仕事熱心なビジネスパーソンなら、誰もが「仕事ができる人」に憧れます。しかし、仕事ができる人には注意すべき点も存在します。企業のメンタルヘルス対策のコンサルティングも行なう心療内科医の鈴木裕介先生は、「優秀な人ほど、心身の疲労を溜め込みやすい」と分析します。その理由と、疲労を溜め込まないための方法を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
鈴木裕介(すずき・ゆうすけ)
千葉県出身。内科医、心療内科医、産業医、公認心理師。2008年、高知大学卒業後、内科医として高知県内の病院に勤務。研修医時代に経験した近親者の自死をきっかけに、メンタルヘルスに深く携わるようになる。一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原saveクリニックを開院し、院長に就任。身体的な症状だけではなく、その背後にある種々の生きづらさやトラウマを見据え、心と体をともに診る医療を心がけている。その実践で得た知見をより社会に活かすために起業し、企業のメンタルヘルス対策のコンサルティングや執筆・講演活動も積極的に行なっている。発行17万部を突破した『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)のほか、著書に『がんばることをやめられない』(KADOKAWA)、『自分を守るクエスト ①スクール編』(鈴木出版)、『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』(PHP研究所)、『NOを言える人になる』(アスコム)などがある。
仕事ができる人は、心身の疲労を溜め込みやすい
ストレスや疲労の扱いに関しては、仕事で評価されやすい優秀な人ほど注意が必要だと考えます。なぜなら、仕事ができる人は、精神的なダメージを蓄積しやすい性格傾向をもっているケースがとても多いからです。
うつになりやすい人の性格傾向を調べた研究は、古くからたくさん存在します。そういった研究を通じて判明した、うつリスクの高い典型的な性格傾向は、「メランコリー親和型性格」と呼ばれています。
メランコリー親和型性格は、たとえばまじめで几帳面、完璧主義、他者配慮的であり、非常に責任感が強く自分に厳しいといった特徴をもっています。いかにも仕事ができそうな特徴ですよね?
ところが、そういった性格であるがゆえに、自らのルールに厳しすぎて柔軟性に欠け、仕事のタスクなどを自分ひとりで抱え込んでしまい、周囲に助けを求めることもできず、適度にサボることもできないという側面ももっています。簡単に言うと、「休むのが下手」なのです。
そうして、精神的なダメージを蓄積していきます。もちろん、たくさんの仕事をひとりで抱えてしまっては、精神的なダメージを受けるだけでなく、肉体的にもどんどん疲弊していくことでしょう。
注意が必要なのは、優秀な人だけではない
自らの体力や気力を考えずに、常に周囲の期待に応え続けることを「過剰適応」と呼びます。周囲の環境や他者に対して自分の考えや行動を合わせようと、自分の感情やニーズを過度に抑え込んでしまう状態です。
例に挙げたような、「まじめで几帳面、完璧主義、他者配慮的であり、非常に責任感が強く自分に厳しい」人が過剰適応になりやすいというのは、容易にイメージできるのではないでしょうか。
「過剰」とあるとおり、この過剰適応は好ましい状態ではありません。過剰適応の状態にある人には、たとえば頭痛や胃痛、首や肩などの凝り、下痢や便秘、睡眠障害、不安感、イライラや怒り、集中力の低下など、人によってさまざまなストレス反応が起こります。その結果として、もともとは高い能力をもっているにもかかわらず、仕事の効率が下がったりミスが増えたりと、本来のパフォーマンスを発揮できなくもなるのです。
ここで若いビジネスパーソンの人にお伝えしたいのは、この過剰適応が起きるのは、すでに一定のキャリアを積んでいる優秀な人だけとは限らないということ。優秀な人が過剰適応になりやすいことは確かですが、能力を問わず、新入社員や、異動や転職をしたばかりの人にも過剰適応は起きがちです。
新たな環境に身を置いたばかりのときには、誰もが「まわりに迷惑をかけてはならない」「まずは周囲のやり方や考え方に合わせよう」と考えます。これは、自分の感情やニーズを抑え込むことにほかならず、まさに過剰適応なのです。
自分のニーズを自覚し、それに応える練習をする
そのような過剰適応に陥らないために日頃から意識しておいてほしいのは、「自分のニーズを自覚し、それに応える練習をする」ということです。
仕事で関わりのある人から、重要なミーティングをするわけではなく、ただ親睦を深めるための食事に誘われたとします。そのとき、「どうも体が重いし、あまり行きたくない」と感じました。そんなシチュエーションで、みなさんはどうしますか?
過剰適応をしてしまっている人は、それでも「のちのち、仕事に悪影響があるかもしれないから」と、「あまり行きたくない」という「自分のニーズ」を抑え込んで食事に行ってしまうのです。
誰かの期待に応え続けるということを自分の活動のエンジンにしてしまうと、短期的には評価を得られても、どこかで必ず無理が生じます。これは、心療内科医、産業医として断言できることです。
もちろん、社会に生きるひとりの人間として、あまりに自己中心的であるのは自分にとっても不利に働きます。しかし、だからといって他者に合わせることばかりを優先して、自分自身の傷つきを無視し続けてつぶれてしまっては元も子もありません。
ですから、周囲からの誘いや依頼について冷静に識別するように心がけてほしいのです。その誘いや依頼は、本当に重要で必要なものでしょうか? もしくは、その人はこちらが多少無理をしてでも貢献すべき相手でしょうか? それとも、ただこちらをいいように使うだけの人でしょうか? また、その我慢は「報われる」可能性が高いものでしょうか?
「打算的」と思われるかもしれませんが、こうした識別は、人間関係を構築するうえで非常に重要な認知的スキルです。もし、無理するに値しないのであれば、比較的影響度が低いものからお断りをする練習をしていきましょう。こうした習慣が、過剰適応を起こしづらい体質をつくってくれます。
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。