日本語では「一般教養」と訳されることが多い「リベラルアーツ」。「学びが重要」だと言われても、その学びはとりあえず目の前の課題を解決するためのものになりがちです。ところが、キャリア形成を専門のひとつとする元慶應義塾大学SFC研究所上席所員の高橋俊介さんは、最終的に大きな成果を生もうと思えば「リベラルアーツを学ぶことが必須」だと言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
高橋俊介(たかはし・しゅんすけ)
1954年生まれ、東京都出身。1978年に東京大学工学部航空工学科を卒業し、日本国有鉄道に入社。1984年に米国プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼー・アンド・カンパニ-東京事務所に入社。1989年に世界有数の人事組織コンサルティング会社である米国ワイアットカンパニーの日本法人・ワイアット株式会社(現ウイリス・タワーズワトソン)に入社。1993年に同社代表取締役社長に就任。1997年に社長を退任後、個人事務所・ピープルファクターコンサルティングを通じて、コンサルティング活動や講演活動、人材育成支援などを行なう。2000年に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任。個人事務所による活動に加え、湘南藤沢キャンパスのキャリア・リソース・ラボを拠点とした個人主導のキャリア開発や組織の人材育成についての研究に従事。2011年より、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。2022年より、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。2024年4月からは特定組織への所属はなく、個人として活動。キャリア形成、人材マネジメント、リーダーシップ、働き方改革などに確かな知見を有し、本質を見抜く目に定評がある。沖縄県那覇市にも事務所兼住居をもち、1年のうち3割は沖縄で暮らしながら仕事をしている。主な著書に『キャリアショック』『新版人材マネジメント論』『21世紀のキャリア論』(以上、東洋経済新報社)、『人材マネジメント革命』(プレジデント社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
「求められる人材」になるために、リベラルアーツが必要
「リベラルアーツ」にはいくつかの定義があるのですが、日本語では主に「一般教養」と訳されます。しかし、この定義だと、一般常識とか単純な知識といった意味でとらえられがちです。リベラルアーツの本来の語源からすれば、「物事を深く本質的に考えるために学ぶべき学問」、あるいはそのように学ぶ習慣となるでしょう。
ビジネスパーソンにも専門性が求められる時代です。それと比例するように、リベラルアーツの重要性もどんどん増していると私は見ています。
では、どうして専門性が求められるのでしょう? これまでなら、ジェネラリストが目の前の仕事に必要な勉強をパッとこなしさえすれば済んでしまう分野もたくさんありました。ところが、ビジネスにおける課題がかつてと比較にならないほど複雑化しているいま、それぞれに異なる専門分野やスキルをもつスペシャリストの力が求められているのです。しかも、その専門性もいまは細分化が進んでいる状況にあります。そのため、大きな成果を出すために求められるのは、複数の専門性をうまく絡み合わせることができる人材です。
複数の専門性をうまく絡み合わせて統合するためには、物事にある本質的な根っこの部分のつながりが見えるまで掘り下げる必要があるでしょう。そして、ひとつの分野を掘り下げていくと、必ずリベラルアーツに行き着きます。
表面的な知識だけでは成果を生みづらい
逆に、リベラルアーツを学んでおらず、表面的な知識のみで仕事をしたところで、大きな成果を生むことにはつながりません。
例を挙げてみましょう。近年、日本のビジネスシーンでも「ジョブ型雇用」(従業員の役割や職務内容が明確に定義され、その職務に基づいて採用や評価が行なわれる雇用形態)が知られるようになりました。実際に導入している会社もあります。でも、ジョブ型雇用がアメリカのどのような歴史的背景から生まれたのか、どんなふうに変化してきていまのかたちになったのかを理解しているでしょうか?
原点や歴史を知らないまま、表面的なノウハウ本だけを読んで「アメリカでは主流だから」といった理由でもち込んだところで、それが勤務先の企業にフィットするとは限りません。日本にも日本の歴史があり、「メンバーシップ雇用」(従業員が特定の職務に固定されず、会社全体の一員としてさまざまな役割を果たすことを求められる、日本の伝統的な雇用形態)が主流であり続けてきた理由があるのです。それらを知ったうえで、それぞれの企業に合った雇用形態を模索すべきでしょう。
これは、リベラルアーツのひとつの分野である「歴史から学ぶ例」ですが、そのように学ぶべきリベラルアーツは、どのように見つければいいでしょう。それには、自らの「専門性を身につけるべき学び」に関連するリベラルアーツから入るのがいいと思います。「専門性を身につけるべき学び」とは、将来的に仕事の広がりを生んでくれる、「10年、20年と追い続けていきたい」と自らが思うテーマのことです(『10年後のキャリアが変わる「学び方」。できるビジネスパーソンは「独学力」が高かった』参照)。
若いビジネスパーソンの場合、まず必要とされるのは「目の前の仕事に直結した学び」です。しかし、そういった学びを続けて仕事力を向上させていくうち、「この問題は、生半可な勉強ではどうにかなるようなものではなさそうだ」といった壁に必ずぶつかります。その壁、問題こそが、10年、20年と学んでいくべきテーマであり、そのテーマに関連するリベラルアーツを学ぶのです。
学ぶべきリベラルアーツは「ファクトフル」な分野から
もちろん、学ぶべきリベラルアーツは人それぞれになります。ただし、私としては、事実に基づいたファクトフルなものを学ぶべきだと考えています。
一般的には、哲学や文学などもリベラルアーツに含まれます。しかし、私が講座長を務めるリベラルアーツの講座では、それらは扱っていません。もちろん、哲学を学ぶことに意味がないと言いたいわけではありません。
ただ、哲学や文学は人の解釈や思想が多分に介するものであるため、ファクトから学んで自らの考えをもつ前に手をつけると、誰かの本を1冊読んでわかったような気になってしまう危険性がともないます。自分の中身は空っぽなのに、他人の思想を借り物にして考えるようになってしまうわけです。
そのようなことを避けるため、まずは歴史、生命科学、社会学など、どちらかと言うと事実に基づいた分野から入るのがおすすめです。言うまでもなく、歴史にだって本当にファクトかどうかわからない部分もあります。歪んだ歴史観をもつ著者の本もありますから、そこには注意も必要でしょう。
ですから、ひとつの本に結論を求めずに、異なる切り口で書かれた複数の本を読んでいくのがポイントです。そこには、ファクトのなかから著者がそれぞれに引き出した「意味合い」が書かれています。そして、それらが自分のなかでつながり、「つまりこういうことじゃないのか?」といったものが見えてきます。それこそが、リベラルアーツの学びによって得た自分なりの考えなのです。
【高橋俊介さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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