【靖国神社】明治、招魂社時代の競馬と日本の競馬
皆様、新年、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
三代歌川広重 東京滑稽名所 靖国神社 競馬の名人 明治16年(1883年)
年頭にあたりまして、一つ今年の干支(と言うか十二支)にまつわるお話しでもやってみましょ
うか、と思いました所、“馬”と言えば“競馬”の話ぐらいしか思い浮かばないという、なんとまあ
発想が貧困で申し訳ございませんw
以前少しだけ触れた事がありますが、私も以前は少し“競馬”をかじっていた時期がありました。
もちろん「馬主」とかそんな大それたものではありません。少々馬券を、それも中央競馬(JRA)
の馬券を時々買っていた程度です。まあ最近はそれ程買ってはいませんが。
私が子どもの頃は“競馬場”と言いますと“ギャンブル狂の鉄火場”という雰囲気がまだまだ強
かったものですが、“オグリキャップ”ブームの頃から後は、競馬も一つの趣味として認知されて
きたように思います。
私の場合は“オグリキャップ”ブームよりも、もう少し後でして、
『ベガはベガでも、ホクトベガ~~~!!』
の世代になりますw(またマニアなネタと言うか、分かる人にしか分からないネタをw)
※私は年齢的には倉山満氏より上で、上念司氏よりはちょっと下の世代になります。
そう言えば、ここ数年はほとんど“競馬場”に行く事はなかったんですけど、たまたまの昨年暮
れに中山競馬場に行ってきました。いえ、有馬記念じゃありません。朝日杯3歳…じゃなかった、
今は朝日杯フューチュリティステークスとか言うようになったんですよね、そのGⅠ前日の土曜
開催の時に、たまたま中山競馬場に行ってました。数年ぶりに。
それにしても、入場してすぐの所にあったコレは何なんでしょうね?と思ったんですが、どうやら
例の「進撃の巨人」の巨人をジョッキーにみたてて作ったものなんでしょう、コレは。
今回のこのブログ記事のカテゴリ自体が「歴史、ドラマ、小説、漫画、アニメ」のカテゴリでして、
(※後日追記。「マンガ、アニメ」のみカテゴリより分離)
私も人一倍マンガには詳しいつもり、と言うか、もう最近はほとんど読んでないので最近のマン
ガの潮流にはほとんどついていけていません。「進撃の巨人」はパラパラとめくって少し内容を
確認してみましたが、う~ん、私的にはイマイチ微妙な感じだったので、それ以来読んでなくて
内容よく知らないんですよねえw
(ちなみに私が今でも読んでるマンガは、以前にこのカテゴリで取り上げた「風雲児たち」と、あ
とは島本和彦の「アオイホノオ」ぐらいですw)
これは当日撮りました中山競馬場のパドック脇にあるハイセイコー像です。
さて、それでは話を「靖国神社と明治の日本の競馬」に移しましょう。
昨年暮れには安倍首相の靖国参拝があり、また今年に入ってから、正月三が日の靖国神社の
初詣もかなり盛況だった。
その靖国神社では、明治の中頃までは“競馬”が催されていました。年三回の例大祭の際に。
(当時は「靖国神社」というより、まだ「招魂社」と呼ばれていた時代ですが)
それは日本で古くから神社などで伝統行事として行われてきた“くらべうま”(鶴岡八幡宮や上賀
茂神社など)とは違って、完全に「洋式競馬」として行われていた“競馬”でした。
『なぜに神社で「洋式競馬」を?』
と思われるかも知れません。
ちなみにこの競馬を主催していたのは兵部省(のちの陸軍省)です。
そうなんです。明治に入ってからの“競馬”というのは、日本陸軍の課題でもあった
「馬匹改良」
と深く関わっているのです。
要するに騎馬隊の「馬の強化」の為という事ですね。
(この辺の話は「坂の上の雲」の秋山好古とも少し関連がある話ではあります)
また競馬は軍人への馬術奨励という意味合いもありました。
まあ「洋式競馬」と言いましても、今のJRAのように「三連単」とか「ワイド」とか、馬券発売をして
資金を集めていた訳ではありませんw
と言うか当時は「賭け事」自体が御法度でした。
それでもまあ、「奉納競馬」という形で年に三回、例大祭に合わせて開催されたこの靖国神社
(招魂社)の競馬は、東京の風物詩として活況を呈していたようです。
孟斎 東京名所 招魂社馬かけ 明治11年(1878年)
三代歌川国輝 東京招魂社競馬之図 明治24年(1891年)
周辺は大いに賑わっていて、さながら昨日までの初詣並に、多くの人が楽しみにして神社まで
出かけてきた事でしょう。
この靖国神社(招魂社)競馬は明治3年(1870年)から明治31年(1898年)まで続いたようです。
ちなみにこの明治の頃は、上野不忍池でも“競馬”が開催されていました。
作者不詳 東京名所 上野公園競馬の図 明治24年(1891年)
幾英 上野乃満花 不忍競馬之図 明治22年(1889年)
当時の競馬は「馬匹改良」や「馬術奨励」という側面が大きかった訳ですが、そうは言っても
やはり「明治の欧化政策」というもう一つの側面もかなり大きく、鹿鳴館とならんで競馬も欧化
政策として利用されました。
