同僚に強くおすすめされて、当初はさほど興味が無かったしページ数も多いので読める気がしなかったけど、とりあえず読み始めてみると思ったよりも面白くてまあまあいいペースで読み終えることができた。
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」(management theories)が発展してきた。その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。世界の経営学者の英知の結集である。しかし、その知の大部分は学者だけの財産として眠っており、体系化も十分にされず、当然ビジネスパーソンにも知られてこなかった。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
何がそんなに自分にとって面白かったのかというと、2019年に読んで一番良かった本であるところのエンジニアリング組織論への招待と内容が補完的だったところだと思う。
関係としては、エンジニアリング組織論への招待がソフトウェア開発という領域について描かれたローカルな地図だとしたら、世界標準の経営理論はビジネス全体について描かれたグローバルな地図、という印象。 そして一見関係なさそうなこの2つの地図はよく見ると「不確実性」というキーワードで地続きにつながっている、という具合。
また、ビジネス全体について述べられているという汎用性から身近な物事の理解が進むのも面白かった。例えば、賃貸不動産業界はなぜあんなにも顧客軽視的なのかとか、そういったことの構造が見えてくる(ような気にさせてくれる)。
という自分のスタンスを踏まえて、個人的に気になった箇所を今後の索引となるように記録しておく。
経営学とは
- 現代の経営学は「そもそも人・組織はどうものを考え、どう行動するのか」の根本原理を、経済学、心理学、社会学という他の3つの学問分野から応用して使っている
- 経営理論とは、人の考えを探求する分野
- 一方で、人の考えほどいい加減なものはない。そのため、世界標準の経営学では「そもそも人はこのように考えるものだ」ということにはっきりとした基盤を持った、他分野の考え方を応用している
- ビジネスパーソンは経営理論を決して信じてはいけない。理論はあくまで「思考の軸」にすぎない
経済学
- SCP理論
- 完全競争と完全独占という2つの『市場の極』をベンチマークとして考える
- 一般に完全競争は非常に儲かりにくく、独占は儲かりやすい
- 企業は様々な手段で周囲の競争環境を完全競争から引き離し、独占に近づけていくべき
- RBV理論
- 企業のガラパゴス化を見抜く「競争の3類型」 | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- 多くのIT業界の企業はシュンペーター型の競争環境にあり、常に不確実な事業環境に素早く柔軟に対応する戦略がマッチする
- ので、不確実性をいかにして削減するのかといった方法論が重要になってくる、という理解(→エンジニアリング組織論への招待)
- とはいえ、IT業界の企業と一口に言っても曝されている不確実性の高さに高低はあるだろう。また、ある程度大きな企業になってくるとIO型の事業で得た資金をシュンペーター型の事業に投資して成長していくというような話も出てくるけど、同じ社内であっても当然直面している事業によって不確実性のの高低差があるということも分かる。なので、自身のポジションによって、取るべき方法論もウォーターフォール的なものからアジャイル的なものの間でのグラデーションの中で変わってくるはず
- ビジネスで考えるべき「アドバース・セレクション」とは何か | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- スクリーニング: 顧客が勝手にみずからの私的情報に基づいた行動を取ってアドバース・セレクションが解消されるメカニズムのこと
- エージェンシー理論
- 取引費用理論(取引コスト理論)
- 自社で内製化すべきか、外部発注するかを判断する方法 | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- 企業は「不測の事態」にどう対処すべきか(1) | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- 限定された合理性: 人の将来を見通す認知力には限界があり、人はその限られた将来予見力の範囲内で合理的に意思決定を行うこと
- ここでは企業対企業の目線で語られているが、我々ウェブエンジニアとして馴染みが深いのはコンウェイの法則や逆コンウェイ戦略といったものだと思われる。自分の理解では、これらも取引コスト理論で説明がつく、はず。また、アジャイルの文脈でよく言われるさまざまな技術スキルを訓練し、成長させているジェネラリストは、スペシャリストと比べて桁違いに仕事ができる。そして、キューと滞留時間がなくなるため、作業フロー全体が改善されるといった話も、取引コストを削減することの重要性を示していると理解している
- ナッシュ均衡
- 経済学のゲーム理論では、人の信頼は「無限繰り返しゲームをする人々が、自身と相手の損得を考えた上での合理的な判断の帰結そてい起きている」ととらえる
- リアルオプション理論
- 不確実性の種類
- 外生的な不確実性: 企業がみずからの努力では低下させることができないタイプの不確実性
- 内生的な不確実性: 企業がみずからの努力で低下させることができるタイプの不確実性
- 不確実性の4つのレベル
- 確実に見通せる未来
- 他の可能性もある未来
- 可能性の範囲が見えている
- まったく読めない未来
マクロ心理学
マクロ心理学というのは著者の造語とのこと。
- マーチ=サイモンの組織意思決定の循環プロセス
- 組織学習の循環プロセス
- 知の探索・知の深化の理論
- 「降りる駅をひとつ変える」ことがイノベーションにつながる理由 | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- 「深堀り」ばかりしていると自己破壊しかねない理由 | 世界標準の経営理論 | ダイヤモンド・オンライン
- 企業・組織はどうしても知の探索が怠りがちになり、知の深化に傾斜する傾向がある
- シェアード・メンタル・モデル
- トランザクティブ・メモリー・システム
- TMSを高める上でフェイス・トゥ・フェイスの交流が大事らしい。となると現在のコロナ下におけるリモートワークが主流となる情勢においてはTMSが高まりにくい状況と言えるのかも知れない(どこかでビデオ会議では十分な効果は得られないという話題を見かけた気もするが、見つけられず)
- スキルマップを作成するといったアクティビティはTMSを高める効果が期待できるかも知れない
- 組織の知識想像理論(SECIモデル)
- ちなみに、ここで出てくる野中郁次郎教授の論文が元になってスクラムは生まれたらしい。そういう意味では、もう少し掘り下げて勉強しても良い理論なのかも知れない
- イノベーションは研究開発との相関は必ずしもない。相関するのはプロセスのクオリティなのだ。いかによい組織を生み出し、リーダーが時々刻々の中で最善の判断をするかがクオリティであって、こんにちのアジャイルスクラムはこの点と深く関わってくる。
- ちなみに「失敗の本質」はKindle Fireで読み上げを何周かしたけど、その後実際に読んでいない。最近は以前よりは速読できるようになってきたので、サッと読んでも良いかも
- ちなみに、ここで出てくる野中郁次郎教授の論文が元になってスクラムは生まれたらしい。そういう意味では、もう少し掘り下げて勉強しても良い理論なのかも知れない
- ダイナミック・ケイパビリティ
- Amazonでは2-pizza ruleに基づいて他組織と被った事業を行っていることも少なくないが、そういったカニバリゼーションはまったく問題視されず、むしろ推奨される社風であるらしい
- だからAWSにあんな大量のサービスがあるのかな??
