古着屋で、とあるデッドストックのジャケットを買ってTwitterに載せたところ、想定外に高い反響を得まして。
こちらです。
一見なんてことはないアメリカの作業着に見えると思いますが、実はなかなかのストーリーがあるアイテム。
今回は、これの話です。
【“Corcraft”ブランドを知ってから買うまで】
まずはこのジャケットの存在を知ったきっかけ。
かつてBerBerJinでスタッフをされていた坂本一(さかもとはじめ)氏が運営しているオンライン古着ショップ「instant bootleg store」で、このアイテムが販売されているのを見たのが最初でした。
激レアピース
New York州の受刑者就労支援プログラム"Corcraft"
で製作された90'sのマックジャケット同時にUPしたSupremeの
マックジャケットの元ネタであろうアイテムです。
その、同時にアップされたSupremeの「Mack Jacket」とやらはコチラ。
コレ最近気づいたんですが
これの元ネタは50'sとか60'sくらいのファラオジャケットとかドンキージャケット系だと思ってたんすけど
これのネタが20年以上してわかりました。
同時にUPした"Corcraft"ジャケットでした。
塀の中の受刑者が作っているんですよ、これの元ネタ。
やばくないですか?
犯罪者たちへの就労支援プログラムのことをCorcraftっていうんですけど
それとディテールが全く同じです。
New Yorkだけで流通している非常にコアなウェアなんですね。
僕はSupremeに思い入れがありませんので、その元ネタ云々はどうでもいいのですが、この『Corcraft』、まっっったく知りませんでした。
囚人が刑務所で作っているアメリカのウェア・ブランドといえば「PRISON BLUES」は比較的有名。
しかしPRISON BLUESが広く販路を持っているのに対して、このCorcraftは坂本氏曰く『New Yorkだけで流通している非常にコアなウェア』とのこと。
アメリカの受刑者が職業訓練として生産していて、ニューヨークでしか入手できない……。
たしかにHPを見てみると、日本の刑務所作業製品と同じような形で販売されているっぽい。そしてこれも日本の刑務所同様に、アパレルはほんの一部で、多様な製品を作っているようです。
長年アメカジ古着を愛好してきた僕でも、「アメリカにはまだそんな知られていないモノがあったのか!」と十分ゾクゾクさせられるエピソードでした。
しかしそんなマイナーでレアなアイテムは探そうと思ってすぐ見つかるものでもなく、「いつか実物を見たいものだな」くらいに心の片隅に小さくメモだけしていたわけです。
そんな折、馴染みの古着屋に、まさかのまさか、これのデッドストックが入荷したんです。
いま新しいアウターは必要じゃないけど、こればかりは逃すわけにいかない。
すぐ出せるくらいの値段だったし、資料的な価値もあるだろうと自分に言い聞かせ、すぐさま店舗へ向かって購入したというわけです。
しかも2着。
在庫は4着あり、そのすべてをチェックさせてもらいました。というのも、長年の経験により、アメリカの軍物や作業着には絶妙に個体差があることを重々知っているので。
縫製のみならずパーツや素材が違うこともあり、作りの悪いハズレを引く場合もザラにあります。今回もきっとそうだろうと予想してみたら、案の定こまかいところが違うわ違うわ。
リブの素材や張りが違ったり、ホツレがあったり、ジッパーのメーカーが違ったり。
でも当然です。もともと正式な商品として作られているのではなく、あくまで第一義的には受刑者が技術を習得するためのもの。使う素材も納品業者の都合によってその都度違うでしょうし、そもそも訓練として作られているわけですから、下手くそ&不揃いで当たり前なのです。
そんな中からウンウンと悩んで、まず一着購入。
サイズはすべて2XL。今っぽいゆったりサイズで逆に良かった。
ポケットに紙タグが入ってました。
襟と袖口のリブがゆるい。
それを買って帰宅後、写真に撮ってTwitterに載せたわけです。『NYの受刑者更生プログラムにより生産されており、Supremeの元ネタでもあり、いずれ必ずヴィンテージとして高値で取引されるだろう』という内容で……。
そしたらまァ、リツイートはさほどじゃないけどやたらと “いいね” が付きまして。