上野不忍池の競馬は明治天皇や皇室の方々もしばしばご観覧されていたようです。
また、空に描かれているのは、花火とともに打ち上げられた人形などの品々のようです。
上野不忍池の競馬は明治17年(1884年)から明治25年(1892年)まで行われました。
靖国神社(招魂社)の競馬も、上野不忍池の競馬も、ともに明治の中頃で終了となりました。
それはなぜか?と言いますと、
馬券を発売できなかったからです。
資金が続かないのです。馬券を発売できないと。
当時は「賭け事」自体が御法度でしたので馬券を発売できませんでした。
唯一の例外を除いては。
実は現在の「日本競馬」に続く、その原点となった“競馬”というのは東京にはありません。
それは横浜にあったのです。
永林 横浜名所之内 大日本横浜根岸万国人競馬興業ノ図 明治5年(1872年)
この横浜の根岸競馬場が、今の日本中央競馬会(JRA)の前身とも言うべき存在です。
横浜には開港以来、イギリスの勢力を中心とした居留地が存続していました。
(余談ですが、チャンネル桜の水島社長が時折『日本は過去に一度も、現在の(米軍の)ように
外国の軍隊が居留した事はない』と発言していますが、厳密に言うと、幕末から明治の数年
まではイギリスの軍隊が横浜に駐留していたし、「明治の条約改正」までは居留地も存在し
ていた)
この横浜・根岸の「日本レースクラブ」はイギリス人が主要の会員であり、「賭け(馬券)」も事
実上公認されていた。
(ちなみに「日本レースクラブ」の会頭はイギリス大使が兼務するのが通例だったので、私の
ブログでも重要な人物である「アーネスト・サトウ」も一時期就任していたようです)
明治32年(1899年)に条約改正が発効し、根岸競馬場も日本政府の施政下におかれる事と
なった。それと同時に「賭け(馬券)」も禁止になるはずだったが、「黙許」という形でしばらくは
「賭け(馬券)」は黙認されていた。
だけんども、しかし(かなざわいっせい調)、それも後に完全に「賭け(馬券)禁止」となり、“競馬”
は一旦は下火になるが、それでもなお競馬場は全国各地に作られていき、現在の(戦後の)
日本競馬界へと続く礎(いしずえ)になった、という訳です。
年頭なので、ちょっと変わった話などをしてみましたが、今年こそは『NHKを解体できるように』
(=『ちゃんとした国営放送が作られるように』)、そのきっかけが作られるように、しかしまあ、
のんびりとやっていこうかなあ、などと考えている次第です。
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来月の都知事選についての所感
長らく、このブログのプロフィール欄に
『夢は、櫻井よしこ 文部科学大臣、青山繁晴 外務大臣(拉致問題担当兼任)、田母神俊雄 防衛大臣、の就任です。
と掲げてきてましたので、私が支持する都知事候補は田母神さんに決まっていますが、
ハッキリ言って「不安」もあります。
その「不安」と言うのは、私がこの話を最初に耳にした時から感じていました。
どういう「不安」であるか?については、倉山満氏が、既に先日倉山氏のHPで具体的に
解説していました。その解説の内容が、私の感じていた「不安」と全く同じものでした。
田母神氏出馬に関しての倉山塾塾長としての見解 2014年1月4日
http://www.kurayama.jp/modules/wordpress/index.php?p=1184
私自身が『病的なまでの反サヨク病である』事はこれまで繰り返し述べてきました。
実際、前回の都知事選の時も以下のように書いていました。
石原新党と維新の会(2012/11/17)
都民である私の立場からすれば、次の都知事選で、昨年の統一地方選挙における
「世田谷区長選挙」のような結果だけは絶対に避けてもらいたい、という願いがある
だけです。(ちなみには私は世田谷区民ではありません)
あの「世田谷区長選挙」では、有力候補が何人か立ち並ぶ形となり、その結果、
ドサヨクのあの保坂展人が漁夫の利を得て、まんまと当選してしまいました。
世田谷区民には気の毒ですが、自分が世田谷区民ではなくて本当に良かったと
思ってます。
次の都知事選で、『今現在、世田谷区で憂鬱な気持ちで生活をなさっている人々の
気持ちを味わいたくはない』というのが都民である私の唯一の願いです。
(要するに『サヨク候補者に漁夫の利を得させるな』という事です)
しかしまあ、次々とあがってくる都知事候補の顔ぶれを見ると『石原都知事はまだマシ
だったよなあ』というのが私の実感ですが、都知事選の事はとりあえず脇に置いておく
事にしましょう。(以下略)
待ちに待った決戦の日まで、あと一週間だというのにNHKは…(2012/12/08)
選挙戦もたけなわで、衆院選の各候補者も忙しさはピークかと思われますが、普通に生活を
している我々民間人も、年末の忙しさに追われる今日この頃であります。
あ、私は都民だから都知事選もあるんだよな。
なにせ衆院選の重要度があまりにも高すぎて、都知事選の事を忘れがちになってしまってますね。
都知事選は、あのドサヨク弁護士以外なら、まあ誰でも一緒かなあ。
