2018年04月 - TAMIの気まぐれ通信
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スペイン領ギニア:1953年シリーズ

国名:スペイン領ギニア Guinea Espanola(現在の赤道ギニア共和国)
通貨単位:1P(ペセタ)=100c(センタボ)

シリーズ構成:単片4種(低額2種は付加金付)
発行年月日:1953年11月23日

スコットカタログ:#331 - #332, #B27 - #B28

スペインは、アフリカ各地に、比較的小さな植民地をいくつか持っていた。
スペイン領ギアナは、リオ・ムニと共に、現在の赤道ギアナ共和国として独立している。
スペイン領時代に、何回か昆虫切手を発行しており、単色刷ながら、独特の雰囲気を持ったもので、図案の出来も良く好きな昆虫切手シリーズである。


フトカミキリ亜科 Tragocephala  nobilis  Fabricius,1787
Tragocephala属は、アフリカを代表する、比較的大型の種類で構成される、フトカミキリ亜科のグループで32種ほどを含む。


ドルーリーオオアゲハ Papilio  antimachus  (Drury,1782)
アフリカを代表する大型のアゲハチョウで、展翅した際の前翅の両先端のサイズは世界最大のサイズとされている。
種名は学名をとって、アンティマクスオオアゲハと呼ばれることもあるが、一般的には記載した研究者の名前をとって、ドルーリーオオアゲハと呼ばれることが多い。
同様にアフリカを代表するアゲハチョウである、ザルモキシスオオアゲハと並んで、♀が得がたいことでも知られ、本種の場合は♀は♂に較べて著しく小型であるという。
初日カバーも手元にあるが、カシエが2種あるので、合わせて紹介しておきます。

カシエにドルーリーオオアゲハが描かれた、フェルナンド・ポー局印の初日カバー。
フェルナンド・ポーは首都であるサンタ・イサベル(現マラボ)が所在する島の名前で、現在はビオコ島と呼ばれている。
カシエのドルーリーオオアゲハは、非常に秀悦な出来で、切手も含めて、この種で最も優れた図案の一つだと思われる。

スペイン領ギニアの首都である、サンタ・イサベルから、本国のカスティーリャ・イ・レオン州アビラに宛てた、実逓の初日カバー。
カシエには図案化された蝶と、アザミの仲間と切手の発行日が描かれている。
全部持っているわけではないが、スペイン領の初日カバーのカシエは、図案化されたものが多いので、上の初日カバーのように、かっちりと描かれたものは少ないように思う。

ウブド市場(パサール・スニ)

先日、ウブドの朝市を紹介しました。
朝市は、食料品を中心とした、地元の人向けのパサール。
8時過ぎから夕方までは、観光客向けの土産物や衣料品中心の、パサール・スニが開かれる。
朝市が、露店中心だったのに対し、パサール・スニは作り付けの店舗形式のものが多い。
もちろん露店もたくさんある。
扱っているものは、様々な雑貨や衣料品、工芸品などの土産物が多い。
全部紹介するのはとても出来ないので、一部の画像を紹介します。


食品に準ずるものとして、スパイス類を扱っている店舗。
日本でも手に入るものが多いが、値段はかなり安め。
基本的にインドネシア語だが、聞けば使用法も教えてくれる。


鍛冶屋さんの製作した刃物類。
ただ、帰国後に空港のチェックで取り上げられることもある。


安価なブレスレットや工芸品などを扱う店も多い。
ものはたくさんあるので、気に入ったものが見つかるかも。




表面に、色ガラスなどの小片を貼り付けたタイル。
サイズは10-15cmほど。
下の写真の上半分に写っている、色とりどりのパイナップルも最近はあちこちで見かける。


トートバッグ、アイラブ・バリはいろいろなバージョンがあるが、ほぼ定番のアイテム。


安価なブレスレット類、指輪などを扱う店でよく見かける。
デザインなども様々で、どのくらい種類があるのか分からない。


サーフボード型の土産物。
サイズは数個がパックされた10cmほどのものから、数十cmほどのものまで様々。
大きなものは壁掛けなどになりそうだし、小さなものはキー・フォルダーが多いようだ。
時計をはめ込んだものも増えてきている。


