嘩に明け暮れるなんて、そしてそれが本作に限らず、映画の世界では千々存在するのだから、日本のファンタジーの方向性を憂いてしまったりするのだけれど。だがふと今昔の違いを感じてしまった。「ヤクザと家族 The Family」でも気づいていたのだが、昔のヤンキー(愚連隊)と今のヤンキー(愚連隊)の違いのひとつに気づいたのだ。昔のヤンキーは、成長して暴力団に所属することはあっても、基本的には暴力団の下部組織(?)であって、彼らヤンキーが暴力を生業としていたとしてもビジネスとして成立させるのはもうちょっと大人になって(暴力団員になって)からなのである。対して今のヤンキーは、ハングレに代表されるように、既にその立ち位置がビジネスそのもので、大人になっても、上部組織に所属することなく、自らビジネスを形成していく。大人にならずとも、もうどっぷりとビジネスとして仕切っていたりする。
これは実は大変な、由々しき事態なのだと思う。ヤンキー物だ、とか若手俳優がカッコ良かった、とかキャッキャしていてはいけないことのような気がする。いやでもこれはあくまで映画の中のファンタジーですから。と、誰か私に軽く諭して欲しい。そうでもなければ、こういう作品を観て「ああ面白かった」と、気軽に言えなくなるではないか。
(2021邦画)