青春と敗者のためのアンセム、そして少女は飛翔する ―― 『響け!ユーフォニアム』 番外編を観て - Paradism

青春と敗者のためのアンセム、そして少女は飛翔する ―― 『響け!ユーフォニアム』 番外編を観て

被写界深度を浅めに据え、まるで一人ひとりの物語を切り取るかのよう誰に向けても優しい視線を傾けてきた作品 『響け!ユーフォニアム』。まだ成長途上であった少年少女の表情をしっかりと収め、そのまなざしの先に”夢“を託す本作の姿勢は終始一貫して、この物語の最大の魅力として描き続けられていたように思います。


諦めないで邁進すること。力を合わせ大きな目標に立ち向かっていくこと。言葉にすれば少し安っぽく聞こえてしまいそうなそんなフレーズを、京都アニメーションの映像美と感情的なフィルムで劇的に描いていく本作のスタンス。少年少女の一時代を切り取り、それを“青春”と呼ぶことになんの躊躇いも厭わないその真っ直ぐさには、まるで“これが自身の過ごした青春時代である”と錯覚する程の熱量が込められていたようにも感じられ、その場面ごとに描かれる登場人物たちの“向き合い方”を前にしては強く心を打たれることも少なくはありませんでした。


そして何を隠そう、本作が真に優れていたのは“向き合うこと”を余儀なくされた少年少女たちの心模様を決してポジティブな観点からだけではなく、ネガティブな観点からも繊細に描き出してくれたからに他ならないのだと思います。勝者が居れば敗者が居る。そうした物語の力学上に厳然と横たわるリアリティを受け止めた上で尚、手が届かないと思われる目標にも“夢”を託していくということ。叶わない夢もある。儚く散る想いもある。けれどそこには燦然と輝く誰かのための夢が確かに存在したのだと語る作品のプロセス。それが本当に美しいんです。

特に葉月の場合は何か明確な夢を持って吹奏楽部に入部したわけではありませんでした。なんとなく入部して、なんとなくチューバを手に取って。時には「なんで私こんなことやってるんだろう」なんてアンニュイな気持ちになることもあったはずです。けれど彼女は恋をして変わりました。青春の代名詞とも呼べる感情の芽生え。火照るような未来への衝動。久美子や麗奈が音楽へ情熱を傾ける様に、それは彼女にとって紛うことなき “夢” と呼べる感情に他ならなかったのだと思います。だからこそ、そう簡単に割り切れる筈がないし、諦め切れるわけだってなかったのでしょう。それはどんな手段を遣ってでも自分の夢を叶えようと奔走した優子のように。「悔しい」と涙を流しながら夜道を駆け抜けた久美子のように。


全ては違うようでちゃんと繋がっていて、ようはみんな同じなんです。夢のベクトルが違うだけで、そこに向け込められた熱量は誰においても差なんてない。この物語が「登場する全ての人物を主役」と謳うのも同じことで、順風満帆な青春だけが特別なわけでは決してない。何かに対し一生懸命になること。何かに向け目一杯の想いを費やすこと。挫折したっていい。失敗したっていい。そうした経験の数だけきっと“あなた”たちは強くなれる。この番外編にはそんな願いのようなものが込められていたように思えてならないのです。

だからこそ、この物語は往々にして敗者に向け贈られる讃美歌にも成り得ることが出来たのだろうと思います。何かを成し遂げることを“青春”と呼ぶのではなく、何かを成し遂げようと懸命に駆け抜けたその横顔に“青春”の二文字は映し出されるのだと。勝つことだけが全てじゃない。成功することだけが正解じゃない。


それこそ、大きな意味では決して主人公になれなかった彼女たちがこんなにも輝いて見えるのはだからこそなのでしょう。二人が抱き合ったのだって決して慰め合いなんかじゃない。その小さな体で“夢”に手を伸ばし続けた一人の少女に対する、あれは労いに他ならないのです。そして、それはこの挿話そのものが彼女たちモナカに向け贈られた救済のためのボーナストラックであったように。この作品には“夢”のため全力で駆ける少年少女たちの背をしっかりと支えるための熱がたくさん込められているはずなんです。

新たな“夢”を見つけ駆け出した葉月の表情をあんなにもハツラツと捉えることが出来たのも、そんな彼女に寄せられた期待をその背中に映し出すことが出来たのも、ようはそうした本作の方向性の賜物に他ならないのでしょう。彼女たちが前に進むことを諦めないのなら、その姿をどこまでも美しく捉えることも厭わないとする、そんな物語と映像の関係性。


夢を叶えた者たちへはファンファーレを。夢なかばで敗れた者たちへはアンセムを。そして、さらなる飛翔のため全力で邁進する若者に向け奏でられたアンサンブル。それが『響け!ユーフォニアム』という作品の本質であり、この作品が一番伝えようとした「青春を謳歌することの尊さ」に他ならないのだと思います。


全力疾走する葉月に追い縋るようフォローし続けたカメラワークからは、それこそ青春の輝きを一瞬たりとも逃さないとする作品の意地を垣間見たようで観ていて熱く込み上げてくるものがありましたし、何より彼女の口から「また選び直せたとしても、私はまた吹奏楽部に入りたい」という言葉を聞けたことは感慨深く、本当に嬉しかったです。新たな一歩に反射する少女の成長の記録、『響け』と託された願いの片鱗は、この遠く離れた番外編の地でもしっかりと響き渡り、彼女たちの懸命な姿をしっかりと映し込んでくれました。出会いだけが人生じゃない。成し遂げることだけが青春じゃない。それでも、もしその全てを糧として前を見据えることが出来るなら。そんな言葉をもって、この記事を締め括らせて頂こうかなと思います。本当に素晴らしい番外編でした。



追伸。「格好良い」 からと入部した吹奏楽。恋をして変わったあなたは本当に格好良くなったと思います。