優生保護法の被害者の一刻も早い全面救済を求める会長声明
- 開かれた救済の門戸
2024年7月3日、最高裁判所大法廷(戸倉三郎裁判長)は、優生保護法に基づく強制不妊手術に関する5件の国家賠償請求事件の上告審において、除斥期間の適用を制限する判決を言い渡した(以下「本判決」という)。
本判決は、「本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえない」と述べ、障害や病気のある人に対する不妊手術に関する規定について、すべて国民は個人として尊重されるという憲法13条、障害や病気があるかどうかで差別されないという憲法14条1項に違反することを認めた。
そして、国による除斥期間の主張について、20年の除斥期間の経過により被害者の国に対する損害賠償請求権はすでに消滅しているという国の反論を一蹴し、「本件において、除斥期間の経過により請求権が消滅したとして国が損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。」と判断した。優生保護法に基づき強制不妊手術を受けさせられた被害者らが起こした一連の裁判では、除斥期間の適用制限について判断が分かれていたが、最高裁が優生保護法の立法時からの違憲性を正面から認めたうえで、除斥期間の適用を制限する統一的な判断を初めて示し、被害者に救済の門戸を大きく開いた。 - 立法による解決の必要性
他方で、最高裁は、道内在住の夫婦を原告とする事件に関して強制不妊手術の証明が不十分であることを理由に原告敗訴とした札幌高裁判決について、7月4日付で上告棄却決定及び上告不受理決定を出した。
「当時は合法だった」と言い続けて国が被害を放置した結果、道内在住の夫婦のように、時の経過によって強制不妊手術の資料が失われ、証明が困難となっている被害者も少なくない。
7月3日の本判決は、国や司法が除斥期間を盾に被害者の損害賠償を退けることは国家の存続意義の根幹にかかわる背理であることを明確に示した。その趣旨からすれば、国には、放置してきた被害に向き合い、被害者救済に向けて最善の義務を尽くす責務がある。現在、被害者への補償立法の検討が開始されているが、国が被害を放置してきた事実を踏まえ、補償立法は、道内在住の夫婦を含めた全ての被害者の救済が実現する内容とすべきである。 - 差別のない社会を実現するために
弁護士は、一人一人が「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士法1条)という職業的使命を負っている。しかし、優生保護法の下で設置された優生保護審査会には、当時、弁護士も委員として関わって対象者に強制不妊手術を実施するか否かを判断していた例もあった。また、その後、優生保護法の改廃や被害回復に積極的に関わってきたとは言いがたいことも事実である。
札幌の原告である小島喜久夫さんは、最高裁大法廷の弁論で、「子どもができていれば人生は変わっていたと思います。今より幸せかもしれませんし、不幸になったかもしれません。それでも、幸せになるか不幸になるかは自分で決めることです。自分で自分の人生を決めたかった。それができなかったことが悔しいです。」と述べた。
私たちは加害の一端を担ったとも言える立場として、被害者の訴えを重く受け止めなければならない。草野耕一裁判官も補足意見で、憲法に反する国家の行為が行われたときに、「司法が取り得る最善の対応は、為政者が憲法の適用を誤ったとの確信を抱くに至った場合にはその判断を歴史に刻印し、以って立憲国家としての我が国のあり方を示すことであろう。」とあらためて司法の役割を明示した。
当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を担う弁護士の集団として、その使命を深く自覚し、「不良な子孫の出生を防止する」という目的のもと不妊手術を強制するという人間の尊厳を侵す法律によって2万5000人ともされる人が被害に遭い、人生の選択肢を一方的に奪われた事実を今後深く検証し歴史に刻み、二度とこのような法律を生み出さない社会をつくることに全力を尽くすことをここに宣言する。 - 全ての被害者の早期救済を求める
2万5000人ともされる被害者のなかで、裁判を起こした原告はわずか39人という現実は、被害の立証の困難さはもとより、差別を恐れて自身の受けた人権侵害を誰にも打ち明けられずに生きることを余儀なくされてきた当事者が圧倒的に多いことを示している。被害者の多くは高齢となり、裁判を起こしてから亡くなった被害者も複数存在する。
当会は、国に対し、一刻も早く全ての被害者を救済する立法を含む施策を実現することを求める。
2024(令和6)年8月28日
札幌弁護士会 会長 松田竜