唯一無二の教育の魅力化で地域への人流を創出/一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム 会長・理事 水谷智之氏
島根県海士町の隠岐島前高校をご存じだろうか。
「島留学」と称して島外から人を呼びこみ、島内全域をフィールドにした島ならではの教育を展開し、
廃校寸前からV字回復を遂げた高校として知られている。
現在、島は次の展開として、「大人の島留学」なるプロジェクトを展開し、人口2300名の島に毎年100名もの若者が集っている。
この2つの島留学事業を手掛けると共に、同様のモデルの全国展開を手掛ける
地域・教育魅力化プラットフォームの会長・理事を務める水谷智之氏に、事業内容や地域に人を呼び込む方策について聞いた。
廃校寸前からのV字回復
まず、隠岐島前高校の取り組みについて確認しておきたい。隠岐島前高校は廃校寸前という危機的状況から、「島留学」を起点に全国各地から生徒を集め、推薦倍率約2.0~2.5倍、県外からの留学生6割、島内生4割という比率の人気校に変貌した県立高校だ(図1)。所在するのは島根県本土から60km、フェリーで2~3時間かかる離島の海士町。戦後7000名いた人口は現在2300名にまで減少し、高齢化が進み、厳しい財政状況を抱える。隠岐島前高校も2006年頃存続の危機にあった。しかし、離島で高校がなくなると15歳で本土の高校に下宿するか、親ごと・仕事ごと離島せざるを得ない。つまり、高校の廃校はタイムラグのある島の消滅に直結してしまう。ここに強烈な危機感を持った海士町の大人達によって、全国から入学者を募る「島留学」を旗印に、「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」が始まった。水谷氏は2016年頃からそこに加わり、2017年に高校魅力化を全国に横展開する一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームを設立した。「海士町で起こっていたことは、全国の地域の先行モデルです。だからこそ、高校を核にした地域の魅力化は、様々な地域に応用できます」と水谷氏は話す。
手触り感のある地域社会の中で自分起点の学びを深める
では、改めて高校の魅力化とはどのようなことか。水谷氏は「学校の中で机の上で知識として学ぶのではなく、実社会の手触り感のある中で、自分で見つけたテーマに夢中になりながら、社会の中で人生の縮図体験として学ぶこと」とその内容を定義する。「コンセプトは『島まるごと島前高校』です。観光を知りたい人間は観光協会に働きに行って学び、漁業をやりたければ牡蠣の殻を磨いて学び、教育を学びたければ隠岐國学習センターに行って学ぶ。島の大人は高校生からのお願いは全て受け入れる。島全体が学びの場であり、島の住民が全員先生という考え方です」。大人達はコミュニティー全体で子どもを育て、生徒達は自らの探究テーマと島のリアリティを重ねながら、教科書だけではつかめない「手触り感」を得て、自らのキャリア観を育んでいくのだ。
では、隠岐島前高校が全国からの留学生に選ばれるには、どのような認知経路を辿るのか。水谷氏によると、かつては「活動初期段階では、感度の高い親が子に薦めるパターンが8割くらい」だったという。それが現在は6割ほどに減少し、4割は生徒自らが探し当てて来るようになった。こうした比率の変化には、島留学自体の認知向上のほかに、ひとつの傾向があるという。「中学時代に、朝から晩まで大人にやることを決められ、成績だけが価値の尺度となる生活にうんざりして、その先には地元の高校を偏差値で輪切りにして選ばなければならないという自分の未来に嫌気がさして、自分の可能性を拡げる決断をしたがっている生徒に、本校の取り組みは刺さるようです」と水谷氏は説明する。勉強軸ではない新しい挑戦ができること、自分がその主体となれること。若い感性に刺さる「わくわく感」は、物理的距離を易々と越え得る。そこにしかない魅力があるから、人が集まるのだ。現在、プラットフォームでは海士町から始まった高校魅力化を全国120地域に展開し、偏差値軸や地域枠を超えて日本のキャリア観を変えることに挑戦している。
「働き方を自分でデザインできる地域」実現への展開
