※多くのご指摘を受け、記事の内容はほとんど変えていないのですが、順番を入れ替え話がつながるように加筆修正をし、一部見出しを変更して再構成を行いました。なお、文末に変更への経緯等を記載しています(10月29日 10:40)
10月26日に、こんなツイートが投稿されました。
当店の麦味噌が『味噌』と名乗れなくなりそうです。
— 井伊商店 (@uwajima_iimiso) 2022年10月26日
当店は創業昭和33年、当時から製法は変えておりません。それが、今年の8月末に保健所などの方々が来られて指導文書が手交されました。
納得出来なかったので、要望書を愛媛県に提出しました。
もしよかったら、拡散していだけると幸いです。 pic.twitter.com/I5wgcaeQdO
愛媛県の井伊商店さんの麦味噌が「味噌」と名乗るなといきなり言われたというもの。いったいこれはどういう意味なのか、ちょっと解説をしようと思います。
食品表示基準と景品表示法(優良誤認)の問題だった
事態を受けて、J-CASTさんが直接関係各所に取材をしています。
というわけで、食品表示基準に沿っていない表記がしてあるため、景品表示法違反(有料誤認)に当たるという問題でした。
食品表示基準に関してはこういうもので
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=425AC0000000070_20220617_504AC0000000068
名称やアレルゲンや保存方法、消費期限、原材料、添加物、栄養成分、カロリー、原産地等を表示することで、消費者が安全に食品を食べられるようにするというものです。
この「名称」ですが、これがいわゆる総称と言いますか。
たとえばみんな大好き、鎌田醤油さんの「だし醤油」のパッケージをよく読むとこのように表記されています(机の上にあったのを急いで撮ったのであまりうまい写真じゃなくて申し訳ありません)
「名称:しょうゆ加工品」とありますね。
これは醤油を原材料にした加工品なので、商品名が「だし醤油」でも、厳密には醤油ではなくて醤油を原材料に含む加工品なんですよ、ということが表示されているわけです。
これがかっちり「醤油」だと、たとえばキッコーマンさんの「本醸造 特選丸大豆しょうゆ」だとこんな感じです。
「名称:こいくちしょうゆ(本醸造)」と書かれていますね。
というわけで、問題となった井伊商店さんの麦味噌を見てみましょう。
発酵デパートメントさんのページを見てみますと……
井伊商店の麦みそ 500ghakko-department.com
ちょっと、中の画像に直接リンクを貼る方法がわからなかったので、画像のスクリーンショットで失礼いたします。
「麦みそ(発酵調味料)」とありますね。
おそらく、ここに指導が入ったのではないかと思われます。パッケージに書かれている商品名は「味噌」であり、そのほかに書かれているコピーは「ふるさとの味、手造りの味噌」とあり、ここの部分に「麦みそ」表記はありませんでしたので。
さらにJ-CASTさんの記事を引用いたしますと
「味噌は、大豆を使わないと名乗れないと食品表示基準に決まっています。7月25日に行った食品収去検査で、味噌の表示事項を調べていて違反が分かりました。
表示事項を調べていて違反が分かりました。とあるので、商品名やコピーというよりも、この成分表記の部分が問題ではないかと思うのですね。
景品表示法について5業者を指導した愛媛県南予地方局の総務県民課は10月27日、取材に対し、「麦味噌風発酵調味料」と表示した業者について、パッケージの表には「味噌」と表示してあったので、景品表示法違反としたと説明した。
つまり、麦みそ(発酵風調味料)という記載だと、この商品は「麦みそ」ですよと言っているけれども、食品表示基準によると「麦みそ」の定義を満たしていないため、ここを間違え(食品表示基準違反)、それを表記していることで景品表示法違反となっているという流れではないでしょうか。
また、麦味噌風発酵調味料として提出したものの、実際の商品には「麦みそ(発酵風調味料)」と記載されていたという指摘でもあると思います。
J-CASTさんが消費者庁に取材をしたところ、商品名として味噌を名乗るのはOKのようです。
ただ、味噌の表示については、「色々な味噌が地方にあって全部網羅することは無理ですので、名称の規制はかかっていません。大豆を使っていなくても、味噌と名乗ることはできます」と答えた。
ちなみに、「パッケージの表には」と記事で書かれているので裏ラベルならいいのかとかそういうことを勘違いしがちですが、表示レイアウトは面積や文字の大きさについて規定されているものの、場所に関しては「消費者が手に取ったときに見やすい場所」という定義だけだったりします。
これの8ページあたりとかですね。
https://www.cao.go.jp/consumer/history/03/kabusoshiki/syokuhinhyouji/doc/k140320_shiryou2.pdf
外箱には記載せずに内箱に記載したりしてはダメですし、キャンディの包み紙のほうに折りたたまれる部分に記載されると読めないからダメですよ、というわけです。
この麦みその場合は、表に商品名があり、その右下にこの表記があるため、パッケージの表に「麦みそ」とあったので指摘をした、ということでしょう。
ここが「麦みそ風発酵調味料」だと、優良誤認ではないということで、今後はそのように変更されるのではないかと思われます。
「麦味噌」は味噌ではないの?
