住まいに生き物のような息吹を与える「職人」のワザは、入居後の住み心地を左右する大切な要素のひとつ。しかし実際には、なかなか職人と直接顔を合わせる機会はないもの。今回は、左官職人の谷口光広さんを訪ね、仕事ぶりや住まいに対する思いについて、直接話を聞いてみた。
■さまざまな技法を駆使して、壁や土間を仕上げる左官のワザ
■天候や湿度にも左右される仕事。連続作業で腕が腱鞘炎になったことも
左官仕事で一番大変なことを訪ねてみると、「楽しんで仕事しているのであまりないですが、あえていうなら『天候』でしょうか?」と谷口さん。特に、よく晴れた夏の日などは、材料があっという間に乾いてしまうため、作業は時間との闘い。何面も塗りがある大きな仕事の場合、作業が長時間に及ぶこともあるので、腕が腱鞘炎になることもあるという。また、その日の湿度などによっては、微妙に材料の調合を変える必要も。「作業中は大変なことも多いですが、きれいに仕上げられれば、苦労はすぐ忘れます(笑)」
■技術には差はない。あるのは仕上がりに対するこだわりの強さ
全国の左官技能競技大会で優勝経験もある谷口さんは、仕上がりに対するこだわりは人一倍。「左官どうしで技術的な差があるわけではないと思うんです。あるとすれば、仕上がりに対するこだわり。自分が『よし、これでいい』と納得できる仕上がりになるまで、作業はやめません」。また、大工や設備工など、ほかの職人さんとの連携も重要だという。「塗りの土台となる骨組みがちゃんとしてなければ、壁は盛り上がり、はがれやすくなります。設備の方の作業を考えて段取りを組まなければ、接合部などの仕上げがうまくいきません。だから、ほかの職人さんの仕事内容や、段取りも理解するように努めています。ずっと住み続けて、『やっぱり頼んでよかった』と感じてほしいですから」
■塗り壁は高い?の誤解と塗り壁のメリット
「『塗り壁って素敵だけど高いんでしょう?』とよく聞かれます。外壁はサイディング、室内は壁紙、という住まいが多い中、塗り壁に対して誤解があるのかもしれません」。谷口さんによると、現在、伝統的な左官の仕事は減少傾向にあるのだという。「例えば漆喰は、材料費が安いうえ、貝を砕いて海藻系の糊で固める自然素材。調湿効果や消毒効果も高く、日本の住まいにオススメの素材です。人件費は、サイディングや壁紙を張る場合でもかかるので、実際、塗り壁だから驚くほど高い、ということはないはず」と谷口さん。「日本伝統のワザを後世に遺していく意味でも、塗り壁の良さを再認識してほしいですね」
■新しい技術にも挑戦し続け、新たなファンをつくっていきたい
「やったことのない仕事を頼まれたら、新しい技術を身につけるチャンス。現場に入る前に、作業場で何度も練習します」と、技術習得にも貪欲な谷口さん。現在力を入れているのは、使用済みのガラスを砕いた「ガラスカレット」を用いた、色彩や表情のある塗りだ。「洋風の住まいにもよく映える、美しい仕上がりです」。時には、こうした技術を活かした作品制作や、体験教室も行うことも。平成22年度には、ものづくりの技能振興のための「ひろしまマイスター」認定も受け、後進の指導にもあたる。「左官の仕事のことをもっと知ってもらいたい。ただ伝統を守るだけでなく、新しい技術にも挑戦し、紹介していくことで、若い世代の人の中にも、左官のワザに興味を持ってくれる人が増えればいいなと思っています」
■取材した職人
谷口 光広さん
曾祖父の代から続いている左官の跡を継いで職人に。平成19年には、第42回全国左官技能競技大会で優勝。平成20年度 広島県知事表彰、平成22年度 ひろしまマイスター認定。