2024.08.09
1882年に創業したフランス最古のスポーツブランド
「ルコックスポルティフ」
はじまりのストーリーを創業家が残した
記録をもとにお届けします。
創業者はどのような人物だったのか、
様々な競技スポーツウェア展開開始のきっかけ、
ブランドロゴに込められた想いまで、
140年以上のブランドの歩みをご紹介します。
フランス中北部オーブ地方にあるロミリー・シュル・セーヌは、パリから東に列車で1時間半ほどのところにあります。
セーヌ川沿いに位置し、メリヤス産業が盛んな都市でした。
「メリヤス」とは編み物一般のことを指し、最近ではニットとも呼ばれています。
1800年代、ロミリー・シュル・セーヌのメリヤス産業は、鉄道や高速道路の発展により、商品をフランス全土に輸送できるようになったことで大きく成長しました。
1882年、この活気のある土地で、フランス国内最古のスポーツブランドである「ルコックスポルティフ」はその物語の幕を開けます。
創業者のエミール・カミュゼは、ロミリー・シュル・セーヌで生まれました。
彼の祖父であるヒューバート・カミュゼは、フランスにおけるメリヤス産業の先駆者の一人でした。小さな家の台所の裏に設置されていた編み機は、特殊な大口径の丸ニットウェアを編むことができ、ベストやキャミソール、子ども向けのワンピースなどができあがります。
そんな祖父の仕事を見て、エミール・カミュゼはメリヤスに興味を持ち、13歳の頃から見習いとして、近所のメリヤス工房で働いていました。
エミール・カミュゼがとりこになったのはメリヤスだけではありません。幼い頃からサッカー(フットボール)やサイクリングなどに熱中し、スポーツをこよなく愛していました。競技成績も優れており、パリとロミリー・シュル・セーヌ間の自転車レースで3位になったことがあるそうです。
また、地元のサッカークラブ「エトワール・スポルティブ・ロミヨンヌ」にも所属していました。当時からサッカーはとても人気があり、毎週日曜日には地元のサッカークラブ同士の熱い試合が繰り広げられ、多くのサポーターが試合を観戦しに押し寄せました。
エミール・カミュゼはスポーツを通して、一緒にスポーツを楽しむ多くの友人を持ちました。時には友人達から頼まれて、クラブや委員会の幹事や管理者を任されることもあったそうで、人望の厚い人物だったことがわかります。
フランス、ロミリー・シュル・セーヌ、ブル・ドール通り66番地。そこに店を構えていたのが、エミール・カミュゼの叔母が営むカフェ「バー・ロミヨン」です。このカフェは、のちに「ル クラブ」と呼ばれるようになります。
地元のスポーツファンが集まる人気店で、いつも活気にあふれており、連日スポーツに関する熱い会話が繰り広げられていたそうです。
エミール・カミュゼはしばらくして、叔母のカフェで働き始めます。彼はとてもフレンドリーな性格で、訪れる人々をいつも温かく迎え入れていました。
ある頃から、スポーツ仲間でもある常連のお客さんたちに、クラブで必要なスポーツ用具の仕入れを任されるようになりました。なぜ、エミール・カミュゼが選ばれたのか。それは、彼自身がスポーツマンであり、アスリートの要望をよく理解していたからでした。
まもなく、お店の窓には様々なスポーツウェアが展示されるようになりました。
ある日、エミール・カミュゼは、その後の「スポーツウェア」に大きな影響を与える一つのアイデアを思いつきます。
当時人気を集めていたスポーツウェアは、Yシャツの素材に似たストレッチ性のない生地で作られており、ゆったりとしたカットであるにも関わらず、思う通りに自由に体を動かすことはできませんでした。
一方、彼が慣れ親しんでいるメリヤス生地はストレッチ性があり、しなやかで着やすく、スポーツ時の動きを制限しません。さらに、体にフィットするため汗をかいても冷えにくく、スポーツに最適な生地だと考えたのです。
このアイデアは、メリヤス工房で働いていた経験と、一緒にスポーツを楽しむ友人たちとの交流を通じて閃いたものでした。もちろん、現在のルコックスポルティフのブランドコンセプトの一つである“快適”にも、この思想が受け継がれています。
エミール・カミュゼがメリヤスで作ったスポーツウェアは、スポーツ愛好家たちから高く評価され、様々なクラブチームにも採用されました。
