塙山キャバレー「めぐみ」魅力度最下位を返上せよ!茨城キャバレーの部
〝魅力度7年連続の最下位〟
47都道府県あるなかで、7年間連続の魅力度最下位だという茨城県。酒場においては、せめて最下位ではないで欲しいという気持ちで実際に訪れてみたが、常陸多賀にある『ひかり食堂』は、かなりレベルの高い酒場であることが分かった。そしてこの常陸多賀にはもう一つ、酒場通として避けて通れぬ場所があるのだ。
〝塙山キャバレー〟
うーむ、名前だけ聞いてもピンとこない。まず〝キャバレー〟なんて言葉が私の年代ですら死語であり、どんなところかさえ想像できないのである。バニーガール姿のダンサーが踊っているのか?……いや、クラブみたいなところか? とにかく、塙山という場所に煌びやかな夜の街があるのだろう、という漠然とした想像で訪れてみようではないか。
「なん……だ、ここは……!?」
『塙山キャバレー』
常陸多賀駅から歩くこと20分。住宅街の中から突如、広い更地が現れたかと思うと、そこにはおよそ現代日本の建造物とは思えない〝バラック群〟があった。
中央の駐車場を囲うようにして、手作り感満載のトタン建物の酒場が連なる。〝煌びやかな街〟などは皆無、こんなのは初めてだ。この雰囲気、なんと表せばいいのだろうか。一番近いのは外国のスラム街だ。初心者には入りづらいなんてレベルではなく〝恐怖〟さえ感じる。しかし、ここまで来て酒場へ入らない訳にはいかない。少しでも入りやすそうな店を吟味して歩いていると……
「店ぇ、さがしてるのがぁ?」
ドキッ!! ある店の外から中の様子を伺っていると、背後からキツ目の茨城弁が聞こえた。振り向いてみるとベロベロに酔っ払った先輩が立っていた。
「あ、あ、あの、そそそうですが……!」
私がたじろいでいると、先輩は「じゃあ、この店に入れっぺ」と言って暖簾を開けてくれた。なんだ、この店のマスターなのか……? とりあえずその店へと入ることにした。
『めぐみ』
中へ入ってみると、半分以上機能していないカウンター、小上がりが2つの極狭であった。小上がりのひとつでは2人の先輩がゴキゲン状態だ。
「お客さん連れてきたっぺよ」
「おう、いらっしゃい」
……あれ? マスターだと思っていた先輩は、中にいる先輩2人に私を差し出すとそのまま店の外へと消えた。なんだったんだ、あの先輩。
「そこのテーブル空いてんべ」
この先輩2人もそうとう酔っ払っているようで、真っ赤な顔で私に席を勧める。カウンターの中や店の奥には人の気配がない。あっ、そうか、この2人のどちらかがマスターなのか。やっと理解した私は、小上がりへ座った。
「どっがら来たんだ?」
「あ、東京です」
「へぇ、わざわざこんな所にかい」
「はい! 来てみたかったんですよ」
……席についてマスター達と世間話を5分ほどするが、一向に注文を訊いてこない。さすがに喉がシビレを切らしたので、こちらから催促することにした。
「すいません、酎ハイいただけますか?」
「えぁ? 俺ぁたちは店の人間じゃねぇよぉ」
えっ、この人達も店の人じゃないの!? あれーっと、もう一度店内を見渡すが、やはり店員はいない。
「ママさん、もうすぐで帰ってくるべ」
「あっ、そうなんですか」
どうやら店のママさんは外出中らしい。しかし、なんと紛らわしい。最初の先輩やこの2人といい、なんというフリーダムな酒場なんだ……。
さらに待つこと5分。店の扉が開いた。
「ただいま」
「ママさん、お客さん来てるよ」
なんとも貫禄のあるママさんが、キャリーバッグを引いて現れた。「買い物に行ってたんだぁ、ちょっと待ってれ」と言って、カウンターへ入っていく。キッと眉毛が上がりちょっと怖そうだが、ゴリゴリの茨城弁が多少その迫力を和らげてくれる。
『酎ハイ』
やっとありつけた酎ハイを、グーッと飲る。プハァーと落ち着いたと思うと、カウンターのママさんが声を張る。「それ、アルコール40度あっがらな!」
うそっ!?……と思いつつ、もう一度飲んでみるが特別にクるわけでもない。カウンターの中から笑い声が聴こえるので、おそらく冗談だったのだろう。結構ノリのいいママさんのようだ。
「すいません、料理を……」
「いま、適当に出すがら!」
続けて料理を頼もうとすると一喝。こういう場合は素直に従うのが吉である。
『キムチとスイートコーン』
まずはお通しとして出された2品。スーパーで買ってきたものだと思うが、ガッツリと量があってうれしい。実家に帰って居間で酒を飲みだすと、決まって母親がこんなのを出してくれることを思い出す。
『マグロ刺身』
こりゃ結構な量だ。これもまたスーパー製であるのは間違いないが、そっとサラダを添えてくれるのがうれしい。こういった酒場では、決して大根の『ツマ』ではなく、こんな家庭的な『ツマ』が呑兵衛ハートをガッチリとキャッチするのだ。
「よーく噛んで食べなよ!」
「え、どうしてですか?」
「噛まなきゃそのままで出てくっがら。ワハハ!」
ママさんも多少酔っているのだろうか、だんだんと会話に下ネタが増えてくる。上機嫌のママさんのカウンターからは、次々と料理が出される。もはや、コース料理のようだ。
『アジフライ』
揚げたてのフライの香りがすると、目の前に大きなアジフライが2尾。これは間違いなくおいしいやつだ。ソースをかけて、いざ。カリッとした歯触りに、肉厚の身がたまらなくンまい。
『煮物』
ママさんのコース料理の最後に出されたシメ料理。鶏肉、大豆、さつま揚げ、ひじき、キノコ……これもまた量が多いのだが、あっさりとした味付けに人肌の温もりが印象的な逸品。あの豪快なママさんとは裏腹なやさしい料理に、心が和む。とにかく、ママさんの料理で腹がいっぱいになった。
「ママさん、おいしかったですよ」
「アタシの母親は、こんなの作くってくれねがっだ」
なにやら複雑な家庭環境だったようだが、その反動からママさんはとにかく客の腹を満足させるようにしているらしい。「痩せているお客さんは太って帰っていく」と冗談めかして言っていたが、今日の料理を見ていればあながち本当かもしれない。ひと段落したママさんが、今度はこちらに来て話はじめる。
塙山キャバレーは、何もない野原にたった1軒のバラックからはじまったという。それが最盛期には23軒もの店で賑わい、現在でも17軒が残る。『めぐみ』もその中で38年つづく老舗酒場なのだ。全部は書けないが、その間も色々な人生経験を積んでいるママさん。
「アタシはもう、手術で腹を9回切ってるからね。アハハ!」
飲んでいる最中にも、客を〝バイト〟といって買い物に行かせ、酒のおかわりも客が自分でサーバーから注がせたりするが、その豪快な性格の中にも、ここの煮物の様にどこか『温かみ』を感じるのだ。その証拠が、38年間という長い時間を続けていられることではないだろうか。しみじみと、ママさんに訊いてみた。
「ママさんに、怖いことってあるんですか?」
「なーんもない!」
ドッと店内が笑いに包まれる。なんという説得力。何かに行き詰まったら、またこの酒場へ訪れたいものだ。そして〝そんなこどより──〟と、ママさんの下ネタ話がはじまるのだ。
またひとつ、茨城の魅力を発見した夜であった。
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めぐみ(めぐみ)
住所: | 茨城県日立市金沢町1丁目1−12 |
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