2027年に女子学生比率30%実現を目指して‐「リケジョ」という言葉をなくすための多彩なアプローチ/芝浦工業大学 理工系女子特別入学者選抜 | 高等教育 | リクルート進学総研

2027年に女子学生比率30%実現を目指して‐「リケジョ」という言葉をなくすための多彩なアプローチ/芝浦工業大学 理工系女子特別入学者選抜

芝浦工業大学

POINT
  • 2016年公表の長期ビジョンで、創立100周年を迎える2027年にアジア工科系大学のトップ10に入る目標と共に、「女子学生比率30%、女性教員比率30%」を設定
  • 近年女子向けオープンキャンパスや女子高校との高大連携・探究支援等に注力
  • 2018年度入試より一部学科で開始していた女子対象入試を23年度から方式を変えて全学科に拡大。23年度は64名募集のところ98名、24年度は128名の志願者を集めた

 芝浦工業大学(以下、芝浦工大)は近年女子獲得のための多彩なアプローチを展開している。その一環で、2018年度入試より一部学科で開始していた「公募制推薦入学者選抜(女子)」(図1参照)の枠を2023年度から全学科に広げ、入試方式を総合型選抜へ変更した。こうした動きの趣旨や背景について、学長補佐・アドミッションセンター長の新井 剛教授にお話を伺った。




図1 2023年度 公募制推薦入学者選抜(女子)結果


工学のポテンシャルを開くマイノリティへのアプローチ

 新井氏は、工学分野について「歴史的に工学とは、高度経済成長を支えた製造業を中心とする重厚長大産業に寄与するものでした。その性質上男性中心の業態であり、当時は成長が時代の要請でしたので、多様性等は一旦二の次にして成果を追い求めていました。学問自体もそうした傾向に寄っていったと思います」と説明する。しかし一方で、「工学とは幸せになるための学問です。全ての人がイコールコンディションでより良く生活していくうえでの多様性の捉え方において、日常の様々なシーンで具現化している技術が、そうしたスタンスを維持できているかどうか。これまでの男性主流の業界から見るとマイノリティの方々こそ、工学を使って生活を向上させていく必要性やポイントをよく知っている。工学の裾野を広げるポテンシャルになり得るのです。その起点は工業大学という場にあると思っています」と続ける。

 芝浦工大は2013年に男女共同参画推進室(現・DE&I推進室)を設置しているが、DE&Iとは「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」、即ち「多様性、公平性、包括性」を指す言葉だ。そもそも社会には不平等があり、誰もが同じスタートラインに立っているわけではないことを前提に、多様な人材が互いに尊重し合い、それぞれに合った対応をすることで、それぞれが力を発揮し、成果を出すことができるという考え方である。こうしたスタンスに照らし、工学分野の課題であり、かつ現在不公平が顕在化している「女性」という属性に焦点を当てているのが近年の動きだ。

 2016年に公表された長期ビジョンにおいても、創立100周年を迎える2027年にアジア工科系大学のトップ10に入る目標を掲げ、その取り組み課題「多様性の受容」のKPIとして、「女子学生比率30%、女性教員比率30%」を設定した。「一般的に水準として30%以下はマイノリティの段階です。そこから自然に30%まで上がることは考えにくく、ある程度意図的に働きかける必要がある。それ以降は自浄作用的に比率が調整されてくることを見込んでいます」(新井氏)。DE&Iというコンセプトが機能する状態へのメルクマールとして設定し、そこに至るまでは大学が強力に後押しするスタンスなのである。最終的には「リケジョ」と特筆せずとも集団の中で当然一定数が存在している状態を目指したいという。

カレッジレディネスとダイバーシティを両立する手段としての入試設計

 芝浦工大は2024年度から工学部を皮切りに段階的に課程制に移行(※)するが、こうした教育の変化にも女子獲得は良い効果をもたらすと新井氏は見ている。

 「工学領域の横断的な学修を推進し、新たな価値を生み出していく状態を展開していきたい本学にとって、ジェンダーも混ざってくることで、さらに教育効果が高まると考えます」。文理選択等、入る前から分けることは受験においては合理的ではあるが、社会実装の段階では分断されていては価値にならない。「社会で価値として認識される機能は様々な技術と思想の融合体であり、かつ高度にデザインされたものばかり。本学は教育の場でそれを徹底的に実践していきたいのです」。
https://souken.shingakunet.com/higher/2023/12/post-3357.html

