前編は→コチラから
「はやぶさ2から探る地球の水の起源」講演会レポの後編です。
前編では地球の水の起源と、はやぶさ2の探査の科学的な目的について触れていきました。後編ではNIRS3による小惑星リュウグウの観測成果を中心に、質疑応答の内容を紹介します。帰還後についてのプチ情報も。
はやぶさ2には、近赤外分光計「NIRS3(ニルススリー)」が搭載されている。放射冷却で機器を-80度まで冷やすために表面が鏡のようになっている。この装置は、小惑星表面の組成や水分を含む鉱物の存在を調べることができる。
写真の右のグラフは、NIRS3と”似たような装置”で測定した、隕石の反射スペクトル。赤い線は含水率の少ない隕石を、青い線は含水率の多い隕石の反射率を示している。両者の違いは、青い線が3μm周辺の波長で下がっている。これは隕石に水分(含水鉱物)があり、含水鉱物によって3μmの光が吸収されていることを示している。
はやぶさ2はNIRS3を用いてリュウグウ表面の観測を実施。リュウグウの含水鉱物について、まずはその場観測でデータを得る。
観測結果がこのグラフ。この結果からわかることは2つ。1つは、反射率が非常に低い(約2%)ということ。リュウグウはものすごく黒い。もう1つは、2.72μmのところに吸収が見られたこと。含水鉱物の存在が示された。
グラフの黒い線がNIRS3で測定したリュウグウの反射スペクトルで、ほかのカラフルな色の線は炭素質隕石のもの。先生たちはリュウグウに到達するまで炭素質隕石のようなスペクトルがNIRS3の観測で得られるだろうと思っていた。結果、ふたを開けてみれば全然吸収が無いスペクトルが得られた。衝撃的だった。リュウグウは予想していたよりもかなり水分が少なかった。しかしながら、リュウグウは一般的な炭素質隕石とは違っているものの、水色・赤い線のような隕石とは似ていた。その隕石は500℃程度の加熱やある程度大きい衝撃といった変性を受けた炭素質隕石なので、リュウグウは加熱や衝撃を受けた物質でできていると考えられる。
実はもう一つ可能性として考えられるものがあって、隕石で考えると"変質している物質"だと考えられるが、"我々がまだ隕石として持っていない物質"である可能性もある。2020年にサンプルが地球に届いたら、その謎が解ける。
前半で触れた小惑星リュウグウの表面が均質かどうかについて。これもNIRS3の活躍によりわかってきた。
上の図は、リュウグウ表面の含水鉱物の量のムラを表している。一見表面には地域差があるようにも見えるが、この差は非常に小さくて、誤差を考慮すると有意な差ではないと考えられることから、リュウグウの表面組成は均質であるといえる。また、はやぶさ2が持つ別の観測装置(LIDAR)を利用して測定したリュウグウの重力から求めたリュウグウの密度は1.2 g/cm^3。この値は中身がスカスカ(空隙)であることを示している。岩石と比べると半分かそれ以下。これらのことを考えると、我々の仮説(リュウグウ内部に水が閉じ込められている)はおそらく正しいといえる。ただしはやぶさ2が持ち帰ったサンプルのデータも調べて、その結果とリュウグウの観測結果を最終的に統合して結論を出していく必要がある。
最後に、来年の12月にはやぶさ2は地球に帰還し、カプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に届ける。はやぶさ2が持ち帰ったサンプルの情報とNIRS3の観測結果を統合して、さらに結果を出していきたい。引き続きはやぶさ2に注目していただけたらと思う。ご清聴ありがとうございました。
ここから、質疑応答の時間に入りました。今回の講演会は質疑応答の時間に私も質問することができました。なんと2回も!その質問と回答を紹介します。
まずは質疑応答開始直後に手を挙げて、ここでしか聞けない質問をしてみました。
Q1:先生ははやぶさ2の近赤外分光計に携わったということで、装置の開発とリュウグウの観測全体を含めて一番大変だったことは何ですか?
A:大変だったことは山のようにあった。正直なことを申し上げると、NIRS3は開発が難航して、もしかしたら載せられない…くらい大きな問題があった。というのも、設計はしてみたものの、組み立ててみたら予想していた性能が出ないということが開発の途中で起こった。その時は本当に大変だった。最終的には問題をクリアできて搭載することができた。この問題を解決できたのは、いろんな人たちの協力を受けることができたから。NIRS3が大きな問題を抱えているということで、いろんな人たちが、それぞれの仕事があるにも関わらず、かけもちでNIRS3の開発に加わっていただいて、問題を解決することができた。この事が一番大変だった。
この答えを聞いたときは驚きました。開発が難航していたことは知っていたものの、リュウグウでのNIRS3の観測運用が一番大変だと思っていました。(当初は水がないという観測結果だったので)
実際、NIRS3の問題は「はやぶさ2計画を実施する意義すら薄れる」という声が上がったと記述している文献(はやぶさ2の真実/松浦晋也)もありますし、2014年というタイムリミットが設定されている以上、後がない状態での開発は想像以上に大変であったようです。多くの人たちの協力によって、NIRS3の問題が解決し、リュウグウ観測で活躍しているのは、なんとも心温まるお話です。
他の聴講者からの質問もありましたので、主なものを紹介します。
Q:北里先生のリュウグウ想像図は、赤道の尾根など実物にそっくりでびっくりした。この形はどのように予想されたのですか?