(※マック等の常連泡沫候補は除くw)(以下略)
正直な所、今でも私の“理想の都知事像”というのは特にありません。
『“ドサヨク・反原発”の候補以外なら、まあ特に誰でも構わないかなあ…』
といった感じで。
まあ誰か私の理想に沿った適任者がいれば、それにこした事はありませんが、そんな
候補者は今まで誰も立候補していなかったし、仮にそういった人が立候補したとしても
都民が選ぶとも思えないし、等々、これまであまり真剣に考えた事はありませんでした。
『今、このタイミングで』という事を重視して選ぶとすれば、やはり「2020年東京オリン
ピックの顔となるような人」を選ぶべきなのかなあ?などと漠然と考えていました。
『スポーツ関係者で、若くて、まあやっぱり女性のほうが良いのかなあ?』などと漠然と
考えていましたが、今名前が挙がっている候補者を見るとそんな感じの候補者はいな
さそうですね。
しかしまあ「2020年東京オリンピック」という事を最優先に考えるとすれば、それこそ
「腐れサヨク、左翼のクソども」が支持するような反日候補者を、たとえそれが凄まじい
組織票を動員する奴らといえども、こんな奴を都知事にしてしまったら全国の国民に対
して、いや、地球上の全世界の人々に対して、
これ以上ない「恥さらし」
としか言い様がないのだが、先の参院選で、
山本太郎を堂々の4位で当選させた東京都民
だからなあ、困っちゃうよなあ…。
都知事選についての数字を見てますと、全体の投票数は概ね500万票前後になります
か。
その内、サヨク・左翼の固定層が約20%=約100万票ぐらいになると思われる。
これは前回の都知事選で宇都宮が獲得した数字が約97万。また前回の参院選で共産
党の吉良と、更に山本太郎が獲得した合計得票数が約137万なので、大体サヨク・左翼
の固定票は約100万票ぐらいと言えるだろう。
残りの400万票を田母神さん、桝添、その他の候補者で分け合うとして、これが著しい
混戦になってしまうと、宇都宮の芽(=漁夫の利)も全く無いとは言い切れない。
特に、もし仮に「ガチ保守である田母神さん」の票が予想以上に伸びるとなると、
『“公明党の票”がどこに流れるか分からない』
という恐ろしさもある。
実際、田母神さんの票がどこまで伸びるのか?今の段階ではまだ何とも言えませんね。
石原慎太郎氏その他の保守系議員、または保守系識者が応援するとは言っても、組織
票がある訳でもなく、個人的な応援がいくつかあるに過ぎない。
ネットの力は、最近そこそこ力をつけてきている事を認めはするが、都知事選に勝てる
程の力は持っていない。やはりメインは街頭での選挙戦とマスメディアが中心になる。
私は基本的には田母神さんを応援しますが、気になるのはチャンネル桜の水島社長の
事だ。
水島社長は敵が多すぎる(倉山氏も含めて)。
社長は『都知事選の前面には出てこない』と言っているらしいが、どうなんだろうねえ?
私は過去に何度も、チャンネル桜=水島社長の行動姿勢に苦言を呈してきた。
特に『日の丸の旗を多用するのはまだしも、渋谷の駅頭で、会員達が一斉に君が代
を歌い出すのは、それって単なる自己満足でしょ?』と何度か書いた事がある。
今回、田母神さんの選挙戦を手伝う事になった犬伏氏がこのように書いていた。
いぬぶし秀一の激辛活動日誌
田母俊雄元航空幕僚長出馬会見with石原慎太郎元知事 2014年01月07日
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/98044/diary.html
(以下、一部抜粋引用)
ポピュリズムに走る必要はないが、あえて敵を作る必要はないと思う。さらに、続いて行われた新宿駅前の街頭演説。私も壇上で応援メッセージを送ったが、自分の選挙区での街頭演説の100分の1のトーンで話した。
それは、壇上から見ていても、多くの日の丸とノボリに、支援者ではない一般の都民が「目をそらし」「かかわらないようにしよう」と足早に通り過ぎていく姿を見たからだ。
自らの選挙を反省しつつ、選挙戦は自己満足で終わってしまっては意味がない。多くの有権者、それも東京都という大きな行政機関の長であれば、なおさらだ。保守票は無論のこと、日本が嫌いな方々をも包含するようなリーダーシップが必要になる。(以上、一部抜粋引用終了)
日の丸の旗でさえ、こうなのだ。
チャンネル桜は先日も「君が代斉唱」と「水島社長のがなり声による糾弾=マイクパ
フォーマンス」という形のデモ活動をやっていたらしいが、一般の有権者から見れば
「新宿西口の街宣右翼と同類」と思われても仕方がない事だろうに。
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田母神さんの都知事選は、水島社長との関係がキーポイントになる
来月の都知事選について、前回の記事の続きという事になると思います。
前回の記事で、私が時々ウォッチングしている犬伏氏のサイトの記事を引用させてもら
いました。
犬伏氏のサイトでは『自分の選挙区での街頭演説の100分の1のトーンで話した』と述