海士町が現在取り組む展開として知っておきたいものが2つある。まず、「大人の島留学」だ。地域おこしインターン制度を活用し、島での体験を目的に、年間100名を超える大学生や若手社会人が、海士町に常時留学している。もう1つは、「働き方を自分でデザインできる日本の初の地域になる」というコンセプトの、海士町複業協同組合の取り組みだ。2020年に施行された総務省の「特定地域づくり事業協同組合」制度がその背景にある。地域の事業者で構成される組合が留学生の雇用を2年間保証したうえで様々な仕事に短期で派遣する仕組みで、春は林業、夏は漁業、秋は教育といった具合に雇用の単位を細かく砕き、自分の仕事をデザインすることができる。水谷氏は、「1年中朝から晩まで同じ仕事をするというのは効率重視の都会型の考え方」としたうえで、「海士町に来る人達は、海士町という地域のあり方を学びたいのであって、必ずしも漁業だけをやりたいというわけではない。島のあり方の全体像を学ぶことが目的なのです」と話す。これは都会ではまず実現できない働き方であろう。多様な人材の多様な雇用を、地域だからこそ実現できる。そして、最初は短期雇用を嫌がっていた地元の事業者も、本気の若者がもたらすエネルギーや、彼らに負けていられないという空気醸成等、多くのメリットがあることに気づく。現在は多くの若者が島での自分の働き方をデザインできるよう、こうした取り組みを大人の島留学にも拡げているフェーズだという。
移住第一ではなく島の外に関係人口を増やす
隠岐島前高校の島留学が始まった当初は、「3年で帰ってしまう子のために町のお金を使うのか」という主張が多く、なかなか支持されなかったという。しかし、「『廃校は避けたい』というのが共通認識だったので、最終的には県外から人を受け入れるための整備と、呼ぶだけではなく教育自体を都会にはできないやり方で『魅力化』していくためには、学校だけでなく地域の方々の協力が絶対必要なのだということを、時間をかけてすり合わせて協議していきました」と水谷氏は説明する。「大人の島留学」でも、せっかく仕事を覚えても短期間でいなくなってしまう若者に仕事を教えるのを嫌がる声は多く上がったという。ここで重要なのが、「島民の意識を変えるためにシーンを積み重ねる」という考え方と、「移住・定住」よりも「関係人口増加」を是とし、「外に関係人口を増やすことが島の経営資源になる」とする価値観の転換である。
まず前者は、人を動かすのは理屈ではなく、「実際に良い子が来てくれた」「短期間でも島に活気を運んでくれた」という実感値であるということだ。少子高齢化が進む島の既存リソースだけでは生まれないエネルギーが、短期間でも若者によって創出され、それが「自分達にとって非常に良いことだった」というシーンとして重なって、施策の目的に対して初めて理解が得られる。だから、まずやってみる、手応えを得ることを優先して展開したという。では後者はどのような意味か。
関係人口とは島の未来を創る覚悟のある人のこと
国によると、関係人口とは「特定の地域に継続的に多様な形で関わる人のこと」で、非常に広義で曖昧な概念だ。海士町の定義では、「海士町を好きになり、海士町のためなら等価交換以上のエネルギーを使おうと思ってくれる人」を指す。その定義を当てはめるならば、「海士町のことは知らないが、サイトで見つけた海士町特産の牡蠣の返礼品を食べたいからふるさと納税で納税してくれた人」や「一度は隠岐に行ってみたいと宿泊してくれた観光客」は関係人口には含まれない。「自分の割に合うかどうかを超えて海士町の未来のために何かをしたいと思える人をどれだけ外に作れるかということです」(水谷氏)。その象徴は隠岐島前高校の卒業生や大人の島留学の卒業生だ。卒業後は住民票がなくても年単位で滞在し、この島に育んでもらったという実感値を持って島を出る彼ら・彼女らは、第二の故郷とも言える海士町のために何かをしたいというエネルギーを持つ。こうした層を増やしていくことは、都会と若者を取り合うのではなく、海士町のファンをどれだけ増やせるのかということになる(図2)。
「今の島を支えているのは間違いなく島民の方々ですが、島の未来を創る覚悟のある人を増やさなければ、島が消滅してしまう。島民に応えることは町の経営において大切ですが、そこの満足を作っているだけでは未来は作れないのです。外にいるまだ見ぬ若者達に選ばれ続ける覚悟を決めた地域にしか、未来は来ません」と水谷氏は断ずる。未来を創る資産をどのように増やしていくのか。その核となるのは「都会の真似事」ではなく、「都会が真似できない地域の魅力」そのものなのだ。「都会でできないことを研ぎ澄ますとどこまでいくのかを徹底したい」と水谷氏は述べる。
そして、魅力化プロジェクトを通して最も変わったのはまさに「島民の意識」だという。
「自分達は都会に比べて島はダメだと思っていたのに、親元離れて飛び込んできた高校生達は、都会より島のほうがはるかに素敵だと言う。その視線を浴びて、『絶対最高の3年間にしてあげなければ』と、島の活力が上がる。高校生が神輿を担いで地域の祭りが復活したり、潰れそうだった商店が高校生のアイデアで復活したりと、たとえ短期でも本気で学ぼうとする若者が島にどれだけのエネルギーをくれるものなのかを、受け入れ側が骨身にしみて理解したので、10年経って大人の島留学も参画者を一気に増やすことができたと思います」。
