Aさんご家族のお住まいは、1階がリビング・ダイニング・キッチンの一間。リビング部分は小屋裏まで吹き抜けになっています。玄関とLDKの間には扉はなく、吹き抜けには大開口の窓が。2階、小屋裏に上がる階段にも扉はなく非常に開放的ですが、断熱性能を表すUA値は「0.51」とZEH水準(※)を上回っています。夏は1階と小屋裏に設置したエアコン2台、冬は床下エアコンだけで快適な温度を維持できるといいます。
※地域区分6において断熱等級5以上にあたる値
「冬は床下から暖めて、夏は上から冷気を下げていますので、頭がほてったり、足下が寒いということもありません。真冬でも、エアコンをつけなくても18℃から19℃、床下エアコンをつければ21℃前後。夏は、リビングの14畳用エアコンと屋根裏の10畳用エアコンだけで25度ほどに保てます」(夫)
■住まいのデータ
費用 | 本体価格:2,280万円 別途費用:1,094万円 設計費用:117万円 外構費用:141万円 合計:3,632万円 |
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断熱性能・気密性能 | UA値0.51・C値0.8(断熱等性能等級5) |
建物面積 | 延床面積:101.98m2(30.84坪) 敷地面積:129.14m2(39.0坪) |
家族構成 | 夫(40代)・妻(40代)・娘(大学生)・息子(中学生) |
工法 | 木造軸組・2階建て+小屋裏 |
工期 | 5カ月 |
竣工 | 2022年12月 |
気密性や断熱性を高めるうえで、大開口の窓や大空間の間取りがハードルになることはなかったのでしょうか?施工したジェネシスの森さんは、次のように話します。
「大事なのは『部屋と部屋』ではなく『外と中』です。部屋の中を区切って気密性・断熱性を高めるのではなく、高性能な断熱材やサッシ、窓などを採用して家全体の気密・断熱を高めることができれば、大開口・大空間であっても家の中の温度を一定にすることができます」(森さん)
断熱材には吹付硬質ウレタンフォーム、サッシは樹脂サッシ、窓はLow-E複層ガラス、換気システムは第一種換気の全熱交換型を採用。南側には大開口の窓があるものの、家全体の開口率が高いわけではなく、窓をつける場所や大きさにメリハリをつけることで高気密・高断熱を実現したのだといいます。
「もう少し窓を増やそうかという話も出たのですが、この土地は旗竿地で、住宅密集地。景色が抜けている場所に大きな窓があれば開放感はあるので、他の部分の窓は最小限にしました」(夫)
家探しを始めた当初は、分譲マンションや建売住宅も検討していたそうです。しかし、予算内で満足できる物件が見つからず、土地から購入して注文住宅を建てることに決めたといいます。
「最初は注文住宅なんて考えてもいなかったんです。高そうだし、大変そうだし」と妻。それでも、実際に土地を見に行き、YouTubeなどで高性能住宅の良さを知ったことで徐々に気持ちが変化し、工務店を選ぶときには高気密・高断熱の住宅を建てられることがマストの条件になっていたといいます。
「注文住宅を建てようと言い始めたのは僕なんです。深く考えず勢いで言ってしまったところもあったので、難しそうだし諦めたほうがいいかなと思うこともありました。でも、気がついたら妻が注文住宅や住宅性能にかなり詳しくなっていて。最終的には、妻のほうがこだわっていましたね」(夫)
「以前は築40年くらいのマンションに住んでいたため、とにかく結露がひどくて。夏はエアコンをつけると寒いし、消すともう寝られないほど暑い。こういったことに長年悩み続けてきたので、解消したいという思いがありました。窓の周りの壁は黒ずんでいたりしたんですよ。これだけ結露していたら、絶対に躯体にも影響があるじゃないですか。大金を出して長く住む家を建てるなら、見えない部分にこそお金をかけないとダメだと思ったんです」(妻)
これまで家にいることは少なく、アウトドア派だったといいますが、この家を建ててからはおうち時間が増えたのだとか。
