大学を強くする「大学経営改革」[101]現実直視と未来洞察に基づいた真の変革に向けて 吉武博通 | 高等教育 | リクルート進学総研

大学を強くする「大学経営改革」[101]現実直視と未来洞察に基づいた真の変革に向けて 吉武博通

吉武 博通氏

個別具体的な問いを出発点とする変革

 本連載の区切りとなる100回目では、連載開始からの18年を振り返り、国の政策と個々の大学の危機感をバネに進められてきた大学改革の方向性について一定の評価を行ったうえで、「形」を整えることに重きを置く改革の限界や弊害についても指摘した。

 本稿ではわが国の大学を取り巻く現状を、主に高等教育の後段階である社会と前段階である高校や高校生の両面から再確認したうえで、大学をより良い方向に変えるために何が必要か、真の変革に向けた課題について掘り下げて考えてみたい。「変革」はいかなる組織においても難題である。個人的抵抗と組織的抵抗という2つの抵抗が立ちはだかるからである。ましてや大学における変革は他の組織の比ではない。

 結論を先に述べると、演繹的アプローチよりも帰納的アプローチをより重視した改革を目指すべきということである。「大学はかくあるべき」という一律的な大学論よりも眼前の現実や起こり得る未来に対して「自校はいかなる役割を果たすべきか」という個別具体的な問いを立て、それぞれの立ち位置を明確にしたうえで、そのための戦略構築と組織整備を行い、実行の能力と速度を高めながらダイナミックに変革を進める。

 創立の精神など時代を超えて生きる理念を守り続けるためにも変化は不可欠である。長い歴史を刻む世界の大学も日本の老舗企業も変革を繰り返すことで守るべきものを守り抜いてきた。

人手不足は今や最大の事業リスク

 本稿執筆中(2024年2月下旬)にも、日経平均株価が史上最高値を更新する一方で、2003年の日本のドルベース名目GDPが人口約3分の2のドイツに抜かれ世界第4位に順位を下げたことが大きな話題になっている。後者については日本の円安、ドイツの物価高騰という背景もあるが、かつて世界第2位を誇り、1995年には世界のGDPの17.6%を占めた日本が5%台にまで大きくそのプレゼンスを低下させ、1人当たり名目GDPもOECD加盟国中21位、G7国中最下位となっている事実は重い。

 経済の現場に目を向けると、人手不足が急速に深刻さを増しつつある。かつて受注獲得に血道をあげた建設業からは「需要はあるのに請け負うための人手確保が難しい」との声が伝わる。人手不足と法規制による物流・運送業界の2024年問題が生活に重大な影響を及ぼすことも危惧されている。

 日本商工会議所「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」(調査期間2024.1.4~26)では、人手が「不足している」と回答した企業は65.6%にのぼり、なかでも建設、運輸、介護・看護は8割近く、最も低い製造業でも約6割と、あらゆる業種が深刻な人手不足に直面している実情が明らかにされている。そして、その対応方法として、採用活動の強化81.1%、事務のスリム化・ムダの排除・外注の活用39.1%、女性・高齢者・外国人材など多様な人材の活躍推進37.3%、従業員の能力開発34.6%などが並ぶ。

 大手企業が中心の日本経団連の調査でも、重要視する事業上のリスク(今後2~5年程度)として5割の企業が「必要な人材の不足」を挙げている(日本経団連2023.6.13「政策要望等に関するアンケート調査」)。

重要性を増す人材戦略と教育への期待・要望

 同時に、人事・評価・処遇制度の見直し、社員の自律的なキャリア開発のための取り組みなどを実施または検討している企業も増えている。東京証券取引所も2023年3月期決算より、有価証券報告書を発行する約4000社を対象に人的資本に関する情報開示を義務づけ、人材戦略の策定・実行を促している。

 高等教育の後段階である社会、とりわけ経済の分野では、労働需給という量的側面だけでなく、雇う側における人材戦略、就業者における働き方という質的側面でも大きな変化が生じていることが分かる。

 これらを背景に、日本の教育に対しても経済界から様々な提言が示されている。

 経済同友会2023.4.5「価値創造人材の育成に向けた教育トランスフォーメーション(EX)」では、従来の知識や情報をインプットするコンテンツ型の「教える教育」では限界があるとの認識を示したうえで、個の主体性を尊重し多様性を育むことで、自ら課題を設定し解決するコンピテンシーを「育てる教育」システムを新たに整備する必要があるとしている。

 また、日本経団連2024.2.16「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言−高度専門人材が牽引する新たな日本の経済社会の創造−」では、高い水準の専門性・総合知・汎用的能力を有する博士人材の育成・活躍に、産学官が連携・協働して取り組む必要を指摘。加えて、企業において理工系女性の採用意欲が高いことを背景に、女性理工系人材の育成・活躍に向けた具体的施策を提案している。