でも、今までは麦味噌として伝統的に造っていたのに、なんでこれが麦味噌ではないの? となります。実は、令和4年の3月に味噌のJAS規格が決まったんです。
そんな最近に決まったの? と思われるかもしれませんが、味噌って厳密な定義がありませんでした。いや、ありはしたんですけれども、もうちょっとかっちり決めようということで、令和四年の3月に定められました。
これがその味噌の規格ですね
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/kikaku_itiran2-432.pdf
その中で、味噌のことが厳密に定められたのですが、「麦みそ」のところに注目してみましょう。
麦みそ
みそのうち,大豆(脱脂加工大豆を除く。)を蒸煮したものに,麦こうじを加えたものに食塩を混合したもの
ポイントになるのは「大豆を蒸煮したものに」の部分です。「大豆」を使わなければならないとあるのですね。
ところが、井伊商店さんの麦味噌は大豆を用いずに、麦だけを使って造る味噌なのです。というわけでJAS規格では「味噌」ではないため、食品表示基準によると「麦味噌風発酵調味料」としなければならなくなった、というものなのです。
そもそも味噌ってどう分類されるの?
ちょっとここで、そもそも味噌とはどういうもので、どのようにして造られていて、分類されているのかを一旦整理しましょう。
日本における味噌は、ものすごく大まかにわけると、「米味噌」「麦味噌」「豆味噌」「調合味噌」に分けることができます。
- 米味噌……主に東日本、近畿地方で食べられている味噌。大豆に米麹を加えて発酵させます
- 麦味噌……主に中国四国地方、九州地方で食べられている味噌。大豆に麦麹を加えて発酵させます
- 豆味噌……主に東海地方で食べられている味噌。大豆のみで造られています
- 調味味噌……上記の味噌を混合して味を調えたものです
名前からすると米味噌は米からだけで造られていると思うかもしれませんが、これらの名称は「麹」の違いによるものなのです。ベースは大豆であることに変わりはありません。
ちなみに、近畿地方で食べられている白味噌も、ベースになっているのは米味噌です。ざっくりと話すと、大豆は発酵すると色が黒く、うま味が増します。米や麦は発酵すると大豆ほど色は黒くなりません。そして甘味が出て、うま味へと変わっていきます。
ということは、米味噌を発酵させるときに、発酵期間を短くしたりすると、色が白く(黒くなりきらず)甘味が多い味噌になります。これが白味噌なんですね。
そしてこの分類はかなり大雑把な分類でもあります。というのも、かつて味噌は家で造られることが多かったのです。「手前味噌」の語源の方ですね。今は「自慢」の意味で使われますが、もともと自家製の味噌を自慢しあったところからこの言葉がきているのです。
そこで嫁いだ先でも地元の味噌の味を守っていたり、その地方の味噌の味と組み合わせてみたりなどして、どんどん複雑な味噌が生まれました。その結果、味噌文化がものすごい多様性を持つようになったのですね。
なので、ここからさらに甘口系辛口系などの味わいによる分類、赤色系なのか淡色系なのか白味噌なのかの色による分類など、まだまだ味噌は細かく分類しようと思えばできていきます。文中に「ものすごく大雑把に」と多用されているのは、本当にそうとしか言いようがないぐらい本来は細かいからなのです。
ちなみに大豆を使わない麦味噌だとうま味は足りるの? と思うかもしれませんが、麦にも大豆には及ばないもののたんぱく質が含まれているので、発酵によって分解してアミノ酸(うま味)を生み出すことはできます。
なぜいま味噌のJAS規格が決まったの?