そのリアクションを見て、「これは将来のためにストックしといたほうがいいかもしれない!」というマニア心が働いてしまったわけです。
んで、その翌日に再訪し、もう一着追加購入。
※襟と袖のリブ素材と幅、締まり具合が全然違う
ここまでが購入までの顛末。
以下は、買ってから調べ始めたことです。
【Corcraftは本当にSupreme「Mack Jacket」の元ネタなのか?】
instant bootleg store 坂本氏は、Corcraftのジャケットが『Supremeのマックジャケットの元ネタ』と断言しています。『ディテールが全く同じ』とのこと。
特徴的なのは、胸に付いているファスナーのヘッドを隠すストラップ。
たしかに珍しくてあまり見ない仕様ですので、“同じディテール”とはこれを指していると思われます。
ところが。
実は……なのですが、僕がCorcraftを買ったショップではもうひとつ別メーカーのものも一緒に入荷しており、同時に販売されているのです。それがこちら。
※画像は販売ショップから転載
https://mellowmood.shop-pro.jp/?pid=166735605
よく見比べてもらいたいのですが、むしろこっちのほうがSupremeのMack Jacketに似てませんか……?
Corcraftのほうはカップショルダーに近い仕様で肩にヨークがあり、縦にも切り替えが入っています。
一方で上記の別メーカーのものは、Supremeと同様に肩に切り替えがなく、スラッシュポケットが付いています。
これと比べてしまうと、Corcraftのほうは逆にSupremeとディテールがまるで違うとまで言える。
なので、むしろこっちの謎メーカーのほうがサンプリング元じゃないの……? と思い、いろいろと調べ始めたというわけ。
さて、坂本氏の説明には、『これの元ネタは50'sとか60'sくらいのファラオジャケットとかドンキージャケット系だと思ってたんすけど』 という記載もあります。
「ファラオジャケット」というのは、アメリカン・ヴィンテージではよく知られているジャケットの形。
▼参考
シンプルで配色も絶妙、ディテールまで秀逸な『メルトンファラオジャケット』 | HOUSTON-BOOK
僕もファラオジャケット自体は知っていましたので、最初にCorcraftを見たときは「これ普通にファラオジャケットだよな」と思いました。でも特徴的な胸のストラップは僕も知りません。
てなわけで「ファラオジャケット」で検索をかけてみたところ……
村上です!!!!!★あけましておめでとうございます!★ファラオジャケット★ - ブログ | 古着 通販 ヴィンテージ 古着屋 Feeet 名古屋 大須 メンズ
いや、普通にあるし。
ファスナーを隠す胸ストラップが付いたファラオジャケット、普通にある。
こうなったらそのストラップはCorcraftだけの特徴とは全然言えません。むしろCorcraftは肩と胸に切り替えが入っていることから、「Corcraft と Supreme はまったく別物である」と言わざるを得ないのではないかと。
とはいえ、プロでも知らないくらいですから、この胸ストラップの仕様は相当少ないものなのでしょう。
ちなみに「ファラオジャケット/ファラオコート」という名称は “日本の服飾あるある” で、和製英語とのこと。それは知らなかった。
▼参考
ヴィンテージ・カークラブジャケットをベースにした“ファラオ・コート” | 706union | Official Website
本来は「カー・コート(Car Coat)」もしくは「カー・クラブ・コート(Car Club Coat)」と呼ぶらしいです。でも欧米でカーコートと呼ばれる形って他にもあって(革ジャンとか)、この形だけではなく、もっも幅広く使われているんじゃないかという気もします。
ファラオジャケットはスタジャンのルーツでもあるようで、「car club jacket」で検索するとスタジャンの画像も出てきます。おそらく襟と袖にリブが使われたアウターの総称的に使われてもいるのでしょう。
それでは「Corcraft」のジャケットの正式なモデル名は一体なんだろか?と思い、Corcraft のサイト内「Products & Services」にある製品情報を見てみると……、なんだ、カタログがあるじゃないですか。
