「そろそろライカ使ってみたら?」
そんな友人の問いかけに答え、2021年夏、当時の定価253万0000円(税込)のカメラ「Leica S3」を思い切って購入し、その後2年かけて使ってみました。
ライカといえばMシリーズをはじめ小型軽量でラグジュアリーなイメージですが、このカメラは全く別物。レンズとの組み合わせで2キロを超える金属の塊です。
渋い……!特別なデザインというわけではなく、オーソドックスな一眼レフスタイルなのですが、文句のつけようがないカッコ良さ。
本機は「フルサイズ」を超える大きなイメージセンサーを採用し、中判デジタルとよばれる、ライカの中でも特別な立ち位置のカメラです。せっかくなら他人と違うものを使ってみたい、僕の物欲を刺激するには十分でした。
”The One.” Leica S3 | |
画像記録 | 6,400万画素(9816x6512pixel)14bit RAW |
連写性能 | 秒間最大3枚(DNG記録時最大15枚まで) |
オートフォーカス | 中央一点(光学ファインダー使用時 / LVで多点コントラストAFに対応) |
手ぶれ補正/可動液晶 | なし |
動画記録 | センサー全域でのDCI 4K 4:2:2 8bit 24fps記録が可能 |
ライカ最高画素数!6400万画素が生み出す圧倒的な高画質は他に変えられません。手ぶれ補正のない本機で、この性能を「フル」に活かすには三脚か、手持ちで撮影する場合は少なくとも1/125のシャッタースピードが必要で、それ以下で撮影する場合は運頼みです。ただ、9816×6512ピクセルの画像をドットバイドットで表示できるモニターは民生ではほぼ存在しませんし、巨大に印刷するのでなければ、ある程度許容できると思います。
30x45mmの巨大な撮像素子が生み出すダイナミックレンジは圧倒的で、15stopという数字以上の実力を感じます。明暗の奥行きのあるリアリティのある仕上がりも、RAW現像による非現実的な仕上がりも自由自在です。
ただ、やや白飛びに弱く、暗部がねばるオーソドックスな性質なので、ややアンダーに露出を設定して撮影するのが良いでしょう。
古典的な「一眼レフカメラ」であり、中判ならではの光学ファインダーはうっとりするほど広く、鮮明です。
しかし、AF測位点はなんと真ん中の1点にしかなく、周辺にピントを合わせるには手動で補正する、コサイン誤差を抑えるなどの工夫が必要になります。ライブビューでの撮影ならコントラスト式により全域でのAFが可能ですが、速度が遅くてかつ不正確です。
タッチ機能なし、バリアングル/チルトなど可動機構もない、硬派な固定LCDモニターは、解像度も92万ドットなので、はっきり言って時代遅れです。他のモニターで見るより黒と白が強く出るスクリーン表示で、撮った写真があまり綺麗に見えないので、構図の確認程度にしか使えません。
動画性能に関しても現代のハイエンドカメラと比べると物足りないですが、30x45mmのセンサー全域をクロップなしで使える点だけはよいところ。
ただ、この鈍重なカメラで動画を撮ろうという人はまず居ないでしょう。このカメラの性能を真に活かすのであれば、三脚に据えて、秒間3枚まで可能な高速連写性能を活かし写真を連続撮影して、6400万画素を用いた9K動画にチャレンジしてみたいですよね、全然違う話になっちゃいますけど。
デザインは素晴らしく、まず、ボタンに一切刻印がありません。しかし臆せず触ってみればすぐにわかるシンプルな操作体系で、使い方に合わせたユーザーfn機能もあります。これはかなり好きです。肩液晶と背面ダイヤルによるP/A/T/Mのモード変更は独特ですが扱いやすいです。レンズを手動で回すと肩液晶に距離計が表示されてカッコいい。
グリップはこの「なめらかな」デザインの印象とは真逆で、恐ろしくしっかりしています。これほど指がかりのいいカメラは殆どありません。ただカッコいいだけでない、抜け目のないデザインは欠点もある本機を使い続けたいと思えるポイントの一つです。
このボディのデザインは2010年に発売した、初代Leica S2からの「初めから完成されていたデザイン」で、ほとんど変わっていません。
電池持ちは流石レフ機といった持ちの良さで、1日の撮影で交換が必要になることはまずありません。前モデルまでは電源OFF時に電池消費する問題があったそうですが、本機では改善しています。
レンズはSUMMARIT-S 35mm f/2.5 ASPH、SUMMARIT-S 70mm f/2.5 ASPH.の2本を購入。うっとりするような色彩、抜けが良く、現実と見まごうリアリティのあるコントラスト、キレのあるピント面といった高級レンズに求めるものが詰まった素晴らしい性能です。これらライカブランドのレンズ性能を100%使える事にこそ本機の真価があります。
少しケチをつけるなら、太陽光など強い光に晒すとまれに淡いベールがかかったようにフレアがでます。紫がかることもあり、こればかりは玉の瑕といえるものなのですが、レンズ構成に無理がないからか汚い印象は受けません。むしろ好き。それと所謂「寄れる」レンズがラインナップに少ないです。テーブルフォトを撮るために標準〜中望遠レンズを選び、席を立たなければなりません。
「当たり前」があてはまらない(無い)、尖ったカメラです。現代のハイエンドカメラにあるような撮影補助性能はほぼありませんし、素早くだとか、便利に扱えるカメラではありません。1つの場所で腰を据えて、じっくり1枚を作るためのカメラと言えるでしょう。環境や被写体を選ぶし、撮り手の実力を激しく問うカメラです。
高価なものしかない、中判高画素機の競合と比べても、この圧倒的な高価格に見合うものがスペックとか機能のどこにあるのかと問われれば、正直、答えるのが難しいと言わざるを得ません。
ただ、個人的な見解ですが、便利なカメラが撮影に求める全てを兼ねるわけではないと思います。軽く、高速なカメラを使えば、シャッターの間で被写体と向き合う時間は減りますし、テンポが増し、撮影は忙しないものとなるでしょう。
このカメラを手にすると、シャッター音と共に呼吸と心臓のBPMを落ち着け、1枚を選ぶような、落ち着いた撮影をすることになります。ウソみたいですが、この使い心地は本当に良いです。こういうところがライカっぽいと言われれば、良い意味でも、悪い意味でもそうかもしれません。
このカメラには、他にある沢山のものがありませんが、人によっては不便とか苦行ともいえる、唯一無二の撮影体験があります。写真撮影の難しさを思い出させてくれるカメラです。誰が使っても変わらない、便利なカメラに撮らされるのではなく、道具としてカメラと向き合い、撮影プロセスを自分で作る。真摯な写真好きのためのカメラです。
シャッターを押すと、素人が撮ったような写真か、圧巻の一枚が出てきます。
この場を借りて告知です。銀座駅・有楽町駅から徒歩5分「ライカプロフェッショナルストア東京」にて、10月28日(土)まで開催している写真展に作品を出展しております。私の作品は全て本機Leica S3で撮影しておりますので、本稿で興味を持っていただいた方は、ぜひお立ち寄りください。