「あまり意識していませんでしたが『快適』ということが大きいんでしょうね。以前は『暑い』『寒い』と感じることも多々ありましたが、今は良い意味で温度や湿度を考えなくなりました。でも考えてみれば、以前は窓からの冷気が寒くて冬は『お布団から出たくない!』という感じだったのですが、今はまったくありませんね。冬の布団は一枚減りましたし、真冬でも薄手のシャツ1枚で過ごせています」(妻)
家の中で最も気に入っている場所は、キッチン。前の家ではキッチンに熱がこもり、毎朝のお弁当づくりに苦労されていたそうですが、高気密・高断熱の効果で夏も快適にお料理できているといいます。また、ダイニングテーブルを兼ねたコの字型のキッチンとしたことで動線も良く、料理をしながら家族と会話できるところも気に入っていると話します。
「僕は逆に、すごく温度を気にしています。でもそれは不快だからではなく、この外気温でもこれだけ快適な温度を保てているということを実感したいからです。もはや気密・断熱が趣味のようになっています(笑)」(夫)
注文住宅は、工務店やハウスメーカーに丸投げしてつくってもらうものではありません。夫が趣味になったとまで話す理由は、細部までこだわりつくしたからこそ。家が完成してからも、屋根裏から冷気を送るダクトを配備したり、家の中の温度を一定にするために風量や温度設定を調整したりと、試行錯誤を重ねたといいます。
ご夫婦は、高気密・高断熱にしたことで「意図せず得られた効果もあった」と話してくれました。
「前の家では、洗濯物を部屋干しすると臭いが気になっていたんです。今もランドリースペースに部屋干ししていますが、臭いも気にならず、厚手のものでもすぐに乾きます。前の家では、観葉植物もすぐ枯れてしまっていたんです。当時は理由がわからなかったのですが、今の家では植物たちも生き生きしているので、きっと空気が全然違うのでしょうね。
息子のアレルギー症状が改善されたのも、嬉しい変化でした。前の家ではアトピーや鼻炎がひどくて。それが、こっちに引越してから全く出なくなったんです」(妻)
国土交通省が公表している資料の近畿大学 岩前篤教授の研究によると、転居した住宅の断熱性能の高い家ほど、アレルギーや気管支ぜんそくなどの各種疾患が改善したというデータが報告されています。家の室温差が引き起こすヒートショックや結露によるカビ・ダニの発生も抑制されることから、高断熱住宅は家族の健康を守ることにも寄与すると考えられます。
ご夫婦は、家づくりについて「情熱を注ぎきった」と振り返ります。気密・断熱について学び、土地や工務店を探し、家づくりを進めるなかでは苦労も多かったといいますが「これ以上の家はつくれない」と非常に満足されています。
「高気密・高断熱の住宅を建てるには、それなりのコストがかかります。光熱費だけで割り戻すとあまり差がないかもしれませんが、住んでいる間の快適さやコミュニケーションの取りやすさ、仕事や勉強の集中力、家族の健康などさまざまなことを考慮すれば、圧倒的にコスパは高いと思います。
個人的には『建てて壊す』というのが当たり前になってしまっている日本の住宅市場に疑問を持っていて。住宅性能が高ければ、僕たちが住んだあともまた誰かが住みたいと思ってくれるはずです。みんなが思い入れを持って家を建てて、日本の家全体の性能が高くなれば、こういった課題も解決されるのではないでしょうか」(夫)
Aさん家族のお住まいに伺ったのは、小雨が降る初夏の日。家に一歩入ると、外のじめじめとした湿気を含んだ空気が一変しました。風や冷気を感じるわけではなく、「涼しい」というよりは「不快感がなくなった」というイメージです。1年中、快適な温度・湿度で過ごすことができれば、暮らしは大きく変わることでしょう。また、Aさん(夫)の言うように、住まいの高性能化は日本の住宅市場をも大きく変える可能性があります。
日本の住宅は他国と比べると性能が高いとはいえませんが、2025年にはすべての新築住宅に省エネ基準への適合が義務づけられます。さらに、遅くとも2030年までにはその基準がZEH水準にまで引き上げられる予定です。今は、日本の住宅が変わっていく過渡期。高気密・高断熱が「当たり前」になっていくのも、そう遠くないのかもしれません。