「幸運の女神に後髪はない」という諺は文字通り受取るとどう考えてもおかしい。この図はアルブレヒト・デューラーの「フォルトゥーナ(Fortuna)」(一五〇二年頃)すなわち運命(幸運)の女神(ギリシャのテュケーに当り、豊饒や時間とも関係づけられる。ギリシャの古代信仰のひとつの擬人化)。後ろ髪は短いながらもちゃんとあるように見える。引用は省くが、ギリシャのテュケー像は間違いなく髪はふさふさしている。
ではどうしてこういう表現ができてしまったかといえば、ギリシャにおいて「流れ去る時間」の神であったカイロス(Kairos)と混同されたと考えるのが妥当のようだ。
ギリシャの有名な彫刻家リシッポス(Lysippos、前四世紀)によって作られたカイロスのブロンズ像にはポセイディッポス(Poseidippos)によって諷刺詩が刻まれていた。そこにカイロスの特徴が描かれている。簡単に箇条書きすると以下のとおり。
・つま先立っている
・両足に翼が生えている
・右手にカミソリをもっている
・顔の前に髪が垂れ下がっている
・後頭部はつるつるのハゲ
カイロスの図像は下記サイトで見られるが、明らかに男神である。
http://www.sikyon.com/sicyon/lysippos/lysip_egpg07.html
ローマ時代になると前髪・後ろハゲというのがフォルトゥーナ女神あるいはオカジオ(チャンス、女性形)に関連付けられるようになってくる。例えばディオニシウス・カトー『風紀二行詩』(Catonis Disticha, II,26)に「チャンスに前髪はあるが、後ろはハゲている」とあるのがその一例。ルネサンス時代になると女性として描かれたカイロスがはっきりと登場している。(以上はおおよそ英文のウィキによった)
やはり二度とめぐってこないチャンス、むくつけき弁髪の男神と考えるよりも、美しき女神の方が逃し甲斐がある(?)というもの。それにしてもデューラーのこの女神、あまりにリアル過ぎる!