管理職のみなさんにとって切っても切れないものが、メンバーのマネジメント。
マネジメントをするのと、プレイヤーとして働くのとでは、求められるスキルが違います。プレイヤーだった頃には高い成果を挙げていたのに、マネージャーとしては苦労している……という方は多いかもしれません。たとえば、メンバーの能力の引き出し方がわからず、困っている方もいらっしゃるでしょう。
今回の記事では、最近注目を集めている「心理的資本」というものに焦点を当て、なかでも重要な要素である「エフィカシー(自己効力感)」について解説していきます。
- メンバーをうまくマネジメントできない。何が足りないのだろう?
- チームメンバーの能力をもっと引き出すには、いったいどうすれば?
とお悩みの方におすすめの記事ですので、ぜひ続きをお読みください。
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。
「心理的資本」とは何か?
4つの心理状態「HERO」によって構成される
2020年に始まったコロナ禍、2022年末以降の生成AIブームなど、現代社会は予測不能で変化が多い時代。そういった時代のなかで、ポジティブに思考し行動を続けるための、心のエネルギーについての関心が高まっています。
ネブラスカ大学名誉教授のフレッド・ルーサンス氏らによって提唱された「心理的資本」とは、
- Hope(希望)
- Efficacy(自己効力感)
- Resilience(回復力)
- Optimism(楽観)
という4つの健康な心理状態の集合です。それぞれの頭文字をとって「HERO」とも呼ばれます。職場で個々の従業員が自己のパフォーマンスを高めるためには、心理的資本を構築することが重要だと言われています。
大阪大学大学院経済学研究科教授の開本浩矢氏と、マネジメント力の向上支援を行なう株式会社Be&Do 取締役COOの橋本豊輝氏は、共著のなかで、心理的資本を下記のように定義しています。
「ポジティブな心理的エネルギーで、積極的な行動や自律的な目標達成を促すエンジン」
(引用元:開本浩矢、橋本豊輝(2023),『心理的資本をマネジメントに活かす: 人と組織の成長を加速する「HERO」を手に入れる』,中央経済社.)
わかりやすく言い換えると、人が自信をもって物事をやりとげようとする、前向きな心の状態のことです。
「そのような目には見えないものに、アプローチできるものなの?」とお考えの方もいるかもしれません。そんな方にご覧いただきたい、興味深いデータがあります。
適切にアプローチすれば、メンバーをより活躍させられる
開本氏らの著書によれば、ルーサンス氏の研究で、ポジティビティは下記の主に3つの要因で構成されると示されているそう。ポジティビティとは、ポジティブな心の状態や態度のこと。そのうちの40%が心理的資本なのだそうです。
- パーソナリティ要因:50%
└ 遺伝的に決まる資質や性格、成長する過程で過ごす国の文化や教育のなかで獲得されたもの - 環境要因:10%
└ 制御することができない幸運や災害といった一時的なもの - 心理的資本:40%
└ 知識やスキルによって適切に開発が可能なもの
(参考:同上)
つまり、ポジティビティについて、60%はどうすることもできませんが、残りの40%は適切なアプローチによって向上が可能だということ。マネージャーがその40%にアプローチした結果、チームメンバーが躍動し業績向上につながるのであれば、アプローチしない手はないですよね。
心理的資本における「エフィカシー」とは
それでは、心理的資本を構成する4つの心理状態の1つである「エフィカシー(Efficacy)」について見ていきましょう。
エフィカシーとは、日本語に訳すと自己効力感、有能感、自信のこと。心理学の用語で、必要な努力をすれば、目標を達成するために進むべき道をうまく進むことができるという自信を表します。
つまり、自分ならできるという、自分に対する「信頼」と言い換えることもできるでしょう。
開本氏らの著書によれば、エフィカシーが高い人の特徴は以下のとおり。
- 「挑戦に前向き」
- 「難しいタスクを選択」
- 「経験を糧にできる」
- 「やる気を自ら高める」
- 「努力を惜しまず行動」
- 「困難への耐性がある」
(カギカッコ内引用元:同上)
エフィカシーが高い人は、自信や自分への信頼があるので、難易度が高い仕事や新しいことへの挑戦を前向きにとらえられるのですね。
上記の特徴を読んで、「こんなメンバーがいたらいいな」と思った管理職・マネージャーの方や、自分自身を振り返って「最近エフィカシーがないな」と感じた方はいらっしゃいますか? しかし、心配しなくても大丈夫。先ほど書いたとおり、このエフィカシーは、アプローチ次第で高めていけるものです。
エフィカシー(自己効力感)の高め方
では、具体的にどうすれば、マネージャーはチームメンバーのエフィカシーを高めることができるのでしょうか。ひとつの事例を見ながら、考えていきたいと思います。まずはこちらのケースをお読みください。
Aさんは、中堅企業の研究開発部門に勤めるエンジニア。大学卒業後、夢だった研究開発の職に就くことができ、新製品の開発に携わる日々を送っています。しかし、入社して数年が経ち、周囲の同僚が次々と昇進していくなかで、自分だけが停滞しているように感じ、キャリアパスについて深刻な不安を抱えるようになりました。
Aさんは自分の専門分野において高い技術力をもっていますが、昇進やキャリアアップのためには、技術だけでなくマネジメント能力や他部門との連携能力が求められることに気づきます。しかし、自分が本当にマネジメントの道を目指すべきなのか、それとも技術のスペシャリストとしてさらに専門性を深めるべきなのか、決断ができずにいます。
また、業界の変化が激しく、新技術の出現によって、いまもっているスキルが将来的に陳腐化する可能性も心配しています。このため、Aさんは自己啓発のためのセミナーや資格取得にも力を入れ始めましたが、どの方向に進むべきか決めかねている状態です。
(※ケースは『心理的資本をマネジメントに活かす: 人と組織の成長を加速する「HERO」を手に入れる』を参考に編集部が作成した)
お読みになってどのように思われたでしょうか?
