7月3日は『バタリアン』の日 : 下呂温泉 留之助商店 店主のブログ
7月3日は『バタリアン』の日
COMING SOON: "The Return of the Living Dead" poster by Utomaru
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配給会社東宝東和の宣伝部員が悪ノリで命名した邦題がすっかり定着してしまったゾンビ映画の最高傑作爆笑カルト『バタリアン』(1985年/原題は The Return of the Living Dead)のトリビュート・ポスターが、MONDOプロデュース x Utomaruさん作画で完成し、その直筆サイン&シリアルナンバー入りAP30部を『ケイト』に続き留之助が発売することになりました。
映画並みに機知に富んだこの傑作ポスターを、こうして今日、7月3日に紹介するのには、ちょいと縁起担ぎな意味もあるのでした。
というのも個性豊かなゾンビたちが次々に登場する映画の主要な舞台、医療品倉庫ユニーダの遠景ショットに "July 3,1984 5:30 P.M. Eastern Dyalight Time" (1984年7月3日午後5時30分東部夏時間)の文字が重なり、映画は幕を開けるのです。
だから今日は勝手に『バタリアン』の記念日なのです。
発売日等の詳しい情報は後日改めてお知らせしますが、ちなみに今年の7月3日は仏滅です。
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『バタリアン』はゾンビの容相ひとつとっても真面目にデザインされた映画史最初のゾンビものでした。
その前にスティーブ・ジョンソンが『ゴーストバスターズ』(1984年)で見せたじつに見事な朽ちてボロボロのタクシードライバーがいましたが、あれはゾンビっぽくても幽霊だったので除外。
とにかく『バタリアン』まで、ほとんどの映画の中のゾンビは俳優の顔にモーティシャンワックスやスリップラバーの切れ端や灰色のドーランを塗ったり貼ったりして作られていましたが、『バタリアン』のそれは美術監督ウィリアム・スタウトがしっかりデザインし、リック・ベイカーの工房で修行を積んだトニー・ガードナーと彼のクルーが低予算ながら全力投球で創り上げた個性豊かな、文字通りのモンスター・クリーチャーだったのです。
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恐竜画家としても超有名なビル(ウィリアム・スタウトを知る人たちは親しみを込めてそう呼んでいました)といえば、1980年代に何度か取材したり、蛇やトカゲを飼っている彼のアパートにも招かれたことがありましたが、その才気溢れるアーティストを美術監督に起用した『バタリアン』の脚本家兼監督ダン・オバノンこそが真に偉い。
H・R・ギーガーに宇宙の魔物をデザインさせた『エイリアン』(1979年)の原案者でありビジュアル・コンセプト・コンサルタントであり、わざわざ渡米して『エイリアン』アメリカ公開の前日、神経性胃炎で入院している彼を病院まで押しかけてインタビューしたのが懐かしいオバノン様が、何から何まで気が利いたバタリアン・ワールドを創造したのでした。
しかし留之助が『バタリアン』に激しく愛着を感じるのには、もっと個人的な理由がありました。



Utomaruさんのポスターの真ん中で足を広げて座っているお行儀の悪い女の子、トラッシュを演じたリネア・クイグリーっていう女優さんと、下呂温泉で遅くまで呑んだことがあるからなんです。
1991年に先述のスティーブ・ジョンソンが映画のイベントで来日した際、下呂温泉にも招待したのですが、その時、彼が同伴したのが当時のガール・フレンドのリネアで、『バタリアン』から抜け出たような、まんま危なっかしい面白い子でした。
撮影時の話を聞くと、とにかく映画のセットはクレージーなキャストとクルーで溢れ返ったお祭り騒ぎ状態で、それを煽動していたのがオバノン。
彼の口車に乗せられ脱がされて、予定よりずっと裸のシーンが増えたと笑って話してくれたのでした。
『バタリアン』ポスターにはUtomaruさん自作のステッカーも付属。
『ケイト』のポスターではご迷惑をおかけした細い発送用チューブの使用をやめ、今回は特製のケースを採用させていただきます。
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by tomenosuke_2006 | 2022-07-03 10:19 | 書店入荷新着情報
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