青天を衝け 第32話「栄一、銀行を作る」 ~井上馨、渋沢栄一の連袂辞職~ : 坂の上のサインボード
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青天を衝け 第32話「栄一、銀行を作る」 ~井上馨、渋沢栄一の連袂辞職~

 明治6年(1873年)5月、渋沢栄一は大蔵省を退官しました。実は栄一が辞表を提出したのはこれが初めてではなく、この2年前に大蔵卿の大久保利通と軍事費の捻出の件で衝突したときにも、辞意を表していました。しかし、そのときは大蔵大輔の井上馨に説得され、辞職を踏みとどまりました。井上はよくカンシャクを起こす人で、のちの世間からカミナリオヤジとあだ名された人でしたが、そのカミナリも栄一にだけは落ちなかったようで、栄一には「避雷針」というあだ名がついたそうです。それは、それだけ井上が栄一の能力を認めていたということもあったでしょうが、何より二人はたいへんウマが合っていたようです。


 その後も各省からの無理な予算要望はあとを絶たず、大蔵省はそれを拒絶するも、政府はその拒絶を承認せず、カンシャクを起こした井上は、病気と称して登庁しなくなりました。このときも、栄一は辞表を提出しています。すると、太政大臣の三条実美が再三栄一のもとを訪れ、井上の登庁と栄一の翻意を懇願したそうで、その結果、予算面で若干の弥縫策が施され、事態は一応小康を得ます。


青天を衝け 第32話「栄一、銀行を作る」 ~井上馨、渋沢栄一の連袂辞職~_e0158128_15363881.jpg しかし、翌年の明治6年(1873年)になると、また司法省文部省からの無理な増額要求が厳しくなります。特に司法卿の江藤新平と井上との軋轢は烈しいものでした。そこで大蔵省は増額拒絶の具申書を提出しますが、政府はこれを却下。やむなく井上は政府に出頭して詳しく拒絶の理由を説明しますが、各参議とも聞き入れてくれません。井上は最後の頼みの綱である大隈重信と懇談しますが、これも徒労に終わります。そして、とうとうカミナリオヤジが落雷53日、辞意を表明しました。このとき井上は栄一に「あとの始末はよろしく頼む」と依頼しますが、栄一にしてみれば、以前、自身が辞表を出したときには諭して無理に留任させておきながら、サッサと一人で辞めたうえに「あとを頼む」では合点がいきません。栄一は「あなたの意見が用いられない役所にわたしが留任しても意味がない」と言って辞意を表し、二人は連袂辞職をしました。


 辞職した二人は、連名で政府に当てた建白書を新聞に発表しました。その内容は、歳入歳出の数字を上げた上、国家の財政は入るを図って出るを制すべきだと論じた政府批判でした。これに司法卿の江藤新平が激怒国家機密を漏洩したとして、井上、渋沢両名に罰金を課しましたが、二人はまったく意に介するところはなかったようです。まあ、辞めた身ですからね。立つ鳥跡を濁しまくりですね。


青天を衝け 第32話「栄一、銀行を作る」 ~井上馨、渋沢栄一の連袂辞職~_e0158128_16431652.jpg 官界を去って民間に下った栄一は(民間に下ったという表現すら栄一は気に入らなかったでしょうが)、かねてからの抱負をいよいよ実現すべく仕事に取り掛かります。その手始めが「第一国立銀行」の創立でした。実はこの創立に関しては、大蔵省勤務時代から政府肝いりで栄一が計画していた事業で、国立銀行条例の実施も栄一が指揮したものでした。官費で計画して民に下って運営する。ある意味、栄一もしたたかですね。栄一が大蔵省を辞職した翌月の明治6年(1873年)611日、第一国立銀行は創立されました。資本金は300万円で、内200万円を発起人の三井組小野組が引受け、残りの100万円を公募しました。そして、三井、小野両組の均衡を保つため、政府の許可を得て2名ずつの頭取、副頭取、支配人を置き、その双方を統率する総監役という椅子を設け、栄一がそれに就任しました。事実上の「大頭取」でした。のちに実業界の巨人となる渋沢栄一の第一歩です。


 官界時代、井上、渋沢と対立した江藤新平が起こした「佐賀の乱」、右大臣・岩倉具視が不平士族たちによって襲撃された「喰違の変」が、あっという間に終わっちゃいましたね。まあ、栄一とは直接無関係な話なので、仕方がないでしょう。喰違の変については以前の拙稿<西郷どん第44話「士族たちの動乱」その1~喰違の変と愛国公党~>で、佐賀の乱については、<西郷どん第44話「士族たちの動乱」その2~佐賀の乱~>で詳しく解説していますので、よければ一読ください。


青天を衝け 第32話「栄一、銀行を作る」 ~井上馨、渋沢栄一の連袂辞職~_e0158128_15413972.jpgまた、ドラマの描き方だと、井上、渋沢が見識者で、大久保や江藤が悪者に思えてしまいますが、もちろんそれは片側からの見方です。栄一は後年、大久保のことを「財政の実務に詳しくないどころか、その根本原理さえわかっていない」とこき下ろしていますが、事実上国家の宰相だった大久保と、大蔵省の一行政官の栄一とでは、見えている景色が違っていたでしょう。大久保にしてみれば、国家の運営は商いとは違う、無い袖を振ってでも金を捻出しなければならないときがある、と言いたかったに違いありません。また、井上の辞職に関しては、ドラマでは描かれていませんでしたが、「尾去沢銅山汚職事件」が関係していたと言われています。詳しくは以前の拙稿<西郷どん第42話「両雄激突」その1~尾去沢銅山汚職事件~>で解説していますので、よければ一読ください。司法卿という立場で正義感に満ちた江藤にしてみれば、汚職に手を染めて私腹を肥やしている井上の言うことなど、胡散臭いとしか思っていなかったのでしょう。



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by sakanoueno-kumo | 2021-10-25 15:42 | 青天を衝け | Trackback | Comments(0)  

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