特長は、何と言ってもその品質の高さです。ストライプ、カラーグラデーション、チェック柄、2色使いのバイカラーなどの複雑なデザインは、すべてロミリー・シュル・セーヌの織機を使い、メリヤス職人の手によって作られていました。
当時は、スポーツウェアはストレッチ性のない生地、下着類はメリヤスで作ることが主流だった時代です。その常識を覆し、メリヤスで高品質なスポーツウェアを作ったことによって、彼の名前はフランス国内で徐々に知られるようになります。
その後、エミール・カミュゼはチームスポーツに魅了され、スポーツとメリヤスに関する知識を活かしたウェア作りを本格化しました。1929年頃のカタログにはサッカーやサイクリング、テニス向けのウェアが掲載されています。
エミール・カミュゼの服作りは、現在のルコックスポルティフの新コレクション「le club de LCS(ル クラブ デ エルシーエス)」としても引き継がれています。ルコックスポルティフの象徴的な3つのシーンスポーツである、サッカー、サイクリング、テニスを背景に、スポーツを共に楽しむ人々が集うクラブチームをテーマとして新たなアイテムを展開中です。
1930〜1940年代頃のフランスは、新聞やスポーツ雑誌の普及、そしてテレビ放送の開始により、スポーツ人気が年々加速していました。
フランスでは長い間、ナショナルチームを始めとするチームのウェアは、パリの大手卸売企業4社が独占して納品していました。エミール・カミュゼはその内の2社に納入していたため、多くの選手に着用してもらう機会がありました。しかし、ウェアに製作者を示す目印はなく、彼の名前が表に出ることはありませんでした。
メリヤスで作ったスポーツウェアの魅力をより多くの人に知ってもらうためには、単なる納入業者となってしまっている現状から抜け出し、ブランドとして認知してもらわなければなりません。そこで、ブランドのラベルを付けることを考えます。
こうして、創業から66年後の1948年4月26日、「ルコックスポルティフ」の最初のラベルが完成しました。
ラベルのデザインは、エミール・カミュゼの息子であり、ブランド研究を熱心に行っていたローランド・カミュゼが考案しました。
形は長方形で、ブランド名の上部には「BONNETERIE SPORTIVE ROMILLONNE(ロミリー・シュル・セーヌのスポーツ用メリヤス製品)」と書かれています。左側には雄鶏の顔のイラストが描かれ、ラベル全体の色合いはフランス国旗にちなんだトリコロールカラーでした。
日本語で「ルコック」は雄鶏、「スポルティフ」はスポーツという意味です。雄鶏はフランスの国鳥・シンボルであり、ナショナルチームのユニフォームには雄鶏のエンブレムが付けられています。エミール・カミュゼはこれまで、スポーツ連盟からの依頼を受け、たくさんの雄鶏のエンブレムをウェアに縫い付けてきました。彼にとって、雄鶏はとても馴染みのあるマークであり、彼自身の雄鶏マークを持つことが誇りだったのです。
1950年8月26日には、初めて「三角形」のロゴが登場しました。2本の足で力強く立ち、朝日に向かって歌う雄鶏の姿が描かれています。三角形の枠は、ともに家業を支えていた息子・娘とエミール・カミュゼとの絆を表しています。
1975年頃には、ルコックスポルティフは、フランスだけでなくヨーロッパ各国でも展開していました。この時期、ロゴはよりシンプルなデザインに変化を遂げます。雄鶏は抽象的なデザインとなり、左向きに描かれるようになりました。
2022年、ルコックスポルティフは1882年の創業から140周年を迎えました。これを記念してブランドロゴを刷新。雄鶏のフォルムはさらにしなやかにシェイプされた一方、身体の向きはかつてのロゴ同様に右向きになりました。従来の「三角形」も取り払い、これまでの長い歴史で育んできた伝統や文化を守りながらも、枠にとらわれない快適で洗練された製品を創出することを表現しています。
ルコックスポルティフは、創業者であるエミール・カミュゼのスポーツ愛、メリヤスを扱った経験、そして数々の仲間たちとの交流を通じ、フランス最古のスポーツブランドとして誕生しました。この140年で時代は移り変わり、ウェアの素材や型は進化・多様化していますが、服作りの哲学は創業当時から変わりません。これからも、より良いウェアを、さらに多くのスポーツファンの皆さまにお届けしていきます。
記事イラスト/ヒラタシノ