二極化する高3相当学年の学習時間

 次に高等教育の前段階である高校や高校生について考えてみたい。

 通信制を含む高等学校等への進学率は98.8%(2022年度)に達しているが、学校数は1988年度の5512校から2022年度の4881校、生徒数は1989年度の564万4000人から2022年度の297万2000人へと、ピークに対して、それぞれ11.4%、47.3%と減少を続けている。

 文部科学省では、中央教育審議会2021.1.26「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」答申を受けて、初等中等教育分科会の下にワーキンググループを設置し、高等学校教育のあり方について検討を行っている。

 2023年8月の中間まとめでは、生徒一人ひとりの個性や実情に応じて多様な可能性を伸ばす「多様性への対応」と、全ての生徒がその後の進路に拘わらず、社会で生きていくために広く必要となる資質・能力を共通して身につけられるよう「共通性の確保」を合わせて進めることが必要とされている。

 この検討に当たって示された参考資料によると、学校外での学習時間について、家や塾で学習を「しない」及び「1時間未満」と回答する割合(平日)が高1相当学年において54.7%と中3相当学年の21.4%から急増。高3相当学年では53.4%と引き続き高い一方で、3時間以上する者の割合が36.5%と大幅に増加するなど二極化する傾向にあることが明らかにされている。また、学校での学び・授業の満足度・理解度については、学年が上がるとともに低下傾向にある。

 日本財団「18歳意識調査~国や社会に対する意識(6カ国調査)」(調査期間2022.1.26~2022.2.8、各国1000名のインターネット調査)によると、自国の将来について「良くなる」との回答は英国39.1%、米国36.1%、韓国33.8%に対して日本は13.9%となっており、また自己肯定感や社会参画に関する意識も著しく低い傾向にあるとの結果が示されている。

観念的な大学論や政策主導の改革を問い直す

 高等教育の後段階と前段階の現状については総合的でより丁寧な分析が必要だが、極めて大きな変化や対処が急がれる深刻な問題が生じていることは確かである。加えて、生成AIやDXに象徴されるデジタル技術の革新・応用の影響も計り知れない。

 大学という組織に身を置くと、大学には本来の使命や守るべき価値があり、大学は存在し続けるべきとの前提で議論しがちだが、果たしてそうであろうか。

 歴史的にも例を見ない速度で進む日本の少子化。日々の生活を支える様々な分野でその担い手が減っていく。他方で、進学率98.8%の高校において学習習慣の二極化が進む。「日本の大学進学率は欧米各国に比べてなお低く、進学率向上の余地がある」との声もあるが、高校段階で就業のための教育・訓練を受けたうえで早期に社会の担い手となる若者を増やし、仕事を経験するなかで学習動機が高まれば働きながらまたは仕事を中断して大学で学ぶ。今起きている現実を考えるとそのほうが理に適っていると考えることもできる。

 観念的な大学論からは、社会の持続・発展に寄与する方法も、大学自らを存続させる道筋も見つからない。地域や社会の変化を理解し、高校や高校生の現実を直視するなかで、自分の大学に何ができ、いかなる役割を果たすべきか、具体的かつ深く掘り下げて問い直す必要がある。

 その意味からも政策主導で進められる「改革」のあり方自体も見直すべきであろう。大学ごとに規模や分野構成、重視する目的や目標、入学生の学力や志向、地域の状況などは大きく異なる。この多様性こそが学問の発展や社会的課題の解決に大学が寄与するための基盤となる。ともすると一律的に示され実施される政策が画一化をもたらし、過度な負担を強いる結果となっていないか、客観的な検証が必要である。

社会と高校の双方と重なり合う面積を増やす

 自分の大学に何ができ、いかなる役割を果たすべきかを問い直すに当たりまず行うべきは、社会と高校の双方と重なり合う面積を格段に増やすことである。接点や接続では不十分である。

 企業をはじめ社会と深く関わり合う教員、高校に出向いて熱心に出前授業を行う教員など、個々では様々な活動が行われているが、それらの点を面に組織的に広げ、定着させていく必要がある。

 国立大学の経営協議会や私立大学の評議員会には企業経営者やその経験者が加わることも多いが、現在の現場を知る実務家の意見を聴いて教育に活かす組織的な活動を展開しているケースは稀であろう。ましてや高校現場を熟知する校長や教諭がこれらの会議に加わることは附属校や併設校を除くと皆無と言ってよい。

 前述したように社会の側では、労働需給という量的側面だけでなく、人材育成という質的側面の課題も大きい。たとえ今の大学にできることは限られているとしても、対話を重ねることで解決の糸口が見つかったり、教育の内容や方法を見直すヒントが生まれたりすることもあろう。