https://shop.corcraft.ny.gov/corcraftassets/Brochures/Apparel.pdf ※pdf
たしかに、あのジャケットも載っています。
完全に囚人服。刑務所で着る服を作って、一般にも販売しているのかしら。
詳細。
これを見ると、「Clicker Coat, Men's」と書いてあります。これが正式名称だ。
クリッカーコートだと? カーコートではない?? また新しい呼称が出てきました。
てはわけで「Clicker Coat」で検索してみますと……
形は間違いなくファラオジャケット/カーコートのソレで……
検索で出てくるのはほぼすべてコレ。
ヴィンテージではよく見かける「Lakeland(レイクランド)」。そこのカーコートの商品名が「CLICKER」なんですね、たぶん。
そしてこれって、ヴィンテージにおけるファラオジャケットの代名詞的なモデルなんです。
このブランドとアイテム自体は知ってはいたけど、浅学ながらその正式名称までは知りませんでした。
ドリズラージャケットやウィンドブレーカーみたいなもので、商品名がその形の総称としても使われるパターンっぽいです。なるほど。
調べていたら結局は元祖のアイテムにたどり着いたという話です。
さて、ここでひとつの疑問が。
Supremeの「Mack Jacket」という名前は一体何なのか……。
僕はSupremeのファンでもありませんし、これが本当に名品として語り継がれているようなレベルのアイテムなのかすら知りません。
検索しても何も引っかからないし、これはもうわかんないですね。
唯一言えることは、「Mack Jacket」はあくまでSupremeのこのモデルに付けられた商品名であり、この形のジャケットの総称ではないということ。
もしくは、イギリスではマッキントッシュのコートから派生して、レインコート全般を総称して「Mac Coat」と呼ぶそうなので、そこから取られた可能性もあります。
https://storeroom.shop-pro.jp/?pid=147178581
とりあえず、instant bootleg storeも僕が買った店も、CorcraftのClicker Jacket を「Mack Jacket」と呼んで販売していましたが、それが誤りなのは間違いなさそうです。
ただファラオジャケット同様、日本のアパレル業界って昔から勝手に日本名をつけることがよくあるじゃないですか。なのでこれから、このチェストストラップ付きのカーコートが「マックジャケット」と呼ばれるようになったとしてもおかしくはない。
もしそれが広まったら、僕たちはその瞬間を目撃したということになります。そう考えると、「マックジャケット」、ちょっと広がってほしいかもしれない。
そして一点。以下、坂本氏の商品説明より。
さすがSupreme
今の洋服の作り方の礎ですよね
過去の膨大なアーカイブや自分の周りにあるものからインスパイアされたものづくりです。
今やモードだろうがストリートだろうが 全世界のデザイナーがその作り方をしています。
コレからはSupをはじめ90年代、2000年代までもVintageになってきてる。
そらそうだ、最初のVintageブームから25年以上経っているんですからね
1995年くらいに70's80'sの古着を見ていたあの感覚は
今や90'sや2000年代前半の古着を見ている感覚とリンクします。
そして、90年代以降は前述の様に何か元ネタがあっての洋服がほとんどです。
なのでコレからの古着・Vintageの楽しみ方は元ネタを探るって言うのが本流になりそうですね。
また楽しい時代がやってきてますよ。
ここ、非常に共感ポイントです。
僕ら世代にとって「サンプリング」とはパクりとは似て非なるもので、すごくセンスのいいことだったんです。
ところが世の中がどんどん権利に厳しくなり、サンプリングに対しても批判的な見方をされるようになってきました。と同時に、サンプリング(オマージュ/パロディも同様)と盗作の区別がつかない人も多くなってきています。
でもサンプリングってのは盗作と違って、文化や歴史的背景を理解していないと成立しないものなのでね。そこはしっかりと語り継いでいくべきだと思ってます。
今回は3日かけてかなりの長文を書いて疲れました。
冬ももうすぐ終わりますね。戦争も始まりましたね。
それでは、また。