以前はほとんど見かけなかった、アメリカなどの古いポスターや看板などをコピーしたもの。
表面は、多少古く見せようと、色などを工夫したものが多い。


これも定番の土産物、籐細工のバッグやかごなど。




これも定番のバリ猫、色も大きさも様々で、小さなものは、このように5個ずつラッピングされたものが多い。
大きなものは数十cmサイズのものまである。


いろいろなバッグやサロン(腰に巻く布)。

モンキーフォレスト通りの棚田

今のココ・マーケット前のT字路を、モンキーフォレスト通りに入って、しばらく坂道を下ったあたりに、直接、道路に面した小さな棚田があった。


2001年3月4日撮影。
全景ではないのでわかりにくいが、すぐ手前がモンキーフォレスト通り。


2010年4月25日撮影。
上に見える建物は、この数年前に着工して、完成するまでにかなり長期間かかっていた。
これもモンキーフォレスト通りから見た風景。




今年4月15日に撮影したもの。
バイクの置いてあるあたりが、一番下の水田があったあたり。
道の向かい側は、今の大駐車場付近。
斜面に入ると藪になっているが、中は段になっていて、棚田だった頃の面影は残っている。

Sanur(サヌール)海岸

昨日は、バリ島南部のスランガン島と、サヌール海岸を散策してきました。
スランガン島は今は橋で繋がっていて、島と言うよりは水路で隔てられた岬のような感じです。
ウミガメの保護センターがあり、そこを見学してきました。
写真も少し撮っただけなので、その後行ったサヌール海岸の画像を紹介します。




ここはマリンリゾートと言うよりは、沖合にあるレンボガン島への、ボート乗り場として知られています。
ボートの発着する桟橋はなく、水の中を歩いてボートに乗り込みます。
肩から提げるようなバッグを持った人は、大変そうでした。
背中に背負うタイプの荷物が正解のようです。


海岸に沿って、仮設の店舗が並んでいて、ボートのチケット売り場も、この中に何軒もあります。
運行している会社は数社あるようなので、あまり待ち時間もなくボートに乗り込めます。


浜辺には、レンタルの浮き輪もあります。
平日の午後だったので、人もまばらでした。




地元の子供達が何人か、遊んだり水浴びをしたり。


沖を見ると、レンボガン島から戻ってくる、スピードボートが頻繁に運航している。


時折、小さな漁船の姿も見られます。
元々は、漁港として知られていた場所でもあります。


車に戻りかけたときに、刺し網にかかった魚を外している漁師さんがいたので、写真を撮らせてもらいました。


最後に、海辺のワルンで食べたエスブア。
結構なボリュームでしたが、値段は10,000ルピア(80円)ほど。

Kubu海岸

4月3日に、バリ島東北部の海岸を回ったとき、短時間だけクブ村の海岸を散策したので、画像を少し紹介します。
アメッドからシンガラジャの間の海岸は、特に観光名所もなく、ダイビング・シュノーケリングと、イルカの群れを見に行く旅行者が訪れるだけの、あまり知られていない場所だ。
この辺で一番有名な町は、ダイビングスポットとして知られるトランベンだろう。
クブ村はトランベンから、少しシンガラジャ方面に行ったところにある小さな村だ。
海岸に出てみると、プラ・スガラというお寺があり、小さなワルンが一つだけある。
ワルンの周りに、白人のダイバー達がダイビングに出発するところだったようで、インストラクターのレクチャーを受けていた。


海辺にある小さなワルン。
観光資源としては、ダイビング以外のものは、ほとんど無いような場所だ。
周辺にいくつか、ホテルが建っている。


海岸はほとんど砂浜が無く、潮が引いたときも、砂利が堆積した浜が続いているように見えた。
コンクリートと石で護岸されているので、以前は砂浜があったのかも知れない。
バリ島では、ここ何年か、海岸の浸食が目立って激しくなっていて、大がかりな堤防の建設が続いている。




海岸はココヤシで縁取られていて、狭い浜辺には、アウトリガーのついた小舟が、ぎっしり並べられている。
夕方から早朝にかけては、沖に行って漁をしている舟が多い。
この海岸も、波打ち際の傾斜が強くなっているように見え、かなりの早さで浸食されていることがうかがえる。


海岸に断つ、プラ・スガラという寺院。
同じ名前の寺が、北海岸には非常に多く、海に関連した寺院だと思われるが、今のところ、詳しいことは分かっていない。
ロビナ海岸付近でも、村ごとに、この名前の寺が建てられている。
どれも、村の規模からすると、かなり立派な建物ばかりだ。