マネージャーの道へ進むか、専門職としてキャリアを深めるか――こう悩む人は、どこの会社にもいるものですよね。
このケースですと、Aさんの同僚が次々と昇進していくなかで、自分だけが停滞しているように感じていることから、エフィカシーが弱くなっていることがうかがえます。自己分析はできていますが、マネージャーか専門職か、どちらのキャリアを選択するか迷っていて、目標を置けないことも苦しそうです。
問題解決よりもまずは「エフィカシーを高める」ことを優先する
このケースでAさんは、マネジメントに進むのか専門職として進むのかという問題をいきなり解決することはできないでしょう。なぜなら、Aさんが抱えている問題の根本には、“自分だけが停滞しているのではと思っている” という状況があるからです。
キャリアの進み先をむりやり決めたとしても、やっぱりマネジメントだったかも、やっぱり専門職だったかも……と後悔するかもしれません。
そこでまずは、エフィカシーを高めるアプローチしていくことが大切です。そのアプローチ法について、次項で見ていきます。
「強みへフォーカス」してアクションプランを決める
このケースでAさんのエフィカシーを高めるポイントは、ケース内の下記の部分です。
- Aさんは自分の専門分野において高い技術力をもっている
- Aさんは自己啓発のためのセミナーや資格取得にも力を入れ始めた
Aさんは、自身の知識や技術に磨きをかけようとしているのです。
あなたがもしマネージャーであれば、Aさんの専門分野についての高い技術力や、さらに知識や技術に磨きをかけようとしている姿勢について、あらためて認めることが大切。そして、その専門性を磨き上げる姿勢や努力を、どうAさんの達成感につなげていくかを一緒に考えていきましょう。
たとえばそれは、新しい知識や技術をほかのチームメンバーにも共有することかもしれません。あるいは、セミナーで社外のネットワークを構築することかもしれません。
ここで大切なのは、Aさんがもつ強みをどう達成感につなげられるか。エフィカシーを高めるための具体的な対策をアクションプランに落とし込んで、ガイドしてあげることが求められます。はじめは小さなことでもOKですので、実際のアクションへ導いてあげることが重要です。
定期的な「振り返り」を行なう
アクションプランを決めてAさんに実行を促したら、しばらくしてから振り返りの対話を行ないましょう。
Aさんが専門性を磨くあいだにどういった知識や技術を結果として得たのかに加え、その過程で得ることができた経験にも注目します。
対話のなかでAさんからは、「自分の専門性をほかのチームメンバーに伝えたい」あるいは「こういった経験をもとに専門職を導ける存在になりたい」といった希望が出てくるかもしれません。そうしたら、それをまたアクションプランに落とし込んで、実行してもらい、少しずつエフィカシーを高められるようにしていきましょう。
Aさんが専門職への道に進むのか、マネージャーへの道に進むのか、この段階ではわかりません。大切なのは、自分ならできるという「自信」や、自分への「信頼」を高めてもらうことです。
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みなさんは、Aさんが最終的にどういう道に進むと思われたでしょうか?
どちらの道に進むにせよ、エフィカシーを高めたAさんが職場に対してポジティブな影響を及ぼしそうだということは、容易に想像できますよね。
この記事では、近年注目されている「心理的資本」のなかから「エフィカシー」にフォーカスして、その高め方を事例とともに見ていきました。
メンバーの心理的資本は、マネージャーからのアプローチ次第で高めることが可能です。コミュニケーションを通して、まずはメンバーの強みを見つけましょう。マネージャーがメンバーのエフィカシーを高めることができれば、そのチームは変化の激しい時代を乗り切れる強いチームになるはずです。
開本浩矢、橋本豊輝(2023),『心理的資本をマネジメントに活かす: 人と組織の成長を加速する「HERO」を手に入れる』, 中央経済社.