べておられたが、私もチャンネル桜の最近のネット動画を見て、なるほど、犬伏氏が声
のトーンを抑えて演説した理由がよく分かった。
【ニコニコ動画】【草莽崛起】頑張れ日本!大演説会とデヴィ夫人の陣中見舞い[桜H26/1/9]
水島社長、やっぱり声デカすぎ
あれでは、あそこで時々演説している「街宣右翼」と勘違いされるでしょうよ。
日の丸の旗が多すぎるという理由も加味して。
この動画を見る限り、『水島社長が主導する形の選挙活動は、やはりダメだな』と言わ
ざるを得ない状況だが、その後の社長のコメントでは『今後は日の丸を控える形にする』
とか発言しているようなので、一応反省はしているらしい。ただし『それで日和ったとか
言われるかも知れないが、そうではない』などと言い訳をしている所に、社長の本音が
透けて見えている。
「水島社長の性格は、選挙活動には向かない」などというのは、元々分かりきっている。
以下の過去記事のように、これまでこのブログで何度も指摘してきた事である。
優先順位がおかしい「野田ミンス」と「NHK及びマスゴミ」(2012/05/12)
(以下、一部抜粋引用)
「水島社長の話す内容は理屈がおかしい。行動力はちょっとは評価するけど」という私の
指摘はこれまで散々書いてきているので今さら繰り返そうとも思わないが、結局この人は
自分個人の感情優先で話をするので、その話の内容(=理屈)はいつもメチャクチャになる。
しまいには、とにかく「己の理念・理想」を猛々しく開陳して、社長が見切りをつけた相手に
対しては「狂犬の如く噛みつきまくる」という、いつものパターンである。
これで世間に認められるはずがないではないか。水島社長も、チャンネル桜も。
まあ認められようとも思ってないんでしょうけど。
私も散々書きましたが、所詮社長の自己満足なんですから。
フジテレビデモ、NHKデモ(2011/09/18)
(以下、一部抜粋引用)
そう言えば、先日のNHKデモの総評について、前回の記事で「後日にでも」と書きましたが、
ここで少し書いてみたいと思います。
個人的に、桜デモに対していつも感じている事は、
「この運動に共感してくれる人の裾野を広げる戦略や努力の欠如」
という事である。
その事については、過去に桜の人に対して文書やメールで送った事もあります。
過去の書き込みで、前回までの記事でも書きました「小林よしのり」関係の記事や、保守論陣
内での内紛などについて書いた事も多々あります。
水島社長は、理屈よりも「行動の人」、という事も書きました。
桜としては、というよりも水島社長の方針としては、
「精鋭主義である」
という事は、過去の水島社長の論調からしても明らかである。
要するに、デモの敷居が高い、という事。
(中略)
我々のデモや活動の趣旨は、サヨクのように反日的・ネガティブ思考の活動ではなく、落ち着
いて趣旨の内容を聞いてもらえさえすれば、また説得力のある言葉を使って言い聞かせる事
ができるのならば、「正論」であるだけに、それだけで上手くいくはずなのだ。
特にそのプラスアルファとして、資金力と組織力がありさえすれば、もっと確実だろう。
(かつてチャンネル桜に、その中心的役割を期待した時期がありましたが、今ではとっくに諦め
てます)
(中略)
「精鋭を作り上げる為」という点や、「その精鋭たちが満足する為」という点で
考えれば、確かに「君が代斉唱」という行動もアリなのかも知れないが、
何か特別なタイミングで「君が代斉唱」をするのならまだしも、突然、駅前や街中
で「君が代斉唱」が行われているのを一般の人が目にすれば、それは
「右翼っぽい」「右翼なのでは?」という疑念を持たれるのは、当たり前の事だ。
(そうでなくとも水島社長の野太い声での攻撃的な街宣演説自体が、「右翼っぽい」
「右翼なのでは?」という疑念を持たれる大きな要素であるのに)
まあそんな訳で、桜のデモは個人的には「問題大アリ」と実感しているが、フジTV
関連のデモをやっている人達は、その辺は用意周到に気をつけてやってもらいたいと
感じている次第です。(以下略。一部抜粋引用終了)
これまでチャンネル桜・全国行動委員会は「完全に思想が一致する同志=資金と行
動力を提供する同志を集う」という行動指針で活動を行ってきた。
要するに「精鋭主義」である。
それはそれで、社長の経営方針なのだから社長の自由である。好きにやれば良い。
基本的に社長の目線は「上から目線」である。
『無知な連中を教導してやらなければならない』という目線である。
だからこその「精鋭主義」であり、何人かの精鋭が行動して、「無知な連中」に対して
啓蒙活動をしてやらなければならない、という目線である。
「その目線」は、社長の普段の論調や街宣活動の論調などにも露骨に表れていた。
『我々がやっている事は絶対に正義である!
その事を理解できない連中こそが、おかしいのだ!』
要するに、そういった論調である。
その主張内容の是非は、とりあえず脇に置いておく。
問われるべき問題は、
「その目線」を引きずったままで、都知事選という大きな選挙戦を戦えるのか?