一番下の写真は、入口の割れ門から、中庭越しに中門を見たところ。
バリ島の最高峰、アグン山を背後に控えるような感じに建てられている。
山側の後背地は、アグン山の山麓になっていて、1963-64年にかけての大噴火で、流れ出した溶岩や火山噴出物に覆われた土地が広がっている。
川も何本か見られるが、すべて、大雨の時だけ水が流れる涸れた川ばかりだ。
車道の山側は、林になっているところが多く、現在はアグン山の眺望はない。
以前は林もなく、一面に広がる溶岩原だったようだ。

Tanah Lot(タナロット)の夕暮れ

昨日は、夕日の観光名所、タナロット寺院を見てきたので、画像を何枚か紹介します。
もう10年以上も見に来ていなかったと思う。
バリ島の夕日の名所としては、クタ海岸、ウルワトゥ寺院(最近はケチャも有名)、タナロット寺院あたりがメインの場所かと思います。
どこも、水平線近くに雲が出やすく、海に沈む夕日が見られるのは、意外と珍しいことです。
昨日も水平線付近に、かなり雲が多く、夕暮れは雲の向こう側で終わってしまった感じです。
ウブドを出発したのは午後4時ごろ、タナロットに到着したのは5時半過ぎ位でした。
まず、駐車場入口でチケットを購入します。
駐車料金込みで、65,000ルピア(600円ほど)で、観光地の中でも料金が高いクラスに入ると思います。
駐車場から、西側のプラ・バトゥボロンのある岬の方へ向かいました。


タナロットのエリア内でも、眺めのきれいなところで、海に突き出た岬が重なるように見え、その先に西側の海岸が煙るように見える風景は、絶景と行っても良いかと思います。


この辺は波の荒い場所なので、浸食された岩の姿も面白く、岩に寄せた波のしぶきがきれいです。
ただ、磯に降りて行く観光客も多く、高波にさらわれた事故も起きているようなので、波の状態には、十分な注意が必要だと思います。
この手の事故は、クタ海岸などでも起きているようです。


バトゥボロン寺院と、タナロット寺院の間にある岬から、タナロット寺院を見たところ。
水平線上に長く伸びているのは、ウルワトゥ寺院のある半島。
年に一回のオダランの際には、ここがバリ人で埋め尽くされるという。


磯に降りて、前の写真を撮った岬を見たところ。




寺院と夕日が見られる展望台は、観光客用のレストランで埋められていて、飲物を注文して夕日を眺めることになる。
この日はミルクシェイクを注文した。
飲物は30,000ルピアだが、サービスのような感じで出てきたつまみが、サービスではなく5,000ルピア加算されていた。
上の2枚が今日の夕暮れ、ランクは普通程度と行ったところ。

Pasar Ubud(ウブド朝市)

4月16日、ウブド市場の朝市を散策したので、画像を紹介します。
部屋を出たのが6時45分頃。
ウブド市場に7時前に到着。
今回目についたことは、長期滞在者と思われる、欧米人の姿が目立ったこと。
交渉次第では、スーパーマーケットで買い物をするよりも、生鮮食料を安く購入できるからだろう。
短期の旅行者と思われる人たちは、中国人と思われる、少数の人を見かけただけで多くはない。








ホームメイドのお菓子。
原料は米が主で、揚げたエビセンのようなものと、蒸した餅菓子のようなものが多い。
以前はむき出しのままで並んでいたが、最近はプラスチック製の袋で、ラッピングしたものがほとんど。


