あらゆる立場の人が体験や対話を通じ、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のイベント「サイエンスアゴラ2023」(アゴラ)が19日、全日程を終え閉幕した。昨年に続き、地理的な制約を超え議論できるオンライン開催と、顔を合わせ語り合い、自然や科学技術に触れる体験ができる実地開催を合わせ、約150の企画で構成。にぎわいを通じて知的好奇心の“お腹”を満たし、人類や社会の未来を見つめるひとときとなった。
好奇心が沸く「学問診断」「キュレーション」
科学技術振興機構(JST)が主催し、今年で18回目。例年、実地で開催していたが、2020年と21年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受けオンライン形式とした。昨年は一部の実地開催を復活。今年も10月26~28日、11月17日(前夜祭)のオンラインに続き、同18、19日に東京都江東区青海(あおみ)のテレコムセンタービルで実地開催した。
実地開催では例年、楽しみの工夫が凝らされる。今年の来場者は、受付で会場案内の冊子を受け取ってすぐに、趣向を感じ取れただろう。冊子の冒頭、開催プログラム紹介の前に「君にぴったりの学問を見つけよう!」との呼びかけがあり、紙上の質問に答えて会場のスタンプを押すと、各人にぴったりの「学問診断」の答えが分かる仕掛けだ。京都大学が1757人もの研究者の考え方の傾向を分析し、作成した診断によるものという。
今年は「キュレーション」も際立った。情報を集め、テーマに沿って編集しながら意味や価値を見いだす作業、といった意味だ。アゴラでは有識者10人からなる推進委員会が、多彩な企画を参加者の興味関心に応じて価値づけ、分類するキュレーションを進め、ブースの配置などに生かした。自然、社会、スポーツや芸術、レジャーやエンターテインメント、社会課題の5つのトピックを手がかりにしており、来場者は知的好奇心を大いにかきたてられたのではないか。キュレーションは書籍「世界が広がる学問図鑑」=宮野公樹京都大学准教授監修、Gakken(学研)発行=が基礎となった。このほか会場で、おみくじを引いて学問に出合う「学問みくじ」も、子供を中心に反響がよかったようだ。
「周囲を気にし過ぎず、やりたいことに向かおう」
オンラインや実地のステージでは、地球環境や資源、健康などの課題解決を探る議論や、科学研究のあり方、挑戦的な研究開発を支援する政府の大型プログラム「ムーンショット」目標など、多岐にわたるテーマで、発表や議論が活発に繰り広げられた。分野は自然科学のみならず人文・社会科学にもまたがった。
登壇者からは、研究などの活動を人と協調して進める際の心得として「周りにいる仲の良い、『あなたの言う通り』と言ってくれる人に声を掛けがちだが、後々、何でも投げてきたり責任感がなかったりすることがある」「徹底的に議論でき、自分の利益を最大限に守ろうとする人は、組んだ時にはパートナーの利益を守ろうとする」「互いに異なる意見もぶつけ合いながら、本質を見いだしていくことが大切だ」といった声が上がった。
研究の魅力や必要性を伝える上での苦労話も。「経営者、会社員、研究者…相手によって説明の仕方を変えることが大切だ。ただ、研究者同士なら伝わると思って互いにバーッと話したのに、後で、全然分かり合えていなかったことが露呈することがある。相手がどこまで知っているか、気をつけないといけない」「説明の仕方以前の問題もある。前提となる工程が簡単にできると相手に思われていると、話がすれ違う」「基礎科学は美意識やワクワク感で取り組んでいるのに、ひとしきり説明した後に『それ、なんの役に立つの』と質問されてしまう。一般の人に伝える難しさを感じる」
学生や研究者の卵に向け「周囲にどう思われるかを気にし過ぎず、自分がやりたいことに向かってほしい」とのメッセージも聞かれた。一連の言葉は研究者に限らず、多くの参加者の心に、何らかの形で響いたのではないか。
月面車、ゲノム編集魚、生き物探し…ユニーク体験
会場のブースでは今年も、研究機関や学校、企業などの出展者により、実験や観察、社会課題に対する意見交換、仮想現実(VR)、超小型月面車の操縦といった、ユニークな体験企画やワークショップが実現した。ゲノム編集魚を試食したJSTサイエンスポータルの編集部員は「真鯛なのにもっちりと軟らかく、鶏の胸肉に似た食感だった」と感想を語っていた。
会場のビルを飛び出すアウトドア企画も、人気を集めた。埋め立て地である会場周辺で、都会の生き物探しに挑戦するガイドツアーを、ビンゴゲームをやりながら進めるもの。ガイドは、都会での生き物観察の注意点や、感染症予防のために触ってはいけないものの知識も伝授した。妹と参加したという東京都大田区の小学4年生の男児は「両生類や爬虫(はちゅう)類が好きなので、いろいろな生き物が見られて楽しかった。家の近所でも探してみたい」と満足げだった。
会期中、アゴラの意義や、参加のコツに関する声も研究者などから聞かれた。「理科が好きだから理系というだけでなく、そこにいろいろな分野、学問が関わっていることを感じられるアゴラになった。思考をほぐしながら、興味や関心を見いだしてほしい」「恥ずかしがらずに、さまざまなブースへと一歩踏み込んで、話を聞いてみて」「体験して『面白かった』で終わらず、その背景に着目したい。子供に、親が問いかけることも大事だ」「各ブースが工夫を凝らしていても正直、つまらないと感じる所もある。ならば、なぜつまらないのか、逆にどうだったら面白かったのか。このように、伝え方の工夫を考える視点もある」
人文・社会科学との連携、さらに期待する声も
会場で思いを自由に書き留める「ご意見募集ボード」には、思い思いのコメントが寄せられた。「(アゴラは)出展者がどうコミュニケーションを取ろうとしているかという視点で見ると、面白かった」「インターネットから、うその情報がなくなってほしい」「人の心が読めるようになりたい」などなど。書き上げた人が思案し、ほかの人のコメントを選んで隣に貼りつける光景もみられた。中には、イラスト入りのものも。思いを表現すること自体を楽しむという、アゴラの特質が垣間見られた。
来場した埼玉県鴻巣市の30代の男性公務員は「見て回るだけで楽しいイベントで、昨年に続いて来た。体験できることが豊富で、実地開催の良さがある。ただ人文・社会科学との連携は物足りず、さらにあった方がよいとも感じた」と話した。東京都品川区の40代の男性会社員は「子供が小学校でチラシをもらったので知り、親子で来た。授業とは違う形で科学技術に触れ、楽しんだようだ。来年も来たい」と充実を語った。
近年、シンポジウムなどのオンライン開催が普及し、交通費や移動時間を気にせず気軽に参加できるようになった。タイムシフトといって、後から再生できることがあるのも、実に便利だ。とはいえやはり、実地開催もいい。多彩な企画と人々でにぎわう“お祭り感”の中、研究者や来場者と声を交わし、時に手足も動かしながら深める知識や思考は、これから自分の好奇心にジワリと効いていきそうだ。そう実感した、今年のアゴラだった。
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