という事である。
これまでの活動で「裾野を広げる」などという事を全く度外視してやってきたチャンネ
ル桜・全国行動委員会が、都知事選という最も「裾野を広げる」事を求められている
選挙戦において、これまでの活動方針を変える事ができるのか?と。
ここまでの話は「いわゆる無党派層」を取り込む為の話だが、水島社長にはもう一つ
の課題がある。
『田母神氏を応援したいとは思うけど、もし仮に田母神氏が当選したとしても
後で絶対に水島が自慢するだろうしなあ。『我々がやってきた成果です!』
とか言って。だから田母神氏を応援するのは気が引けるんだよなあ』
こういう保守系の人が世の中には結構いると思う。
水島社長が前面に出さえしなければ、そして田母神さん自身が「本気で当選するつ
もりで、全力で勝ちにいくつもりなのであれば」、こういった保守層、それはこれまで
社長自身が「戦後保守」だのとレッテル貼りをして「エセ保守」扱いにしてきた人達で
あるのだが、そういう人達をも取り込む事ができるだろう。
私がこれまでこのブログで散々呼びかけてきた「保守勢力の大同団結」という課題が、
今回の都知事選をきっかけとして、ひょっとして芽が見えてくるのかも知れない。
都知事選の勝ち負けはともかくとして、もし負けたとしても、その事へ向けて一歩でも
二歩でも前進できれば、私としては今回の都知事選は有意義であると言える。
(※但し、あのドサヨク弁護士が当選してしまえば、そんな悠長な事も言っていられな
くなるのだけれど)
幸い田母神さんの主張は、安倍首相と重なる部分も大きい。まあ自民党全体として
の主張とは相容れない部分が大きいので、安倍首相も大っぴらに発言する事が出来
ないのは仕方がない事だ。
しかし客観的に見て、田母神さんの主張が安倍首相の主張と重なる部分が大きいの
は事実である。
支持率の高い安倍政権と主張が重なる事については、大いに強調すれば良い。
ただし水島社長のように「怒声を上げて」、「どうだ!とでも言わんばかりの口調」で
演説したのでは、その声も都民には全く届かないに違いない。
※最後の余談というか補足
1.前回の記事で私も「山本太郎を堂々の4位で当選させた東京都民」などと書いて
ますが、都民を揶揄する為に書いたのではありません。
先日亡くなりましたやしきたかじんの番組は東京の地上波では全く放送されていま
せんでした。その事と関連して、という訳でもありませんが、東京の地上波=「閉ざ
された言語空間」は本当に酷い有り様なのです。
私も以下の過去記事のように、過去に何度も書きました。
山本太郎、斉藤まさし、北朝鮮、市民の会、反原発カルト(2013/07/15)
このようなテレビ地上波の有り様で、
『都民はまともな判断が出来ないのか?』
などと言われても、都民がかわいそうです。
東京MXTVも、韓流ドラマを筆頭に朝鮮・中国推しが酷いですし(NHKといい、東
京MXといい、この手の悪弊は公共性の高い放送局で多いというのは、多分偶然
ではないのだろう)。
ゴールデンタイムについては、民放と結託して全く「やる気無し」の放送姿勢だし。
(ほとんど放送電波を休止しているような状態)
田母神さんが都知事になったら、まずこれをどうにかして欲しいものだ。
2.今回の都知事選で、三橋貴明や西部邁先生が田母神さん・チャンネル桜・水島
社長の支援を打ち出している。三橋貴明や西部グループと、上念・倉山組が不仲
である事は、いまや保守系ネット民で知らない人間はいないと思うが、なんだかこ
の辺にも微妙な駆け引きが透けて見えて、『なんだかなあ…』といった感じがする。
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都知事選、始まる前からオワタ
都知事選、始まる前からオワタ\(^o^)/
※数字の予測は私の独断と偏見による
あ~、やっぱり何としてでも下村博文先生か小池百合子先生に
出てもらうべきだったんですねえ~!!ちっくしょう~!!!
(※下村先生の文科大臣としての意気込みは理解は出来ます。しかし櫻井よしこさんを文科
大臣に、という選択肢は、ここでこそ使うべきだったのだろうか…。結果論ですけど…)
小泉元首相
『原発ゼロでも日本は発展できるというグループと原発なくして発展できないというグループ
の争い』
ふざけんな!!
(下村先生や小池先生などの)自民党保守本流の原発容認派が
出てこなかったから(=相手が田母神さんだけだから)、勝てると
見込んで後出しジャンケンしてきただけじゃねえか!!