水谷氏は、関係人口を増やすのに最も大事なのは、島が彼らの存在を本当に歓迎しているかどうかだという。「島にしかない魅力を徹底的にフル活用することに加えて、若者が来てくれることが本当に嬉しいという、排他的ではない視線や空気がベースにないと、関係人口を増加・維持することはできません」。
関係人口のコミュニティーによる経営資源の実質化
島を卒業した後のネットワーキングとして現在力を入れるのが、「関係人口DX」と称する、デジタル名刺を使ったファンコミュニティー作りである(図3)。相手のスマホにかざすだけで自分の海士町名刺情報が渡るプレーリーカード(電子名刺)を、「海士町アンバサダーカード」として卒業生全員に無料配布する計画を準備中だ。関係性をつないで常に情報発信していく仕組みとして、関係人口側が公式LINEを作ったり、イベントを企画したりもする。つながりを絶やさず、常にコミュニティーに所属している実感を得ることができる仕組みをデジタルで講じることで、海士町の応援団が毎年自動的に増えていくのだ。
この仕組みについて、水谷氏は以下のように補足する。「例えば隠岐島前高校を卒業して東京の大学に行った後、なかなか島に遊びに来ない学生がいます。彼らに様子を聞くと、『島の人達は今の留学生達に一所懸命だろうから、自分なんかをもう歓迎してくれないと思う』と話す。もちろん実態は真逆なわけですが、関係人口というのはお互いの思い度合いの同期がとれていないと、遠慮して動けなくなってしまいがちです。だから、そこを可視化しないと、経営資源が活かされません。外にいても島にとってありがたい人なんだと思えれば、何かしたいと思えるのではないでしょうか」。そのためのフックをデジタルで設け、相互に安心できる仕組みを作る。それが関係人口の実質化、経営資源の最大化につながると見込んでのことである。
挑戦のメンタリティを獲得するために島を使い倒す教育が、全国の若者を惹きつける
水谷氏は、海士町が若者を惹きつける要素を以下のように整理する。
まずは自分起点。自分で見つけ、自分で決めて踏み込む経験であることだ。次に、手触り感。地域ならではの本物との距離感である。そして、失敗と場数。挑戦した結果得た発見、うまくいったり通用しなかったりする。その経験で五感が震え、その震えが次の学びのエネルギーになっていく。つまり、大事なのは挑戦することそのものへの称賛であり、失敗を奨励する文化だ。隠岐島前高校は「失敗を共に称え合う学校」をスローガンに、「2勝1敗より、15戦3勝12敗を賞賛」している。失敗を共に称え合い、机上ではなく現場に踏み込んで学ぶからこそ、次につながるのだ。うまくいくかどうかは論点ではなく、プロセスが全てである。「海士町の教育で身につけてほしいのは挑戦のメンタリティで、そのために島全体を使って手触り感のある自分起点の教育を展開しているのです」と水谷氏は述べる。
「われわれが考えるべきは、若者にとって自分が主役・起点になる場であるか。大人が教えたいことよりも、本人が学びたいことを学ぶチャンスが本当にあるのか。努力は夢中に叶わないと言いますが、自分を起点で挑戦するプロセスが次の学びへのエネルギーになっていく。若者はその手触り感の向こうにある実感を求めているのです。これだけ優れた動画配信等もあふれる世の中、実践の前に一旦知識をつける、という従来の教育では、もう若者は学ばなくなりつつある。どう効率的に知識を得るかではなく、それを使って実感をしたいという意向が強いことに、本気で真摯に向き合う必要があります」。
「挑戦してうまくいかないと何でうまくいかなかったか考えたか、と問い詰めるのが大人でしょう。あの顔を見たら二度と挑戦したくなくなる」とは、海士町で学ぶ若者の言葉だ。挑戦すること自体が称賛される場に、意志ある若者は集まる。「大学のほうが、こういうアプローチはできると思います。学内外問わず学生達が挑戦できる機会を作り、教員のキャパシティを超えて若者のポテンシャルに火をつける教育を、躊躇なく展開してほしい」。そのためには、「受けに来る人だけではなく、そうではない人を大学自ら取りに行くというスタンスが大事ではないか」と重ねる。それまでの資産でやっていける世界にだけ閉じていれば、マーケット縮小に比例して募集が縮小するのは道理である。未知の領域や市場で通用しない経験を経て、自校に足りない要素やテーマを得て初めて、改革が始まる。大学も、減少する18歳のみに閉じた囲い込みだけの思考でマーケットを捉えるのではなく、どうやって選ばれるのかを考えなければならないだろう。
(文/鹿島 梓)
【印刷用記事】
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