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ヨヘイ画集![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 『ヨヘイ画集』(文榮閣書店+春秋社書店、明治四十三年十二月十九日)を久しぶりに開いてみた。夢二よりは、やはり線描がこなれている。とはいえ、そう大きな優劣はないようだ。ヨヘイでは、叙情味より滑稽味が勝っているところが一番の違いか。 《三四年前からの、雑誌ホトトギスと國民新聞とに出した画稿を合せて今度画集を出す事になつた。(四十三年十二月)》 と序文にヨヘイは書いている。刊行は『夢二画集』のちょうど一年後になるわけだが、雑誌発表ということでは、夢二とヨヘイに大きな時差はないだろう。ヨヘイを夢二の追従者とする意見(吉田一穂『随想桃花村』にもそんな文章があった)は誤りと言っていいと思う。ただし『ヨヘイ画集』の構成は明らかに『夢二画集 春の巻』を意識している。 《(明治四十三年三月京都に行きし時のスケツチブツクより) (三月七日) 本能寺の中の源妙院といふに、旧友樫野南陽君を訪ふーー不在ーー室に通つて待つ。婆さんがお茶をもつて出て来た。 「京都は馬鹿に寒いね」と云つたら「さうどすな、此二三日ホン冷えますでなあし」と答へた。江州者らしい。 婆さんの鼻が赤かつた。》(p8) 《高瀬の柳を写さうと思つて宿を出た。 来て見ると、柳はみんな切られてあつた。そしてそこには電車の線路が二本増して居つた。 絵の具箱が重かつたーー皮相の文明は自然を破壊すーーと云つた様な痛切な感じは別に起らなかつた。(三月八日京都にて)》(p10) 《自転車が砂ほこりを立てて向うの土手を走つた。あの柳が青く煙つて、向うの山が紫に霞む時、京都は京都らしい京都となる。(三月八日京都にて)》(p13) 《 京都大仏にて 過去を誇る案内者、誇り賃を以て生活する案内者、彼等はよどみなき西京弁をふるつて、はなやかなりし洛陽の昔を説く、それが得意なる丈それだけ滑稽である、また哀れである。京都は寂しいところだと思つた。》(p136) 京都大仏は方広寺にかつて鎮座していた。元は秀吉の発願によって建立されたものだが、倒壊と再建を繰り返した。ヨヘイが見物したのは天保十四年(1843)に再興されたもの(昭和四十八年焼失)。 《(三月二十日大阪にて) 大阪の巡航船はうるさかつた。 文楽はよかつた。 牡蠣めしはうまかつた。 煙草にマツチを添へてくれなかつた。》(p14) 四行のなかに大阪の印象をまとめてチクリと棘もある。ヨヘイは夢二同様に(傾向は違うが)文章も巧みだったようだ。
by sumus2013
| 2022-08-26 17:22
| 古書日録
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