よりよい最期を迎えるための準備を行う「終活」がブームになっている。その際に活用するのが「エンディングノート」だ。ただし、相続や医療、葬儀などに関する幅広い情報をカバーしているので、住まいをどう引き継ぐかといった、実家の活用や処分については情報が不足していることが多い。
そんななか、国土交通省が、2024年の6月21日に「住まいのエンディングノート」を作成し、公開した。その背景に、空き家の増加や所有者不明の土地などの問題がある。カチタスの「第3回空き家所有者に関する全国動向調査(2023年)」によると、空き家の取得経緯で最も多いのは「相続」で57.8%だった。相続で空き家を生まないための鍵になるのが、「住まいのエンディングノート」だ。
エンディングノートを活用して、親世代が健在なうちに住まいに関する情報を整理し、子世代が引き継げるようにすることで、住まいを負の遺産にしないようにできる。また、親世代と子世代で、住まいについてきちんと話し合うきっかけになる。こうしたメリットがあるので、ぜひ活用したい。
だからといって、どんなものでもよいわけではない。人生の終活ノートに使い勝手の良し悪しがあるように、自分が使いやすい「住まいのエンディングノート」を選びたいものだ。
以前から筆者は、「住まいのエンディングノート」に関心があり、いくつか入手していたので、見比べてみた。基本的には、家や土地を相続したり、その後に売ったりするときに円滑な対応が取れるよう、正しい情報を記載するものとなっている。なかでも、不動産の仲介会社が作成したものは、仕事柄か売買するために必要な情報を網羅するような内容になっていた。
国土交通省だけでなく、それぞれの自治体でも住まいのエンディングノートを用意しているところがある。今回は、越谷市と神奈川県居住支援協議会のものを参考にさせてもらった。共通する必要な情報はおおむね、次のようなものだ。
●基本情報(1)所有者と家族関係
●基本情報(2)所有する不動産など
参考にしたノートには、相続を円滑に進めるために必要なこれらの情報を記入するようになっている。が、加えて、所有者自身は土地や建物をどうしたいのかの希望を書き込めるようにしている。
たとえば、生存中は住み続けたい、貸してもよいが所有し続けたい、売るなどで手放したいとか、死亡後は話し合って決めてほしい、特定の誰かに引き継いでほしいといった希望を伝えられるようにしている。高齢の親が認知症などで意思表示ができない場合でも、これを見ればどうしてほしかったのかが分かるだろう。
また、法的に意思を伝えるための遺言についてや相続の仕組みなど、知っておいたほうがよい基本的な情報も記載している点が共通している。さらに、導入部などで、空き家にしないことの大切さを強調しているのも共通する特徴だろう。
さて、いろいろなノートを見比べてみたが、それぞれに特徴がある。国土交通省のものは、日本司法書士会連合会や全国空き家対策推進協議会と連携して作成しているため、空き家解消に関する情報や法的な情報が多くなっている。越谷市のものは、分かりやすく平易な表現になっているので取り組みやすく、越谷市のどこに相談したらよいかなどが記載されている。
どういったものが使いやすいかは、使う人によってそれぞれ異なるだろうが、筆者が最も使いやすいと思ったのは、神奈川県居住支援協議会が作成したものだ。なぜ使いやすいと思ったかを少し説明しよう。神奈川県居住支援協議会の事務局である、(公社)かながわ住まいまちづくり協会の入原修一さんに話を聞いた。
まず、居住支援協議会とは、たとえば低所得者や高齢者などの住宅を確保するのが難しい“住宅確保要配慮者”が民間の賃貸住宅に円滑に入居できるように支援する組織だ。住宅セーフティネット法で定められており、地方自治体が不動産の関係団体や居住支援団体と連携して、居住支援協議会を組織することになっている。
放置空き家が問題になってきた2013年度に、神奈川県居住支援協議会では空き家対策にも取り組もうと、協議会内に「空き家問題対策分科会」を設置した。空き家の相談窓口を各市町村に設置していくとともに、空き家の予防にも力を入れていこうと企画されたのが、「空き家にしない『わが家』の終活ノート」だ。
取材に同席した神奈川県住宅計画課・大曲美絵さんによると、「市町村によって違いがあるものの神奈川県の空き家率自体は、全国平均を下回っている。ただし、今後は単身高齢者が増えることから、残された住まいを空き家にしないため、終活ノートを通じた空き家予防の普及啓発により、市町村の空き家施策の一助となることが期待される」という。
筆者が最も使いやすいと思ったノートだと伝えると、入原さんは「日頃から居住支援を行うことで連携している組織であるため、多様な専門性のある人が集まっていたことに加え、互いに顔が見える関係だったのが功を奏した」という。
ノート作成にかかわったのは、法律の専門家である司法書士、行政書士、土地家屋調査士、資産運用やライフプランの専門家であるファイナンシャルプランナー、不動産の取引の専門家である不動産団体、登記の専門家である横浜地方法務局(途中から参加)などの神奈川県の各団体に加え、これまで一般的なエンディングノートを作成した経験のある自治体(平塚市、茅ヶ崎市、大磯町)が参加した。
事務局が用意したわが家の終活ノートの原案をもとに、それぞれが現場で得た知見を交え意見を出し合い、修正していった。その結果、さまざまな工夫点が生まれたのだという。
●工夫点(1)見開きで読む(左)+書く(右)の構成
●工夫点(2)読み手を想定して、分かりやすい章立てに
ノートの作成会議には、印刷会社も参加したので、その場でデザインイメージなどを打ち合せできたのも良かったという。また、実際に相続した人が読むページというのは、円滑に相続登記をしてもらうための情報だが、他の終活ノートには見られない点だ。改訂時は、「相続登記の申請義務化」についてのコラムを追加した。
●工夫点(3)各種契約書のひな型
●工夫点(4)ノートの保管場所が分かるカード
さらに、わが家の終活ノートは、作って終わりではなく何度か改訂を加えている。法改正に対応して加筆修正をしたり、福祉的な側面から認知症に関するコラムを追加したりしている。
さて、住まいの終活ノートについて、いくつか紹介した。ただし、空き家になる可能性が低くても、相続人が困らないように円滑に相続を済ませるためには、不動産に関する正しい情報の提供が必要だ。また、越谷市のノートでは、存命中に家財の整理をしたり、さまざまな書類を整理して保管しておくことの重要性も説明している。
夏休みなどで家族が集まる機会に、住まいの終活ノートの存在を知らせ、話し合うきっかけにしてはどうだろう。実際の見本があれば、具体的に話し合う助けになるはずだ。