そんなわけで、味噌についてかっちり決めようとすると、これが味噌の多様性を失わせてしまうのではということで、割とゆるめにしか決まっていませんでした。
ところが、2020年3月に「食料・農業・農村基本計画」が閣議決定されまして、農林水産物や食品の輸出額を2030年までに5兆円にするという目標が掲げられたのです。
日本食ブームが継続しているし、割と達成できそう……? と思ったときに、難しい問題が発生しました。
それが、海外では中国や韓国の味噌、つまり日本のものとは異なる製法で造られた味噌が、同じ棚に並べられ、なおかつ全部「MISO」と表記されていたりするのですね。中国の甜麺醤のラベルに「みそ」と記載されていたり、韓国のテンジャン(いわゆる韓国味噌のこと)にローマ字で「MISO」と表記されていたりと、割とこういう例がたくさんあります。
つまり、同じような「SOYBEAN PASTE」だったら全部「MISO」なんじゃないの、という海外の方も少なくないわけです。
そうなると、せっかく日本の味噌を売り込もうとしても、海外の方が他の国の味噌と区別がつかなかったり、別なものを味噌と誤解、たとえば唐辛子入りの豆板醤を味噌と勘違いして買って食べたら辛かったので(辛いものが苦手なため)金輪際味噌は買わない! みたいな人が出ると困るわけです。
そこで、きちんと「日本の味噌」を定義して、ブランド力を高めようというのが今回のJAS規格の目的だったのですね。
この辺りのお話は日本農林規格会議議事録などでも読むことができます。
どういうものが「日本らしい」JAS規格になるの?
ではどういうものが日本らしいのか。本来は成分などで、○○な成分が△△以上、みたいにするのがわかりやすいです。測ればいいわけですし、それによって味わいや品質が保証されることにもなります。
でも、日本の多様な味噌は、なかなかそうやって数字でくくることができませんでした。
そこで考えられたのが、傑作漫画『もやしもん』でもおなじみのアスペルギウス・オリゼーを使うことなのです。
このオリゼーは、本来は毒を持っているんですが、大昔から日本の職人たちがおいしく無毒で発酵力が強いものを選別し続けて育てていった結果、味噌や醤油の発酵に欠かせない菌となりました。いわば、日本独自の、世界最古とも言われるバイオテクノロジーによって生み出された菌なわけです。これを使っているものこそ「日本味噌」と呼ぶのにふさわしいですよね。そして、現在の味噌会社(もちろん醤油会社も)はみんなオリゼーを使っているのです。これならほぼすべての会社がそのまま「味噌」を造り続けられます!