中道または中道保守の都民は、投票する候補者が完全にいなくなってしまった。
多分、その手の中道保守派は桝添に入れる人が多くなるのだろう。
ネットなどに触れていて、やや理解力のある保守派は田母神さんに入れる人もいるだろう。
しかし、田母神さんは気の毒だが、余程の奇跡が起きない限り当選圏にはほど遠い。
田母神さんが獲得する保守票は死に票になる可能性が非常に高い。
(でもまあチャンネル桜や三橋、西部グループにとっては良い宣伝になっただろうから結果
オーライなんでしょう)
『それは(=「票を割るのは」)反原発サヨク側にとっても同じ事ではないか』と言う人がいるか
も知れないが、それは違う。
奴らは一本化できれば一本化したいと言っているし、もし一本化にならなくても、奴らは組織
的な機動力があるので『水面下で細川へ票を流す』という裏技が出来る。
これは桝添を叩きまくっているネット保守系=田母神サイドには絶対に出来ない芸当である。
田母神さんのサイドと桝添のサイドは、お互いに票の取り合い、足の引っ張り合い(=負の
相乗効果)しか出来ないが、反原発サイドはそんな足の引っ張り合いはしない。
『細川・小泉の票がそんなに大きく伸びるかどうか?』という見方があるかも知れないが、
・反原発
・小泉
この2つのブランド力は大きい。
ハッキリ言って地上波電波が完全に閉鎖状態にある東京都でなら、この2つのブランド力
は絶大な効果を発揮するはずである。
私がこの3年間、「反原発」に対して懸命に抵抗してきた努力も、これで全て水泡に帰するだ
ろう。
まあ桝添が勝つか細川・小泉が勝つかは50-50だが、桝添が勝っても別に嬉しくもない。し
かし現実的には私にとっての一番マシな結果が「桝添の当選」という結果しかないというのも、
また冷徹な現実である。
細川か宇都宮が当選すれば、都民である私は絶望のどん底に突き落とされるだろう。
まあしかし、そうなればそうなったで、ようやく私も政治の事をあれこれと考えなくても済むよう
になるので、ある意味『このブログから解放され』て、健全な日常生活に戻れる事になるだろう。
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もう既に諦めの境地にある都民の独り言
前回の記事で書きましたように、始まる前から「既に終わっている東京都知事選」の事に
ついて、これ以上何を言っても無意味である事は分かってはいますけれども、まあ一人の
都民の愚痴というか独り言というか、同じ都民である人々にとってのみならず、他の道府
県民にとっても参考になるかも分かりませんので、一応書いておきます。
前回の記事で「都知事選における得票数の私の予想」なるものを書きましたが、あの数
字はとっさの感覚で書いた代物ですので、多少の修正が必要になりました。
しかしその先にまず、客観的な状況整理をしておきましょう。
<東京都の人口(日本国民のみを対象)> 約1,270万人(平成25年1月時点)
<都知事選の有権者数(上記20歳以上)> 約1,070万人(平成25年1月時点)
※東京都の統計より
http://www.toukei.metro.tokyo.jp/juukiy/2013/jy13000001.htm
<ここ最近の投票傾向>
東京都選挙管理委員会>年代別投票行動調査結果
http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/data/data04.html
<ここ最近の年代別・選挙別推定投票率一覧>
今回もテキトーにグラフを自作してみました。
驚く事に、ここ最近は(ここ約10年間は)都知事選の投票率が上昇傾向にあります。
また、よく言われる『若者の投票率の低さ。年配層の投票率の高さ』という事についても、
それは私も同様の見方であった訳ですが、このグラフを見る限り、ここ最近はやや改善
されてきているようにも思われます。
私は団塊ジュニアの世代になりますが、私の従来の考え方であれば、
『どうせ我々ネット世代の人間がいくら政治意識を改めた所で、所詮我々の両親の
世代(団塊の世代)に比べれば投票率は半分ぐらいなのだから無意味だろう』
といった認識でありましたが、案外『そうでもないのかも知れない』という感じも受けます。
このグラフを見る限り。
参考までにもう一つ表を作ってみました。
ザックリとした大体の数字ですが、今回の都知事選の投票傾向を予想してみました。
しかし前回H24.12の時は「あの政権奪還選挙の衆院選」と同日の投票でしたので、通
常の都知事選と比べればやや投票率は高めだった(と言うかここ4回では最高の投票率)。
そして前々回のH23.4の時は、3.11の震災直後だったので「安全優先・現状維持」の空
気が強く、石原氏が再選、この時も通常の都知事選よりは(都民の政治意識も高く)投票
率はやや高めだった。
で、今回は?
本来であれば「東京オリンピック決定後、初の都知事選」という事で、多くの都民が都政
に対して強く意識してもおかしくない状況であるはずなのだが、猪瀬があんな形で辞任を
して、しかも更に今回立候補している有力候補者4人の内2人が「反原発+反東京オリン
ピック」(=サヨク)で、その対極の側にある保守系候補は「一般市民からは右翼と勘違い
されても全然おかしくないレベル」の真性保守派の候補者、あとは東京オリンピックとは
ほとんど無縁だった中道左派の候補者という面子である。
『都知事選に関心を持ちたくても、選択肢が与えられていない』
これでどうやって都知事選への関心を高める事が出来るのか?としか言い様がない有り
様で、まあ残念ながら投票率は多分あまり高くはならないでしょう。
私の従来の考え方は
『細川がいくら愚かな立候補者であるといえども、地上波が完全に言論封鎖状態にあるというものでした。
東京であれば、特に投票率の高い年配層が新聞・テレビからの影響を強く受ける傾向に
あるので、小泉・小沢・民主党などの支援を受ける細川が当選する可能性は十分にある』
まあ細川の場合はその他にも「反原発サヨク」との一本化もしくは裏支援という得票数
の増加要素もあるのですけど。
余談ながら「反原発」について一言だけ指摘しておきますと、私がこの3年間このブログ
で一番重要視してきた問題がこの「反原発」です。
それは当たり前の話です。
散々書いてきた事ですが、サヨク・左翼にとっては「反原発」という「一枚看板」こそが、
他の何物にも代え難い彼らの「武器」なのですから。
私は「理性的な(もしくは理論的な)反原発」に対してならば、耳を傾けます。
「反原発」を「武器」として利用している連中に対して、私は憎悪の念を持って否定し
続けているだけなのです。
話を細川のほうに戻しましょう。
細川にはもう一つ有利な点がある。
前回の記事でも指摘しました、「右・保守側の票が割れる」という部分です。
まあ桝添は「右・保守」ではありませんが、相対的に見て、
という構図が成り立ちますので、
●宇都宮が細川に一本化(もしくは「反原発」プロパガンダ存続
の為に、裏で宇都宮勢力=共産・社民が細川勢力に票を回す)
●桝添、田母神勢力の抗争が激化
この2つの要素が細川をより一層有利な方向へ導くならば、細川の当選確率は俄然
高いものとなるだろう。
だからこそ「勝負師=ケンカ師」小泉はこの情勢を冷静に判断して、「反原発」の旗を
掲げて乗り込んできた訳ですが。
しかし、どうでしょう?
