鈴木敏夫がわからない。(その①)
鈴木敏夫について考えたい。
おそらく、日本で1.2を争うほど有名なプロデューサーである(争っているのは秋元康)。
そして言うまでもなくスタジオジブリを主宰する人物であり、宮崎駿、高畑勲という世界レベルに気難しいおじいちゃんを手なずけ、映画史に燦然と輝くタイトルを残してきた。
しかし、この人のことがわからない。
全くわからない。
宮崎駿、高畑勲の両巨匠については、まだわかる。果てしなく奥深く山脈のようなパーソナリティを持っているが、行動原理はわかる。
宮崎駿は、
「不器用な恫喝系理想主義者」であり、
高畑勲は、
両氏とも間違いなく人格者の類ではない。ただ、共通して純粋かつ高潔な魂を感じるため、(そして近くにいないため)「好き」になれるのである。
鈴木敏夫をして、その好々爺な見た目とは裏腹に「稀代の詐欺師」だとか「悪徳プロデューサー」などと評する向きは確かにある(主に押井守)。というか、割と定着している。
しかし、それだけではなにかが足りない。悪人だと断罪して安心できるようなわかりやすい人物ではないような気がするのだ。
まずわからないのが、仕事術である。
映画の制作から宣伝、スタジオの経営から外交活動まで、鈴木敏夫の仕事は多岐にわたる。というか絵を描く以外の重要事項を全て担っている。
ただ、その仕事ぶりの根っこにあるのが、理屈なのか感性なのか、そこがはっきりしない。なので、客観的な人なのか主観的な人なのかが、まるで見えてこないのである。
こんなエピソードがある。
鈴木敏夫の元でプロデューサー補として学んだ石井朋彦氏の著書「自分を捨てる仕事術」に書かれていた、鈴木敏夫流の会議の考え方だ。
①会議は席順が命
最初の頃、鈴木さんは会議の前に必ず、どこに誰が座るのか、席順を細かく指示してくれました。たとえば、その日の打ち合わせが、来訪者が企画を提案してくれる場だったとします。(中略)鈴木さんの正面に、先方の責任者が座るようにします。でも、それだけではダメなのです。鈴木さんと責任者だけが議論をする場をつくってしまうと、新しい意見が生まれにくい。そこで来訪者のなかで、鈴木さんが気に入りそうな若いスタッフ(明るくで素直に意見をいいそうな人)を、鈴木さんの目線が届く場所に座らせます。席順で重要なのは「目線」です。
会議という場を「目線」までを意識してマネジメントする。冷徹な理論に支えられている。
そして、主にこれまでの映画の広告・宣伝について語った著書
「ジブリの仲間たち」で、こんな考え方も披露している。
②「宣伝費=配給収入」の法則
(もののけ姫の宣伝時 1997年)
じつはそのころ、これまでの作品の収支の数字を見ていて、ふと思ったんです。かけた宣伝費に対して、興行成績が比例しているんじゃないか?そこで、新聞広告やテレビスポットなどの直接的な宣伝費に加え、タイアップやパブリシティ、イベントなど間接的な宣伝の効果も一つひとつ金銭換算することにしました。すると「紅の豚」なら配給収入と同じ28億円。「ぽんぽこ」なら26億円。「耳をすませば」は18億円ぐらいの額になることが分かったんです。つまり、60億円の配給収入をあげたいなら、60億円の宣伝をすればいい。
結果、もののけ姫の配給収入は100億円を大きく上回ったため、この方程式は良い意味で瓦解したのだが、理詰めである。非常に理詰めである。
※ちなみに、パブリシティを広告換算するという考え方を、90年代において採用していたのは、慧眼というしかない。企業がそれを始めたのは、2010年に入ってからだ。
二つのエピソードから窺い知れるのは、やはりロジックの人であるということ。そして、一事が万事、そのロジックを背景に仮説と検証を繰り返す、理論的で慎重派な印象を受けるのである。
しかしそうかと思えば、
➂ドワンゴ川上氏、突然の弟子入り。
今は、カドカワ株式会社代表取締役社長も務める川上氏が、ジブリのプロデューサー見習いとして入社したのは有名な話だ。その時のことをこう振り返っている。
この人はいったい何なんだろうと思っていたら、収録中に突然、「ジブリで働かせてください」と言い出した。二重三重にびっくりしたんですけど、「この人なら」と直感が働き、僕はその場でオーケーするんです。
これについては、いろいろと邪推することはできる。だが、本人の弁をそのまま受け取るなら、多少は直感も使うようである。しかし、直感は理屈のハイスピード版という話もあるし、宣伝や交渉事の重要局面ではないため、例外的に直感を採用した、という見方もできる。
やっぱりどちらかというと理屈の人だよなー、と思っていたところ、
他ならぬこの川上氏から、こんな分析が飛び出した。
「鈴木さんは理屈を信用していない(川上)」
ええっ、そうなの・・・。
調べた限りではバリバリ理論派な感じなんだけど・・・。
しかし、この川上氏の鈴木敏夫評から、
彼の根本を知る糸口が見えてきた。
キーワードは虚無である。
(②へ続く)
参考文献はこちら
自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-
- 作者: 石井朋彦
- 出版社/メーカー: WAVE出版
- 発売日: 2016/08/25
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