あとはそのオリゼーを使って麹を造り、大豆を発酵させたものを「味噌」とJAS規格で定めましょう……としました。というのも、海外だと「ひよこ豆」の味噌などが造られて、売られたりもしているからです。そういったものと区別をしようとしたのですね。
ところがこの「大豆を使う」という条件に当てはまらない井伊商店さんの麦味噌が出てきた、というわけなのです。
醤油業界でも似たような話がある
ちなみに、醤油業界でも似たような話はあります。
JAS規格では「濃口醤油」「淡口醤油」「たまり醤油」「さいしこみ醤油」「白醤油」が定められています。
醤油は豆から造られると思っている方も多いのですが、実は小麦も一緒にかなり使います。大豆と小麦の割合の違いが、前述の醤油の種類を分ける要因のひとつにもなっているのです。
- 濃口醤油……大豆5:小麦5。ほぼ同量
- 淡口醤油……大豆5:小麦5。こちらもほぼ同量
- たまり醤油……大豆9:小麦1。もしくは大豆10:小麦0のものも(グルテンフリーな醤油としても需要が増えています)
- さいしこみ醤油……大豆5:小麦5
- 白醤油……大豆1:小麦9
味噌のところで大豆は発酵すると黒くなり、うま味が増えると言いました。濃口醤油はうま味(大豆)と小麦(甘味)のバランスが良いのですね。
たまり醤油は大豆をかなり多くします。そのため、黒色が濃く、うま味のとても強い醤油に仕上がります。ものによっては小麦を全く使わないグルテンフリーをうたっているものもあります。
そして、白醤油。透き通った琥珀色の美しい醤油なのですが、大豆をほとんど使いません。そのため、色が黒くないのですね。
そして、ここで考えて欲しいのが、たまり醤油で大豆10小麦0があったのなら、白醤油も大豆0小麦10のバージョンがあってもいいのではないのだろうかということです。
実際、昔はそういう「白醤油」もありました。でも、現在はJAS規格で「大豆を使う」と定義されているため、大豆が0だと「白醤油」とは名乗れなくなっているのです。
というわけで、白醤油で有名な日東醸造さんでは大豆0の究極の白醤油を造った際に、「白醤油」と名乗れなかったため「しろたまり」と名付けて販売しています。完全に白醤油の製法な上に、大昔にはそういう醤油もあったのですが、現在は醤油と名乗れないのでこういう名称になったのです。
まあ、こちらは造りが一度途絶えている間にJAS規格が決まり、その後で造ったら名乗れなかったというケースなので今回のケースとはちょっと違うかもしれません。ですが、本当に名乗れないんだということのイメージにはつながったのではないでしょうか。
多様性がありすぎる味噌は難しい
というわけで、どうしてこういうことになったのか、そして名乗れなくなるとどうなっているのかを醤油を例に含めて説明してきました。
規格を制定する側も、この条件なら現状の味噌醸造所のほとんどが当てはまるのでは、ということで制定しているので、特定の味噌を閉め出そうという意図があるとは思えません。
ただ一方で、醤油の例も考えると、そしてまた海外の味噌と日本の味噌を区別するための規格であるということを考えると、スッキリとする解決は難しいかもしれないとも思います。
伝統的な発酵食品は多様性に富んでいるため、すべてを枠にはめるのは本当に難しいことだと思います。でも、日本独自の技術や品質をアピールするためには枠が必要になるというのもわかるので、この辺は例外措置とかを設けていくしかないのかなあとも思います。
※ここからは今回の編集経緯です(10月29日 10:40)
最初にこのニュースといいますか、Twitterのツイートを教わったときに真っ先に思い浮かんだのが今年に決まった味噌のJAS規格の話でした。ここが違うのではないか、と。そこで勘違いしたまま10月27日の夜中にJAS規格関連のことを書きあげ、眠ります。
起きてみると、それは違うのでは、という指摘をTwitterでもブコメでもいただいていました。
こちらの記事だと「景品表示法違反(優良誤認)に基づくもの」でJASの規定と関係ないと書かれてます。なんか、超ややこしくなりそうですね> https://t.co/WvzESUFFyM
— jmz (@jmz) 2022年10月28日
『味噌は、大豆を使わないと名乗れないと食品表示基準に決まっています。(中略)JASの規定とは関係ありません』https://www.j-cast.com/2022/10/27449040.html?p=all ( id:richest21 )
(ブコメでは他の多くの方からもご指摘いただいています)
完全に勘違いであり、他の媒体が取材していたことにも気づかなかったので、ご指摘していただいた皆さまには感謝しております。
そこで、そっちの問題だったのかと思って追記部分を書いたのが、10月28日の10時台のことです。先に読んでくださった皆さまには申し訳ありません。
その後はちょっとあまりパソコンの前にいられなくて気づくのが遅れたのですが、夜になって見てみると順番がわかりにくい、勘違いしたままの部分を先頭にあるままは良くないのでは等のご指摘をいただき、加筆修正・再編集をいたしました。