まったく異なる世界でありながら、マラソンと投資には「メリハリが効果を発揮する」といった共通点があるそうです。これは、投資以外の仕事にも当てはまることなのだとか。科学的な裏づけもあるといいます。識者らの見解をもとに、詳しく説明しましょう。
メリハリ練習でパフォーマンスが最大に
マラソンが趣味だという投資会社の創業者、ハルシャ V. ミスラ(Harsha V. Misra)氏によると、同氏のように趣味で走るランナーの場合は、多少の苦しさと “やりがい” を感じる「中強度」のトレーニングを行なうことが多いそうです。
しかし、競技ランナーの場合は、約8割を楽なペースで走る「低強度」のトレーニングに費やし、残りの2割は自分を限界まで追い込む「高強度」のトレーニングに費やすのだとか。趣味で走るランナーとは違い、「中強度」のトレーニングはほとんど行なわないそうです。
こうした客観的な事実は、専門家からの報告とも一致しています。ノルウェー・アグデル大学スポーツ科学教授のスティーブン・セイラー(Stephen Seiler)氏は、長時間の低強度トレーニングと、短時間の非常に集中的な高強度トレーニングとの組み合わせが、アスリートの身体的負担を軽減し、パフォーマンスを最大化すると報告しています(※1)。セイラー氏いわく、中強度のトレーニングは「苦痛が多いわりに得るものが少ない」とのこと(※2)。
(※1:2010年発行の「International Journal of Sports Physiology and Performance」)
(※2:2019年のTED講演)
マラソンと投資の共通点
前出のミスラ氏は、競技ランナーがトレーニングの約8割を「低強度」に費やし、残りの2割を「高強度」のトレーニングに費やすと知ったとき、“投資の神様” と呼ばれるウォーレン・バフェット氏を思い出したそうです。
なぜならば、バフェット氏も多くの時間を年次報告書やビジネス誌を読むこと、もしくは他者とのコミュニケーションに費やしながら、時として活発に巨額の投資を行なうから。つまり “投資の神様” も競技ランナーと同様に、8割は「低強度」で現状把握や情報収集を行ない、残りの2割は「高強度」で大きなお金を集中的に動かしているわけです。
一方で趣味の投資家の場合は、いつも何かしら「中程度」の取引を継続的に行なっているのだとか。ミスラ氏は、マラソンと投資いずれにおいても「低強度8割と高強度2割の二極化戦略」および「中強度の回避」が重視されると説明しています。
あらゆる仕事に活かせるメリハリ
ミスラ氏によれば、前項の法則はほかの仕事にも当てはまるそうです。たとえば、熟練した営業担当者には、次の傾向があるとのこと。
- 長期にわたって先方と控えめに関わり続け、信頼関係の基盤を築く
- 中規模の商談はあえて見送る
- 大型商談成立の可能性が出てきた途端に集中して動き出す
まさに、「低強度8割と高強度2割の二極化戦略」および「中強度の回避」といったところ。同じく研究開発の現場にも当てはまるのだとか。
- 多くの時間を使って低コストの実験、学習、工夫などを行なう
- 機が熟したら全力で実行する
これらは、商品やサービスの企画・開発現場、あるいは生産現場においても同じことが言えるのではないでしょうか。ミスラ氏は、長い時間をかけて低強度の努力を重ねるからこそ持久力が生まれるとし、この持久力がなければ高強度も奮闘できないと説きます。
つまり、体力を温存しながら基盤をつくっておけば、“ここぞ” というとき全力疾走でき、より確実に成果を上げられるということ。仕事にメリハリは欠かせないわけです。
科学的な観点から見たメリハリ
精神科医で早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授の西多昌規氏も、著書『休む技術』(大和書房)のなかでメリハリが大事だと伝えています。
西多氏によると、短時間の激しい動きは、注意・覚醒の神経伝達物質であるノルアドレナリンの働きを活発にするため、反応が早くなったり、判断力がアップしたりすると考えられるそうです。これは、ミスラ氏の言う「高強度」に通じます。
逆に、長い時間をかけて行なうリズミカルな動きは、不安をやわらげる神経伝達物質のセロトニンが活発化するため、疲れた心と身体を休ませ、気分を向上させてくれるのだとか。こちらは「低強度」と言えます。
ふたつの神経伝達物質が、代わる代わる持ち味を発揮するメリハリ効果を、活かさない手はないと西多氏。無理して仕事を続けてもミスを増やすだけですが、しっかりと息抜きの時間を取り入れていけば、記憶が定着し、アイデアも生まれやすくなると伝えています。
ちなみに息抜きは、仕事の手をとめ場所を変えて “ひと休み” でも、ゆったりとしたリズミカルで慢性的な活動でもいいとのこと。たとえば簡単な区分け、確認作業などでもいいかもしれません。
ミスラ氏が競技ランナーの低強度トレーニングを目撃したとき、彼らはほとんど何もしていないかのように楽なペースで淡々と走っていたとのこと。西多氏の言う “ゆったり+リズミカル+慢性的な動き” に通じますね。
力を抜くテクニック
もしも、仕事の高低差をつけるのが難しいと感じるならば、低強度のタスクを頻繁に組み込み、自然と仕事にメリハリがつくようにしてみてはいかがでしょう。たとえば、
- まだ急ぐ必要がない調べものをしておく
- まだ急ぐ必要がない情報収集を行なう
- 試しておくといいと思うことをやっておく
- いまのうちに聞いておくといいことを聞く
といった、無理なく楽なペースで基盤づくりができそうなタスクです。必ずしも「低強度8割と高強度2割の二極化戦略」および「中強度の回避」にならなくても、息抜きができて、全力疾走が必要な “ここぞ” というときの備えにもなるはずです。
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西多氏いわく、頑張り続けるテクニックよりも、力を抜くテクニックのほうが大事とのこと。よろしければ参考にしてみてくださいね。
(参考)
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|仕事の「強度」に極端な高低差を設けることで優れた成果を生む 中途半端な負荷をかけ続けていないか
毎日が発見ネット|仕事も人生も「メリハリ」が大事!「力を抜く」と得られる心へのメリット
PubMed|What is best practice for training intensity and duration distribution in endurance athletes?
YouTube|How "normal people" can train like the worlds best endurance athletes
西多昌規著(2013),『休む技術 』,大和書房.
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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