細川にとってこれほどまでの有利な状況、それは
●小泉、小沢、新旧民主党勢力などの組織的なバックアップ
●反原発プロパガンダ
●東京都という閉ざされた言語空間
●桝添と田母神さんによる「反サヨク勢力同士」の対立構造
●桝添の様々なマイナスポイント(過去の自民党除名等の軋轢、女性問題など)
という部分を指しての事ですが、さすがに我々都民の情報リテラシーも今回の細川の
デタラメ立候補を容認する程バカではない
と思う(多分。ちょっと希望的な感情を加味している、というのがホントの所ではある)。
ネット世代である我々団塊ジュニアの投票数は決して少なくはない。いや、むしろ多い。
また年配層の中でも、ネットに触れる事によって目覚めた人は多くいるはずであり、逆
にネットに頻繁にふれている若年層が皆高い情報リテラシーを有しているか?と言え
ば決してそんな事もなく、ひとくくりに語る事は出来ないが、これまでよく語られていた
『どうせ選挙は投票率の高い年配層が全てを決める』
などという状況からはかなり変わってきている可能性が高い。
であるのならば、私が前回予測した田母神さんの得票数の予想は、やや低めに見積
もりすぎたのかも知れない。
今回の選挙に立候補している4人の有力候補の中で「唯一のまともな選択肢」である
事は間違いなく、確かにこれは絶対的なプラス要素である。
ただし、である。
確かにネットによる情報発信という強みを田母神さんは持っている。
しかし上記で「ネット・情報リテラシー」の利点について触れはしたものの、テレビ・新
聞の情報発信力のほうがまだ上であるという事実はいまだに変わっていない。特に
東京都においては。
テレビ・新聞が発してくるウソ、または不作為(=本当の事を報道しない)という事に対
処するのはネットのおかげで出来るようになったが、
具体的な物事の情報発信および拡散
それは今回の場合は田母神さんの応援を呼びかけたり宣伝する事なのだが、そうい
った情報発信のツールとしては、ネットはまだまだ力不足である。
(以前にも書きましたが)
更に田母神さんとチャンネル桜の場合は、また別の特殊事情もある。
例えば、もしこれが仮に「青山繁晴さんが立候補していた」という事であるのならば、
まあ青山さんの場合は絶対に選挙に立候補されない旨、常日頃から仰っているので
仮定の話には向かないのかも知れないですけど、もし仮に青山さんであったならば、
『なにはともあれ、とにかくネットで青山さんの話を聞いてみてくれ』
と説明して、青山さんの話に触れさせさえすれば、全ては事足りる。
青山さんには万人に受け容れられるだけの説得力とバランス感覚があるのだから。
しかし田母神さんの場合はそうではない。ネットで田母神さんの言動に触れたから
といって全員が全員、田母神さんを応援するようになるか?と言うと、それは難しい。
また田母神さんは核武装論についても前向きな姿勢を示してきている。
(余談だが、田母神さんは明るさとユーモアを前面に出して、桜の水島社長などの
コワモテ連中は裏方に回ってもらった方が田母神さんの為になるだろう)
チャンネル桜は、と言うか水島社長については、と言ったほうが良いのだろうが、ここ
最近のブログ記事で散々書いてきたので今回改めて指摘する事はほとんどない。
水島社長の活動姿勢も相変わらずのようですし。
ただ、前々回の記事で「無党派層に対する対処方法」と「保守勢力の大同団結」と
いう事を書きましたが、実際「保守勢力」内の問題については、あまり重要な話では
ないんですよね。選挙に当選するかどうかという観点から見るのであれば。
どうせ今回の選挙では、右・保守の思想を多少なりとも有している人間は、投票でき
る選択肢は田母神さん以外にないのだから。他陣営の応援に回る事もほとんどあり
得ない話でしょう。
(※細川の陣営に走った人間は何人かいるみたいですが)
田母神さんが本当に当選したいのであれば、
無党派層への訴えを如何に上手くやるか?
