最低賃金額の大幅引上げと中小零細企業への実効的な支援等を求める会長声明 : 札幌弁護士会

声明・意見書

最低賃金額の大幅引上げと中小零細企業への実効的な支援等を求める会長声明

1. 昨年、中央最低賃金審議会は、2020年度の地域別最低賃金額の引上げ額について目安額の提示を見送りました。これを受けて、各地の審議会も引上げ額を抑制し、北海道を含む7都道府県は引上げなし、他の地域も1円ないし3円の引上げに止まりました。北海道の最低賃金額は、2019年度と同じく時間額861円となっています。
しかし、時間額861円という水準は、1日8時間、週40時間働いたとしても、各種控除前の名目給与金額で月収15万円弱、年収180万円弱にしかなりません。この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは困難です。まして、子どものいる家庭の場合には、この程度の金額では足りないことは明らかです。

2. この「見送り」の根拠は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う影響から、経営基盤が脆弱な多くの中小零細企業が倒産、廃業に追い込まれる懸念が広がる中、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論が多数を占めたことでした。
   しかしながら、上記のとおり、そもそも見送り前の最低賃金額は生活維持に十分な水準ではありませんでした。最低賃金の引上げは、消費需要を喚起し経済を活性化する効果を有するものでもあり、新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも、引上げの流れを後退させるべきではありません。コロナ禍にあっても、2021年にフランス、ドイツ、イギリス等多くの国で、最低賃金が引き上げられています。
最低賃金の大幅引上げは、他方で、中小零細企業の経営を圧迫するおそれがあります。それを回避するためには、特に新型コロナウイルス感染拡大に伴い、中小零細企業への配慮がより必要となっている現状に鑑みれば、政府は、中小零細企業に対するより一層充実した支援を実施すべきです。
例えば、最低賃金額の引上げの影響を受けるすべての中小零細企業に対する社会保険料の事業者負担部分の免除・軽減や消費税等各種公租公課の減免、現行の「業務改善助成金」をさらに使いやすい制度に改善すること、申請しやすい補助金の支給を行うことなど、中小零細企業への実効的な支援策はたくさんあります。中小零細企業への実効的な支援によりその経営基盤の安定を図ることができれば、最低賃金の引上げを抑制する理由はないはずです。

3. また、最低賃金額の地域間格差が依然として大きく、ますます拡大している問題も、見過ごせません。例えば、2008年の東京都と北海道の最低賃金額の差は99円でしたが(同年の東京都最低賃金(時間額)は766円、北海道は667円)、2020年の差は152円に広がっています(同年の東京都の最低賃金(時間額)は1013円、北海道は861円)。この間、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる、労働者の生計費は、都市部と地方との間にほとんど差がないとする研究結果も出されており、都市部の労働者と、地方の労働者に差異を設ける根拠は必ずしも明らかではありません。コロナウイルス流行に起因する打撃からの回復を図るべき地域経済の活性化のためにも、最低賃金額の地域間格差の解消は喫緊の課題です。

4. さらに、中央最低賃金審議会及び北海道地方最低賃金審議会は、最低賃金額についての実質的な議論を行う審理を例年非公開としていますが、全面的に公開すべきです。
   重要部分を含め、公開とすることにより、適正な審議が担保されるとともに、今日益々重要となっている最低賃金の決定過程を国民が知ることができます。公開に、特段の支障もありません。現に、鳥取地方最低賃金審査会においては、審理の全面公開が実現しています。他の審議会でも実現できない理由はないはずです。

5. 本年の最低賃金について、2021年6月18日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針2021)には、「格差是正には最低賃金の引上げが不可欠である」「雇用維持との両立を図りながら(中略)中小企業への支援強化、下請取引の適正化、金融支援等に一層取り組みつつ、最低賃金について、感染症下でも最低賃金を引き上げてきた諸外国の取り組みも参考にして(中略)地域間格差にも配慮しながら、より早期に全国加重平均1000円とすることを目指し、本年の引上げに取り組む」との記載があり、政府も引上げに前向きに取り組む姿勢を見せています。
このように、地域間格差にも配慮し、引上げを行う姿勢自体は歓迎すべきですが、今般の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済状況等に鑑みても、「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」(最低賃金法第1条)といった最低賃金法の趣旨、日本国憲法第25条の生存権の理念等に照らすならば、時間額1000円の早期実現のみならず、最低賃金額をさらに大幅に引き上げることは、政府、中央最低賃金審議会、各地方最低賃金審議会及び各都道府県労働局長の法的責務というべきです。
そこで、当会は、本年も、政府、中央最低賃金審議会、北海道地方最低賃金審議会及び北海道労働局長に対し、まずは、最低賃金額の地域間格差を解消しつつ、中小零細企業への実効的な支援等とともに、最低賃金額について、可及的速やかに時間額1000円以上とすること及び時間額1000円を超えるさらなる大幅な引上げを行うことを求めます。また、審理の適正を担保するため、最低賃金審議会の審理を全面的に公開することを求めるとともに、政府においても、早急に全国一律最低賃金の実現に向けた検討を開始するよう求めます。

                          2021年6月24日
                               札幌弁護士会      
                                   会長 坂口 唯彦 

   

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