「帰れる実家があることは、当たり前ではない」家族と過ごした正月後に観たい映画『ファーザー』【山谷花純の映画レビュー】
執筆者: 女優/山谷花純
2020年に公開された映画『ファーザー』。今作は、日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」をもとに作られた。誰もが一度は耳にしたことがある病、“認知症”が題材。認知症を具体的に説明できる人は、どれくらいいるのかな。アルツハイマー型認知症は、脳に異常なタンパク質が溜まり、徐々に神経細胞の数が減少していくもの。記憶を司(つかさど)る海馬に影響をもたらし、進行するにつれて日常生活に支障をもたらしていく。記憶について考えたことはあるだろうか?形はないけれど、誰もが平等に持つ力。長く歩んだ人生の終わりの先まで、手を繋ぎ続けてくれる存在。
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アメリカでは、認知症を患った方々のことをこう呼ぶ。「長いお別れ(ロンググッドバイ)」。少しずつ記憶を失い、ゆっくりと遠ざかっていくから。この戯曲の作者フロリアン・ゼレールが、自ら映画化へと歩を進め、彼の監督デビュー作となった。ゼレールは、主人公をアンソニー・ホプキンスに演じてほしいと熱望。役名を彼と同じアンソニーへ変え、人物像も当て書きし直したシナリオが名優の元まで届けられた。
ゼレールの熱意に胸打たれたホプキンスは、彼の冒険に手を差し伸べる。主人公の娘・アン役には、アカデミー受賞経歴のあるオリヴィア・コールマンが選出された。日々変わりゆく父を眺め、困惑と苦悩の狭間で、捨て切れない愛情ゆえの悲しみが観客の胸を打つ。役者の垣根を越えて演じられた『ファーザー』は、多くの人々に影響を与えた。その結果、アカデミー賞6部門にノミネートされ、『羊たちの沈黙』『日の名残り』以来、ホプキンスは3度目のアカデミー主演男優賞を受賞。映画の歴史に刻まれた、アンソニー・ホプキンスの最高傑作と呼ぶにふさわしい1作となった。
認知症を題材とした作品は、これまでたくさん世に生み落とされてきた。その多くは、寄り添う親族側の視点を中心としたもの。たとえば、愛を注いでくれた両親が老いに飲み込まれていく姿を眺める子供が、介護による疲弊で愛が憎しみへと移り行く葛藤を抱える、といった具合に。ただ、今作はその逆。認知症に蝕(むしば)まれる当事者の見る世界が、一つの映画となった。「いつか来るかもしれない自分の未来。認知症の症例を経験してもらうように観てもらいたい」。監督であるゼレール自身も、崩壊して行く世界の内側を知りたかったのかもしれない。何も前情報なく、初めてこの作品を観た時、新しいVR体験のような感覚に陥った。ドキュメンタリーともまた違う。4DX機能なしで、そう体感させられた。交差しまくる時間軸、噛み合わない会話、主人公以外重複する役たち。観客の理解を求めていない作り方に、思考回路が断裂させられる。言葉を選ばずに言うと、何を観せられている分からない。初めて観る映像作品の形だ。ただこの感想は、正解だったのだと後から気づく。何の先入観も持たずに鑑賞した時にしか得られない「一度目の映像体験」。これこそが、認知症を患った主人公アンソニーが生きている世界なのだ。たった数秒で変わりゆく景色に違和感を感じつつも、観て触れている本人にとっては現実的で。
この記事を書いた人
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)で女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞するなど、今後の活躍が期待される。
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