大型トラックに搭載されている衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)は、運転手が居眠り運転をしているときは効果が限定的であることを、広島大学と福山通運の研究グループが明らかにした。車載のカメラの動画(ドライブレコーダー)を解析し、トラックの走行の様子と運転手の挙動を調べた。自動運転など自動車の技術開発は日進月歩だが、最終的な安全の担保はまだ人間の力に依るところが大きいことを示した形だ。
広島大学医学部の塩見利明客員教授(睡眠医学)と同大病院の熊谷元診療准教授(同)は福山通運と共に、労働時間と物流量に関する「物流の2024年問題」や労務健康管理のバランスを考え、被害が深刻になりやすい大型トラックによる交通事故を減らそうと共同研究を続けてきた。先行研究で、いわゆる「居眠り運転事故」はマイクロスリープ(瞬眠)と呼ばれる15秒未満の短い睡眠によって引き起こされていることを確認している。
今回の研究では、2016年度から23年度にかけて発生した、車両総重量11トン以上の大型トラックによる衝突事故1699件の車載カメラの画像を解析した。そのうち、事故による損害額が確定している563件について詳しく調べることとし、AEBSの効果のほどや、AEBSの有無が被害金額を増減させるかどうかも調べた。563件のうち、居眠り運転は123件、そうでないものが440件だった。
その結果、AEBS搭載トラックと非搭載トラックでは居眠り運転をしない場合に限っては搭載トラックの方が事故率は減少したが、居眠り運転では有意差がなかった。居眠り運転でないときは、プロの運転手なので瞬時に回避行動が取れた様子が見て取れたという。
さらに、AEBS搭載トラックと非搭載トラックでの事故損害金額を比べたところ、居眠りをしているかどうかに関わらず有意差はなかった。トラックのAEBSは現在、第3世代が市場に投入されている。世代が新しくなるにつれてAEBSの性能要件は向上しているが、事故損害金額は世代が新しくなっても、居眠り運転の有無に関わらず、有意な減少は認められなかった。
現在の新車の大型トラックにはAEBSの搭載が義務化されており、今後数年のうちに全ての自動車に搭載される見通し。塩見教授によると、普通乗用車ではAEBSは一定の効果があり、交通事故数の減少に寄与しているという。しかし、AEBSの機能を高めすぎると、通常走行中のやむを得ない車体同士の接近時にも急停止することになり、かえって事故を起こすというジレンマがある。
「物流の2024年問題」に対応するため、2024年4月からは大型トラックの最高制限速度が時速80キロから90キロに引き上げられた。熊谷准教授は「速度制限の引き上げは事故が増えるのではないか。大型トラックは重量があるうえ、重心が高い位置にあるのでなかなか止まれない。安全や人命のことを考えると、速度を上げるのは無茶だなと思う」といぶかしむ。
事故動画を見た塩見教授は自動車メーカーに対し、なぜAEBSの効果が常にあるわけではないのか尋ねたところ、「周囲の明暗状況やオフセット(自車両と相手車両の位置のずれ)が生じているため」との回答だったという。塩見教授は「トラックはもっと『止まれる』ほうが安全。それを分かってもらうには数字を出さないといけないと思って研究してきた。AEBSによって時速80キロが60キロになったとしても、20トンのものがドンとぶつかれば危険」と指摘する。その上で、マイクロスリープの研究結果と併せて考えた場合、「AEBSだけでなく、マイクロスリープを早期検知して運転に介入する装置などもあったほうがより安全な運転につながるのではないか」と述べた。
一連の研究は福山通運による2023年度までの3年間にわたる寄附講座で行った。論文の共著者でもある福山通運の川口健吾安全管理課長は寄附講座について、「トラックドライバーへの睡眠衛生指導を拡充し、今後も不足が見込まれるドライバーの健康管理と人員の定着につなげたい」としている。
川口課長によると、交通事故の動画は警察や保険会社、運送会社などが持っており、外部に出ることがなかった。だが、今回の産学連携で、ドライブシミュレーターなど、いわゆるテスト環境下ではないリアルな結果を得ることができたことは大きな成果としている。これらの研究結果から、「AEBSをはじめ運転支援装置はあくまで補助装置であり、危険な居眠り事故防止には各自が睡眠の質や量の向上に取り組むしかない。各企業がそういった認識で、ドライバーを啓発しサポートすることが大切」と振り返った。
今回の成果に関する論文は8月22日に米国の学術誌「スリープ」に掲載され、広島大学が9月18日に発表した。
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