に全てが懸かっている。
そして前々回の記事で既に書いたように、おそらくチャンネル桜=水島社長にはそれ
は難しいだろう、と。
倉山氏も、昨日今日と何かブログ(倉山の砦)で騒いでいるようですしw
無党派層への情報拡散の為にも、発信拠点は多いに越した事はないはずなのに。
まあねえ。何か想像も付かないような奇跡が巻き起こって、田母神さんの得票数が
大幅に躍進して当選圏に手が届くようになれば嬉しい限りですが、逆に田母神さん
の票が伸びなければ、概ねそれは(残念ながら)桝添に流れるんでしょうから、
『宇都宮と細川だけは絶対に嫌!!』
と願っている私にとっては、痛し痒しですなあ…。
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生き抜く 小野田寛郎
先日あの小野田寛郎さんがお亡くなりになりました。
昨日今日とチャンネル桜で追悼番組が放送されています。
【追悼番組】小野田寛郎、フィリピン・ルバング島での「30年戦争」を語る
http://www.youtube.com/watch?v=VJRHNqxV_Js
【ニコニコ動画】【追悼番組】小野田寛郎、フィリピン・ルバング島での「30年戦争」を語る[桜H26/1/21]
【追悼番組】小野田寛郎、帰国してからの「戦い」を振り返る
http://www.youtube.com/watch?v=9xq9BReBqAk
【ニコニコ動画】【追悼番組】小野田寛郎、帰国してからの「戦い」を振り返る[桜H26/1/22]
私は小野田さんに直接お目にかかった事はありませんでした。
また私は保守系の雑誌や論壇誌を愛読している訳でもありませんので、小野田さんの著
書や文章を読んでいた訳でもありません。
ただ、昨日今日とチャンネル桜(=田母神塾)で放送されている小野田さんの番組を見て
いろいろと思い出す事がありました。
そういえば私もこの田母神さんと小野田さんとの対談番組が放送されていた頃はチャンネ
ル桜So-TVの会員になっていたので、当時So-TVを見ていた事も少し思い出しました。
(いや~、久しぶりに田母神塾のオープニングを見たので懐かしいですw)
と言ってもこの田母神塾で小野田さんがお話しをされた内容はほとんど憶えていませんで
した。
私が小野田さんの事を初めて知ったのは8年ぐらい前、NHKのハイビジョン特集、これは
多分BSでしか放送されていないと思うのですが(私のウチはハイビジョンではありません
でしたが)、この番組をNHK-BSで見た時です。
NHKオンデマンド ハイビジョン特集 生き抜く 小野田寛郎 2005年放送
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010023595SA000/
これが放送されていた当時、私はまだ全然ノンポリな人間でした。今でこそ保守オタクの
ような人間になってしまってますが、当時はこのようなブログは書いておりませんでしたし、
NHKの監視などという作業も全くやっておりませんでした。
NHKの監視と言うか、当時はむしろ逆だったと思います。ある程度NHKを信用する気持
ちのほうが強かったと思います。
だからこそ、このNHKが作った小野田さんの番組を見る事になったんだと思います。
全くの偶然だったんですけどね。たまたまテレビをつけて、たまたまNHK-BSを見ていた
ら、この小野田さんの番組をやっていたという、本当にただの偶然だったんです。
ですから確か当時は番組冒頭の10分くらい、私は見てなかったはずです。
しかしこれがまた、強烈だったんですよ。この番組のインパクトが。
ぐいぐいと番組内容に引き込まれていって、うっかり録画し損なったんですけど、この番組
の内容は今でも鮮明に脳裏に焼きついています。
このブログの性格上あまりNHKを褒めたくはありませんが、先月も書きましたように、昔の
NHKは稀に良い仕事をしていましたよね、確かに。
しかしまあ、これも「NHK-BS」だから出来た仕事なのであって、このような番組は絶対に
地上波では放送出来ないんですけどね、NHKはw
(※今は比較的簡単にBSの番組も見られるようになっているはずなので、多分今のBSは
以前程番組レベルの格差を設けてはいないと思うけど)
この小野田さんの番組を地上波の、例えばNHKスペシャルあたりで再放送すれば、私も
NHKを大いに見直しますよ。絶対に不可能だと思いますけどw
このNHKで放送された小野田さんの番組はYoutubeにもいくつかUPされています。
検索すれば簡単に見つかると思いますので、ここにリンクは貼りません。
視聴数も相当な数字になっているので、ひょっとすると既にYoutubeでご覧になっている
方もいらっしゃるかも知れませんが、もし未視聴でしたら是非お奨め致します。
私の小野田さんについての知識は、このNHKのインタビュー番組が基本になっています。
(私も昨夜Youtubeで数年ぶりに見直しました)
私の拙い語彙では小野田さんという人間の凄まじさを表現する事は出来ません。
もちろん尊敬もしているのですが…。
おそらくですねえ、これは我々、と言うか敢えて「私は」と言わせてもらいますが、私は
小野田さんとは「赤の他人」であるからこそ、純粋に小野田さん(帝国軍人だった小野田
さん)を尊敬できるのであって、もし仮に小野田さんのような強烈な精神力の人間が身内
だったとしたら、例えば父親や兄や上司であったとしたら、私みたいな「オタクな人間」、
「内向的な性格の人間」は、絶対に逃げ出していただろうなあ、と思います。
(※小塚一等兵やその他のルバング島で戦った兵士達の事も、たまには思い出してあげ
たいものです)
これは嫌味で言っているつもりは毛頭ありません。いやホントに。
「人間としての、男としての凄み」があまりにも強烈すぎて畏怖せざるを得ない、という
ただそれだけの事なのです。
『日本男児は、こんなにも逞しい人間だったのか』と。
最後に、ここで普通に『お悔やみを申し上げます』などと書いたほうが適切なのでしょう。
しかし不謹慎かも知れませんが小野田さんには
『長い間本当にお疲れ様でした。ゆっくりとお休みください』
と、心の底から、そう祈りたいと思います。
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