- Amazonでは2-pizza ruleに基づいて他組織と被った事業を行っていることも少なくないが、そういったカニバリゼーションはまったく問題視されず、むしろ推奨される社風であるらしい
ミクロ心理学
ミクロ心理学というのは著者の造語とのこと。
- リーダーシップ: グループ内のある人が他メンバーのモチベーション・能力を修正するとき、それをリーダーシップという
- リーダーシップの5大理論
- 職務特性モデル
- ゴール設定理論(目標設定理論)
- 目標は具体的であるほど、何をすればよいかが明確になり、行動へのモチベーションにつながりやすくなる
- 自己効力感: 「自分がある状況において、必要な行動をうまく遂行できるか」に対する認知
- プロソーシャルモチベーション(PSM)
- モチベーション×リーダーシップ
- 認知バイアスの理論と意思決定バイアスの理論
- 2種類のダイバーシティ
- タスク型の多様性は組織にプラスの影響を及ぼす
- デモグラフィー型の多様性は組織にプラスの影響を及ぼさない。それどころか、場合によってはマイナスの影響を及ぼすこともある
- 個人の内面からバイアスを克服する手段としてマインドフルネスが注目されている
- マインドフルネスは、「幅広い対象のその瞬間の状態に意識を傾ける」こと
- 心を穏やかにするといったマインドフルネスだけでなく、不確実性の高い状況下で、認知バイアスなく周囲の環境をとらえ、小さな失敗にも意識を払い、それを乗り越えていくといったマインドフルネスもある
- マインドフルネスとは結局、自分の注意をどこに向けるか、というものなんです。たまには木を見てたまには森を見る。両方ができる柔軟性が求められます。同様に禅も柔軟性を強調します。ぼくは最近「バイアス」という言葉を使っています。柔軟性とは、自分のバイアスをどれだけ外せるかということなんです。
- マインドフルネスは、「幅広い対象のその瞬間の状態に意識を傾ける」こと
- 認知を動かし、感情を動かす
- 客にクレームをつけられたCA。「その乗客が初めて飛行機に乗る人」であったことに気づき、それをわざと意識した
- センスメイキング理論
社会学
- 古典派の経済学では「市場メカニズムを媒介として、無数の企業と無数の消費者が瞬時にモノやカネを取引し、市場が均衡する」と考える。しかしこれは株式市場のような特殊な金融市場で可能かもしれないが、多くのビジネスの現実とはかけ離れた描写ともいえる
- 弱いつながりの強さ
- T型人材: 一つの専門性の軸を深く縦方向に持って、後は多用な知見を持つ
- H型人材: 異なるプレイヤーをつなぎ、自身のメリットだけではなくネットワーク全体のpublic benefitを追求する役割。いま日本で大きな活躍をし始めてる方にはT字型以上にH型が多い、というのが筆者の実感とのこと
- フリーライダー: 特定の者がコストを負担しなかったり、ソーシャルキャピタルを通じて蓄積された情報・知見・コンテンツを悪用したり、転用したり、独占することがある。フリーライダーが横行すれば、ソーシャルキャピタルは維持されない
- 制度理論から見れば、ビジネスの本質は
- 常識に従う
- 常識をうまく活用する
- 常識を破棄し、塗り替える
- 資源依存理論
- 組織エコロジー理論
- レッドクイーン理論
- 互いの過度なベンチマークによる『知の深化型の共進化』のスパイラルを引き起こし、当該領域では進化しても、他領域での競争や大きな環境変化にはむしろ対応できなくなる可能性
- イノベーターたちによると真の競争相手とは: 自身のビジョン
冒頭にも書いた通り当初はあまり読む気が無かったんだけど、読んでみて良かった。2020年もあと3ヶ月くらいあるけど、2020年に読んで一番良かった本になりそうな気がしている(Design It!も良かったので悩ましいけど)。
ただ皆さん、この本を全部読もうとは思わなくて結構です。それぞれの章で完結しているため、どこから読んでも構いません。とてもお忙しいと思いますから、気が向いたときに、気になったところから読み進めていただいて構いませんとのことなので、お値段もKindle版なら2600円ほどとかなりリーズナブルだし、とりあえず買っておいて気が向いたときに気になった章を読んでみるとかでも良いのではないか(僕も7月末に買っておいて、それから思い立って一通り読んだという感じでした)。
繰り返しになるけど、エンジニアリング組織論への招待が良かった人にはぜひおすすめです。 強くおすすめしてくれた同僚にも感謝。