ポリシーに整合した目的意識の高い層を選抜する

 本入試のアドミッション・ポリシーは以下の通り。選考は書類審査、基礎学力調査、面接試験(15分)の3つで、下線に対応した評価方法として設定されている。


教育や研究は多様性の中で大きな効果が得られ、またイノベーションも多様性の中から生まれており、近年特に最先端技術開発や製品開発等様々な場面において女性の活躍出来る機会が拡がっています。このような社会的ニーズに応えるため、芝浦工業大学では、理工学分野に強い関心と意欲をもつ女子生徒に対して、特別入試制度を設け、一定の基礎学力があり、入学後のプランや将来のビジョンが明確で、論理的思考力やコミュニケーション力のある人を広く募集します。


 ターゲットは女子だが、ダイバーシティ以前の問題として目的意識が高い層に来てもらいたいという趣旨があり、それに最適な入試区分として総合型での展開となった。様々な属性や強みを持つ学生が課程制の教育で混ざり合うことを想定し、基礎学力を第一義とする一般選抜とは思想が異なる入試として設計している。在学生の追跡調査によると、年内入試層は入学時点の学力が相対的に低いため、1年次の成績は下位にいるが、卒業近くなると上位に逆転するという。高い目的意識と研究室配属後の専門教育・研究がフィットし、教育成果につながる傾向が強い。よって研究室配属までの間、いかに目的意識を維持・向上させるかが大事になるが、課程制の在り方、及び付随して設けられている「工学研究探訪」「分野別科目群」「学内研究留学」といった制度がそれらを強力に後押しする。「あらゆる個が持っている独創性が工学のなかで花開いてくれたら」と新井氏は期待を寄せる。

女子高生にターゲットを絞った興味関心向上の施策

 2022年度からは「女子向けミニオープンキャンパス」を開催し、教育研究についての体験や女子学生の先輩に話を聞く座談会等を実施。23年度の参加者は女子高生94名とその保護者59名にも上り、好評を博しているという。

 女子高校との連携強化も注目される。21年度に山脇学園高等学校、22年度に昭和女子大学附属昭和高等学校、23年度に実践女子学園中学高等学校と教育連携協定を締結し、出張授業やサマーインターンシップ等、理工系分野に根差した探究教育支援を行っている。22年度からは1週間の研究室体験プログラムがスタート。初年度は2校29名が参加、2年目は6校56名に規模を拡大し、全23研究室に分かれて研究・発表を行った。漠然と「理系で何かやってみたい」という状態から、研究ごとの多様なアプローチを知り、知的好奇心が爆発する参加者が多いという。大学の設備を使った本格的な研究に触れることで、進路選択のなかで科目から発想していた固定的なイメージが外れ、自分の興味関心に即した自由な学問観に戻るのであろう。大学だからこそできる進路支援である。

 こうした実績を経て、次年度の総合型選抜ではスクーリングも検討中だ。「1日しかない入試だけではなく、本人の探究心が本学のポリシーや研究に合致するかを見極めたうえで、マッチング精度の高い選抜を行っていきたい」。背景には「工学が進路指導に入っていない」という危機感がある。「女子校で理系といえば、医療系や理学系を薦める先生が多いのが実態です。工学分野で女子が活躍できることがなかなか理解されない。あるいは、保護者の方々が工業大学に対するネガティブイメージを持たれていることも多い。ならば、安穏と待っている場合ではありません」と新井氏は話す。実際、豊洲キャンパスの洗練された雰囲気や、工学のポテンシャルに触れることで、考えが180度変わる人々を見てきた。こうした動きを続けるなかで、進路支援に悩む女子校のほうから声がかかるようにもなってきたという。


サマーインターンシップの様子


 こうした声が増えると気になるのは教員の負荷だが、大学として注力すべき活動として、通常の学務業務を減らしてこうした高大接続支援を推進するよう号令がかかっているという。「授業も研究も学生指導も高大接続も同じ労力をかけていては、教員がもちません。執行部がこうした状況を踏まえた優先順位をつけて差配していることが、本学の機動性につながっていると思います」と新井氏は説明する。教職協働のガバナンス改革でも知られる芝浦工大だが、改革全てがもろ手を挙げて賛成されるものでなかったとしても、学内で密にコミュニケーションを重ね、多様な意見を踏まえて実践にこぎつけ、実施後は必ず検証を行う。その結果、共通認識が醸成されていく。こうした動きが同時多発的に起こり、複数の施策が改革として融合していることにこそ、その強さがあるように感じる。

大学名の認知拡大が課題

 現状の課題は、「大学名を知らないとこうした取り組みに辿り着かないこと」だという。たとえ理工系を志望していても、工業大学というだけで弾かれてしまうこともある。しかし芝浦工大にとって工業大学であることはアイデンティティだ。ゆえに、「ニッチだがアイデンティティであるところをどう丁寧にほぐせるか」に取り組み続ける必要がある。「まずは知ってもらい、来てくれるところから広げていくしかないと考えています」と新井氏は述べる。課程制教育と探究学習の親和性を含め、芝浦工大ならではの取り組みに今後も期待したい。


(文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓)