【ダイバーシティの今】⑤大学のダイバーシティの最前線/ダイバーシティを実践的に学ぶ場としての「国際寮」 | 高等教育 | リクルート進学総研

【ダイバーシティの今】⑤大学のダイバーシティの最前線/ダイバーシティを実践的に学ぶ場としての「国際寮」

 留学生と国内学生が暮らす国際寮を新設する大学が増えている。学生に多文化、多国籍の生活を提供することによって、語学、異文化理解、多文化共生といったグローバル人材に欠かせない力を養うことが国際寮の取り組みに力を入れる大学の狙いだ。

 国際寮の研究を専門とする中央大学助教・吉田千春氏に近年の国際寮の動向や特徴を伺うとともに、寮生を対象に「ダイバーシティ&インクルージョン実践力養成プログラム」を実施する南山大学「ヤンセン国際寮」を訪ねた。


POINT
  • 学生が自発的に交流する空間づくり
  • 学生の主体的な学びを生み出す寮運営の仕組み
  • <CASE STUDY:南山大学> 人材育成の「戦略的施設」としての大学国際寮



中央大学 法学部助教
吉田千春氏
国立タマサート大学日本語学科常勤講師、神田外語大学留学生別科上級講師、明治大学国際日本学部助手等を経て、2019年より現職。
現在の主な研究課題は「多文化環境における学び」であり、国際教育寮を対象に研究を行っている。




南山大学
国際センター副センター長(総合政策学部教授)
ショーン・オコネル氏


南山大学
国際センター特任講師(ヤンセン国際寮宿舎アドバイザー)
藤本純子氏

学生が自発的に交流する空間づくり

 中央大学「国際教育寮」(2020年4月開設/定員300名)、東洋大学「国際交流宿舎 AI-House HUB-4」(2022年3月開設/定員117名)、南山大学「ヤンセン国際寮」(2022年4月開設/定員178名)、関西大学「国際学生寮 グローバルハウス」(2024年4月開設予定/定員224名)等大学直営の国際寮の開設が続いている。留学生と国内学生が共に暮らす「混住型」が多いことが近年の国際寮の特徴だ。

 多文化、多国籍の環境で学生が生活する国際寮は、グローバル人材を育成する場として注目されている。早くから国際寮を「教育の場」と位置づけ、取り組みに力を入れてきたのは国際基督教大学、立命館アジア太平洋大学(2000年開学)、国際教養大学(2004年開学)といった国際系の大学だ。その成果が目に見えてきた2010年頃からグローバル化を進める総合大学や理工系、芸術系の大学にも国際寮開設の動きが広がった。

 国際寮を専門に研究する中央大学助教・吉田千春氏によると、ここにきて国際寮が増えているのは、2014年に始まった文部科学省「スーパーグローバル大学創成事業」の構想調書において「混在型学生宿舎」に関する記載が求められたことが影響しているという。これをきっかけに国際寮をグローバル人材育成の場として評価する大学が増え、最近の国際寮の「開設ラッシュ」につながった。

 「寮という“生活の場”を活用して留学生と国内学生が日常的に交流する場を創出し、グローバルで活躍できる人材を育てる“学びの場”とすること。国際寮の取り組みに力を入れる各大学の狙いはそこにあります」(吉田氏)。

 しかし、留学生と国内学生が同じ建物で暮らすだけでは、交流は活発にならない。そこで、近年の国際寮の多くは、寮生活の中で自発的に交流が生まれるよう空間設計を工夫している。

 空間設計のポイントは「プライベート空間と共有空間のバランス」と吉田氏。ここ10年で開設された国際寮で一般的な間取りは、個室もしくは二人部屋のプライベート空間と、数名から最大10名程度でキッチンやバスルーム、リビング等を共有する「ユニット式」で、空間にまとまりを作ることによってコミュニティーを形成しやすくしている(図1)。

 プライバシーを確保できる個室のみを採用する一方で、個室の機能や面積を最低限にし、共有空間の機能に多様性を持たせたり、建物中央部に設けた吹き抜け階段の周りに共有空間を配置して開放性のある空間を演出するといった「学生が自発的に個室から出る空間づくり」を工夫した国際寮が増えているのが最近の傾向だという。


図1 ユニット形式の国際寮の例

南山大学「ヤンセン国際寮」(4階建て)の平面図。個室10室とダイニングキッチンで1つのユニットを形成。2つのユニットでトイレと洗面・シャワールームを共有し、隣り合うユニットでの交流も生まれるようデザインされている。また、建物中央部の吹き抜け階段を中心に2つの共用リビングが配置され、他フロアとの回遊性も持たせている。



「ヤンセン国際寮」建物中央の吹き抜け階段と、各フロアの階段の周りに配置された共用リビングの様子。共用リビングは、どの階の寮生も使用できる。6カ所あり、それぞれインテリアや雰囲気が異なる。


学生の主体的な学びを生み出す寮運営の仕組み

 近年の国際寮は、「レジデント・アシスタント(以下、RA)制度」という仕組みを導入して運営されていることが多い。RAとは寮生活のサポートや交流促進の役割を担う学生のことで、交流促進の一環として寮内のイベントの企画や運営等も担う。責任を持って役割を果たしてもらいたいという意図から、寮費の一部補助等有償で募集する大学も少なくない。

 留学生は国内学生と比べて年齢層や宗教もさまざま。異なる環境で育った学生達が共に暮らせば、衝突も起きる。吉田氏は中央大学の国際寮の運営にも携わっているが、寮生が日々直面する「衝突」は、キッチンの使い方やゴミの捨て方、騒音等「身近で生々しい問題」に起因することが多いという。文化や宗教の違いを知ることで受け止め方が変わり、解決することもあれば、時間をかけた議論が必要になることもある。

 RAを中心に寮生達はこうした「身近で生々しい問題」に向き合い、仲間との対話を重ねながら、おたがいが納得できる解決策を見つけていく。ダイバーシティを地で行く環境で暮らしながら、コンフリクトマネジメントの実践を重ね、語学力だけでなく、異文化理解、論理的思考力といった国際的に活躍するために不可欠な力を養えることが国際寮の大きな魅力だ。

 学生の主体的な学びを生み出す「RA制度」は、「学びの場」としての国際寮の基盤となる仕組みだ。一方で、キャンパス内に比べて対人距離が調整しにくい“生活の場”での問題を学生間で解決するのは簡単なことではない。RA制度は寮生の活動への参加意識や、RAの能力によって学びの質に差が生じやすいというリスクをはらんでいる。

 「国際寮の“学びの場”として機能を高めるには、寮生へのコミュニティへの帰属意識を高めるとともに学生の問題解決のサイクルが回るよう支援する仕組みがあることが望ましい」と吉田氏。だが先述の通り、一部の国際系大学を除けば「学びの場」としての国際寮に価値を見い出し、取り組みに力を入れる大学が増えてきたのはここ最近であり、RA制度はあっても、支援体制の整備はこれからという大学が多いのが現状だという。

<CASE STUDY:南山大学> 人材育成の「戦略的施設」としての大学国際寮

 そんな中、国際寮の運営に教育や異文化コミュニケーション等の専門知識を有する教職員を配置したり、寮生対象にリーダーシップや異文化理解を学ぶワークショップを実施する等、学生の主体的な学びを支援し、人材育成の手ごたえを得ている大学もある。

 開設3年目を迎える「ヤンセン国際寮」を運営する南山大学もこうした大学のひとつだ。南山大学は、1949年の開学以来一貫して「世界で活躍できる人材」の育成に注力してきた。留学生の受け入れも積極的に行っており、日本語を集中的に学ぶ「外国人留学生別科(Center for Japanese Studies)」の短期留学生を含め約300名が在籍する。ヤンセン国際寮は同大学が育成を目指す「世界で活躍できる人材」の育成を加速させるための「戦略的施設」として開設された。

 ヤンセン国際寮では、地上4階建ての建物に140名(うち海外留学生83名)の寮生が暮らす。訪問すると、同大学国際センター副センター長のショーン・オコネル氏が笑顔で迎えてくれた。オコネル氏は異文化コミュニケーションを専門とする総合政策学部の教授であり、日本在住歴約30年。ヤンセン国際寮の運営は学生を中心に、オコネル氏ほか3名の教員(宿舎アドバイザー)、国際センター事務室の職員、管理人が連携して行っている。

 他大学のRAに当たる学生スタッフは寮運営の統括役として教育プログラムの企画・運営や広報活動などに携わるレジデントリーダー(RL)5名(任期1年)とユニットごとの交流促進や共同生活の支援を担うリビングコーディネーター(LC)十数名(任期半年)から構成される。

 寮の教育プログラムは、同大学が“世界で活躍できる人材”に不可欠と考える2つの力をテーマに設計されている。

 「まず、自立した“個”として自ら目標を定め、目標到達に向けて歩むことのできる“セルフプロデュース力”、そして“ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)”の力です。D&Iはカタカナで分かりにくいので、私はいつも『それぞれ違いを持つ“個”同士が自己開示し、歩み寄れる場を作ること』と学生に説明しています」(オコネル氏)。