 高校との関係も同様である。様々な分野の教員による出前授業を全学的・計画的に拡大するとともに、それらの活動を適切に評価する(例えば教員評価における加点など)ことも有効である。専門分野だけでなく、キャリア教育に関わる教職員による出前授業も高校生のキャリア意識醸成に役立つし、自然科学系教員による出前授業が女子生徒の理工系進学を促すことも期待できる。

 その逆に、学部改組やカリキュラム見直しなど教育改革の検討に高校教員の知識・経験を活かすことも考えられる。


社会と高校の現実を踏まえた大学改革の視点(概念図)


大学でも求められる「多様性への対応」

 これらを実際の教育にどう具体的に活かせるかが次の課題である。

 教育・研究間の重点の置き方や選抜性の高低など大学の性格や状況によって教育のあり方も大きく異なる。また、同じ学内でも学生の学力や志向をはじめ多様性は高まる傾向にあり、「多様性への対応」は大学においても一層重要になっている。

 そのためにはまず、大学と学部等の教育組織単位で教育の目的と内容・方法に関する基本方針を明確にしておく必要がある。公表を前提にした三つのポリシーでは表せない自校の実情に即した具体的で実践的な目的と方針を簡潔にまとめ、構成員全員で共有することは教育力を高めるための基礎となる。

 第二は、教員個々の教育に対する熱意と教育能力の持続的向上である。多くの大学においては依然として研究業績を最重視した教員選考が行われている。研究と教育は車の両輪ともいえる関係にあり、組織レベルでも個人レベルでも研究と教育の間の好循環により双方の質が高まることが基本であるが、教育力で勝負すべき大学がいわゆる研究大学と同じような教員選考を行えば、教育面でもこれらの大学に太刀打ちできず、特色を発揮することも難しいだろう。

 大学や学部が目指す教育の目的や方針を実現するのにふさわしい教員をどう選考し獲得するか。教員の熱意や教育能力を持続的に高めるための教員能力開発や教育組織開発と評価システムを自校にふさわしい形でどう整えて運用・定着させるか。大学ごとの努力と工夫が求められる。

 第三は、教職協働による組織的な教育及び学生支援の展開である。教育の質保証の形は整いつつあるが、教育の内容・方法は依然として個々の教員に委ねられ、「組織的活動としての教育」を定着させるための課題は多い。

 その際に鍵となるのは教育活動に対する職員の参画である。教員が主、職員が従の関係では社会や高校の実情、自校の学生の状況などを踏まえた学修の場の提供や多様な学生へのきめ細かな支援は難しい。教員と職員が互いの役割を理解・尊重し、よりフラットな立場で協力すること、職員もそれにふさわしい高い専門能力を身につけることが不可欠である。研究分野におけるURAのような専門職の活用も今後の大きな課題である。

トップの信念、意識・行動変革、業務構造改革

 これらの前提となるのがトップの信念、教職員の意識・行動変革、業務構造改革の3要素である。

 学内の反対を理由に改革を先延ばししたり、合意が得られそうな案で妥協したりというケースは少なくない。経営に最終責任を負うのは理事会であり、教学に責任を負うのは学長である。トップの役割は、学内の多様な構成員の声を聞き、社会や高校など大学の外の状況も理解したうえで、最良と考える改革案を練り上げ、実行することである。そのための信念が試されている。

 意識・行動変革は大学に限らずいかなる組織においても難しい。自ら進んで変革に取り組む者もいれば、背を向ける者もいる。その要諦は、変革に前向きな構成員を見つけて後押しする、意識・行動を変えようとしない背景や理由を理解する、意識・行動変革の必要性と方向性を筋道立てて具体的かつ簡潔に説明する、望ましい意識・行動を組織全体で共有する、それらを実践した者を適切に評価する、の5つである。

 これらの基盤となる業務構造改革も不可欠である。教職員の物理的・精神的ゆとりを確保することなく意識・行動変革を促すことは難しい。業務構造改革の考え方や方法については本連載でも何度か取りあげているので参照されたい。

 国公私立や規模の大小を問わず、大学を取り巻く環境は目に見えて厳しさを増している。変革が遅れれば存続基盤を失う。望ましい変革を速やかに行うことができれば社会の持続可能性を高めることに寄与することができる。大学はその岐路に立たされており、大学に関わる全ての人々の志が試されている。

【参考】
吉武博通(2021)「DXが大学に問いかけるもの」本誌No.229
吉武博通(2022)「業務の『外部化』と出資会社の活用−大学業務の構造改革の視点と課題」本誌No.234


(吉武博通 学校法人東京家政学院理事長・筑波大学名誉教授)




【印刷用記事】
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