朝市は生鮮野菜と果物の店が多いが、それ以外で目立つのは、供物を扱う店。
供物を入れる、バナナの葉で作った15cm角ほどの小皿と、それに入れる花びら用の花。




花は庭先に植えてある、生け垣の花を摘んで使用したりもするが、祭礼などの時は大量に使用するので市場で購入する人も多い。






普通に使うのは、バナナの小皿に載せたものと、バナナの葉を5cm角ほどに切って、それに少量のご飯などを載せたもの。
祭壇や家寺に供える場合は、こういった手の込んだものを供えたりもするので、出来合いのものを買っていったりする。
以前は各家庭で供物をつくって供えたために、店先や家の玄関先などで、近所の女性が集まって供物を作る風景が見られたが、最近はそれも減ってきている。
バナナやヤシの葉を継いで行くのも、1cmほどの細く削った竹の短い串を使っていたが、最近はホチキスで留めているのを見かけることが多くなった。
買い物をしなくても、見て回るだけで結構楽しめるし、お菓子や総菜を買って、味を確かめたりするのも面白いので、ちょっと朝早く起きてみるのも良いかと思います。
他の観光地と違って、入場料も取られませんし。
果物なども、質問すると食べ方や名前なども教えてもらえます。
ちなみに、8時ごろになると朝市は終了して、お土産物やさんなどが店を開き始めます。

「トロピカル・ビュー」カフェのビュー

ほぼ完成に近づいた、モンキーフォレストの大駐車場。
その入口の北側に、トロピカルビュー・カフェがある。
今の建物は2代目で、同じ場所に、同じ名前のレストランがあった(オーナーも同一人物)。
客席からの水田の眺めがきれいで、旅行者に人気のレストランだ。
その付近で撮影した、2005年の写真が出てきたので、今の風景と合わせて紹介します。


画面の左手に見える、水田に面した建物は「テガル・サリ」。
右よりに縦に伸びている畦道から右側が、ほぼモンキーフォレストの大駐車場の敷地にあたる。
トロピカル・ビューはこの畦道の、左側手前付近にある。


1枚目と同じ、2005年4月20日に撮影したもの。
まだ牛を使って田起こしをしている、のどかな風景が、ウブドの町中でも見られた。
農夫の向こう側が、テガル・サリのバンガロー。


1枚目の写真と、ほぼ同じと思える場所から撮影した風景
バイクの駐車場の左側の林の付近に、畦道があったと思われる。
その後ろは、かなり縮小したが、まだ水田は残されている。




駐車場の北側の端、畦道があったと思われるあたりから見た風景
歩道になっていて、奥の方にゆくと左手に水田が見られる。


最後に、レストランから見た水田
手前にハス池が作られていて、その奥に2区画の水田が、かろうじて残されている。
左側の赤い屋根は、現在のテガル・サリ。

プンゴセカン村ダラム寺院のガジュマル

昨日、プンゴセカン村付近を散策したときに、ダラム寺院裏手の、墓地に生えていたガジュマル2本のうち1本が、高さ10mほどのところで、切り落とされていたので、画像を紹介します。
枝が車道に覆い被さるような感じで生えていたもので、あまり大きくはないものの、独特の不気味さを持った木でした。


去年の3月17日に撮影したもの。


昨日ほぼ同じ場所から撮影したもの。
多分、車道側に、倒壊の危険があるという理由で伐られたものと思われます。




これも去年の同日に撮影したもの。


幹だけを残して、ばっさりと断ち伐られてしまっている。
道は明るい感じになったものの、風景としては物足りなさが残る。
ガジュマルの大木の伐採は、ここだけのことではなく、バリ島の各地で見られる。
交通量が多くなって、道路の拡幅工事のために、やむを得ないことなのかも知れないが。
宗教的には、霊力を持った神聖な樹木でもあるので、地元の人たちの思いは、どうなのか、いささか気になる。

Laka Leke レストラン:2001年 & 2018年

ニュークニン村にある、カフェ・ワヤン系の老舗レストラン「ラカ・レケ」。
団体客用のレストランとして、1998年にウブドに来たときには、すでに現在の位置にあった。
その後、何度か、客席が増築されたり、建物が改築されたりしているが、規模は変わっていないように思う。
このレストランを西側の水田越しに撮影した、2001年の写真が出てきたので、先日撮影した写真と合わせて紹介します。
ちなみに、レストランの東側にある、店名を掘った大きな石は当時のままです。
駐車場の奥にある蓮池は、1998年当時には無く、その後何年かして作られたものです。

2001年3月11日に撮影した、バリ島の伝統的なスタイルの、米倉を模した四阿風の客席。
これ以前には無く、この年に出来たものだと記憶している。

今年撮影した写真で、ほぼ同じ場所から撮っていると思う。
左側に並んでいる、平屋4棟がレストランの建物。
手前の水田は、ほぼ当時のまま残っている。
左側の大きな建物は、隣接するヴィラ。