 これらの力を効果的に伸ばすために、ヤンセン国際寮では「Living(毎日の生活における多文化コミュニケーションの実践)」、「Learning(対話型スキル養成講座での学び)」、「Socializing(学生企画イベント等を通じた多様な仲間との関係性からの学び)」の3つのモードでの学びを寮の教育施策として明確に打ち出し(図2)、各モードの学びを支援する宿舎アドバイザーを教員が1名ずつ担当している。


図2 ヤンセン国際寮「ダイバーシティ&インクルージョン」実践プログラム

「LEARNING」モードでは年間を通じて多文化コミュニケーション、クリティカルシンキング、ストレスマネジメント、多文化共生の力といったD&Iを実践するうえで役立つ知識やスキルを「対話」を通して身につけるワークショップや講座が用意されている(入寮生は基本的に参加必須)。南山大学では「人間の尊厳科目」としてD&Iに関連した必修科目を1年次に設けており、寮生達はキャンパスや寮の教育プログラムで得た学びを毎日の生活の中で実践し、学びを深めていく。


 宿舎アドバイザーは月1、2回実施される教育プログラムや隔週のRLとのミーティング等を通して寮生と接点があり、月1回RLとLCが作成する活動報告で寮生の状況を把握している。RLとLCのメンタリングも担当しており、必要に応じて国際センターの職員や保健センターの臨床心理士とも連携しながら相談に当たっているという。宿舎アドバイザーの教員3名がそれぞれ日本語教育、キャリア教育、学生支援と異なる専門性を持ち、多様な視点を生かして学生の寮生活をバックアップしているのもヤンセン国際寮の大きな特徴だ。

 「RLやLCからの相談が増えるのは、寮に慣れてきた5月の中旬。リビンググループ(ユニット)内のチームビルディングや生活ルール、イベントの出席率に関する悩みが多いです。すぐには問題が解決されないこともよくありますが、入寮後半年もすれば、学生がおたがいに相談しながら解決の道筋を見つけていくようになります」と宿舎アドバイザーの藤本純子氏は話す。

 メンタリングでアドバイスはするが、直接的な介入はしない。一方で、教職員全員が学生にとって話しやすい存在でいることや、風通しの良い関係性を築くことを心がけているという。困った時に相談できる多様な「大人」の存在は、寮生の心理的安全性の形成に少なからず影響を与えているはずだ。

 寮の運営を通じた学生の人間的成長には「目をみはる」と藤本氏。特にRLやLCの成長は大きく、自分の意見を発信することを苦手としていた学生も、ミーティング等で臆さず自分の意見を言うようになる。

 「これには、留学生の存在が大きく影響していると思います。留学生は自分の意見をはっきりと言い、論理的な説明を求める傾向があります。留学生との日々の対話を通し、国内学生の発信力や論理的思考力も伸びています」(オコネル氏)。

 2023年夏には学生が自主的に寮の紹介映像を制作し、SNSで発信を始めた。「寮での学びに対し高い意欲を持つ学生を集め、寮の活動に主体的に参加する学生を増やすことによって、寮をより良いものにしたい」という寮生の思いが背景にある。その思いを受け、南山大学国際センターも入寮に関心を持つ学生達に寮での教育プログラムを理解してもらうための映像を作成。2024年度の寮生募集からは、これらの映像を見て応募書類を作成するよう入寮希望者にアナウンスしており、オコネル氏と藤本氏は「変化が楽しみ」と声を揃える。

 「RL・LC以外の学生の寮運営への主体的な関わりをいかに促すか、短期の留学生を“お客さん”にしないための仕組みづくりといった課題もありますが、3年目の現在は“土台づくり”の時期。教育プログラムに対する寮生へのアンケートの実施、年3回のRLとLCを対象としたルーブリック自己評価の実施等、寮の教育効果の測定も開設以来続けており、こうしたデータと寮生の声を活かしながら、 “学びの場”としての寮の質を高めていきたいと考えています」(オコネル氏)。


(文/泉 彩子)




ヤンセン国際寮外観。南山大学名古屋キャンパスから徒歩3分の場所にある。全178室。1階のユニットにユニバーサル室を1室ずつ計2室備え、2024年3月現在、身体障がいのある学生が1名入居している。



個室にはベッド、机、椅子、靴箱、洋服チェスト等備え付けの家具が配置されている。



ユニット(1ユニット最大10名)ごとに共有しているダイニングキッチン。