A:タネを明かすと、小惑星の専門家は、私に限らずこういう絵を描くと思う。それはなぜかというと、地上の望遠鏡・レーダー観測で形が分かっている小惑星の形は、大きく2つに分けられる。イトカワのような長細い形と、もう1つは丸っこい形。丸っこい小惑星はリッジがよく見つかっている。リュウグウは地上からの観測で丸っこい形であることが到着前に分かっていたので、リッジがあると推測して描いた。なので、小惑星を研究している人ならこれに行き着く。
Q:リュウグウ表面は水があまり含まれていないという観測結果はどういうことですか?
A:この(水があんまり含まれていないという)観測結果について、今年の3月くらいに論文が出たことに合わせて記者説明会をしたが、それよりも割と早い段階、最初の観測(リュウグウの初期観測)が終わったくらいに記者説明会をしたときには、「リュウグウ表面に水はない」と発表した。それは新聞の記事にもなった。これは初期に観測で得たグラフを見たときは、我々が吸収と言っているもの(2.72μm付近の凹み)は本当に正しいのか自信を持って言えなかった。元々想定していたものよりもだいぶ暗かったので、ノイズが非常に大きかった。最初の段階ではこれはノイズだろうと思っていたけれど、チーム内の人たちと協力して、ノイズを減らすための観測をちゃんとやって、その結果、ベストな計算としてグラフにした。誤差を考えても吸収は有意であることが確認できたので、最終的に我々は含水鉱物の発見を発表した。ただ予想していた(炭素質隕石のような)吸収よりはだいぶ小さかった。
リュウグウの初期観測結果から一転、今年のリュウグウに水があったとする発表の裏側には、このようなことがあったんですね。
Q:2回目のタッチダウンの新聞記事を見て疑問に思ったんですが、人工クレーターで吹き飛ばした地下の物質を採取すると思ったら、記事には周辺に吹き飛ばされた破片を採取すると書かれていた。2回目のタッチダウンはどのような所を狙って行ったのか、教えてください。
A:おっしゃるとおり、2回目のタッチダウンは人工クレーターから10mくらい離れたところに着地してサンプルを採取した。そこには飛び散った破片、つまり地下物質が積もっていると考えられたから。なぜもっと近くにタッチダウンしなかったかというと、衝突装置でできたクレーターが我々の予想以上に大きくて、深かったから。近くへタッチダウンすると、間違って穴の中に入ってしまう危険性があった。なので、より安全を考えて、大きなボルダー(岩)が少ない安全な所へタッチダウンを行った。
質疑応答の時間がまだ残っていたので、せっかくなので2回目の質問をしてみました。
Q2:今年の終わりにはやぶさ2は地球に帰還を始めるということで、帰還開始までにリュウグウに水はあるのか、詳しく調べるといった予定はありますか?
A:今回の説明にはなかったが、小惑星リュウグウのほとんどの場所は観測できている状態。で、今回お見せできなかったが、人工クレーターの中の観測も行っていて、その結果は、実は表面と差が見えない。つまり表面も内部も似たような水分量。おそらくこれ以上くまなく探しても、新しいことは見つからないだろうと考えている。できるだけの観測はしようと思うが、これ以上目新しいことは出てこないだろう。
で、これはまだ決まった話ではないが、また別の議論をしていて、はやぶさ2は来年地球に戻ってきた後、探査機自体は宇宙空間を飛び続ける。幸いなことにわりと推進剤が残っている。もしかしたら、もう一つリュウグウとは違う天体に行ける可能性があるので、そっちの検討をこれからしたいと思っている。
既に人工クレーター内の観測は終えていて、表面との大きな違いは見られなかったとのこと。予想外の答えでした。これからあと数ヶ月、NIRS3の観測で大きな発見はなさそうとのことですが、帰還後の検討が進められるとのことなので、そちらも注目していきたいですね。てか帰還後は別の天体に向かうって!! 今、関係者からこの言葉を聞けたのはうれしい!(少なくともラグランジュ点行きはなさそう)まだ決まった話ではないですが、水が豊富な小惑星へ向かうのだろうか、推進剤の材料はいかほどだろうか、スイングバイはするのだろうか等々、いろいろ想像が膨らむ話です。楽しみです。
ここでまた司会者からの質問が。
Q:はやぶさ2の後の探査機の計画などはありますか?はやぶさ3などはありますか?
A:はやぶさ3という計画はないが、次は火星の衛星からのサンプルリターンを計画している。これはMMXと呼ばれている。火星の衛星のフォボスとダイモスという天体のどちらかに着陸して、地球に帰ってくる計画が立てられている。打ち上げの予定が2023…4年にある。
Q:なぜ宇宙を志そうと思ったのか、きっかけはなんですか?
A:きっかけは学生時代。大学に入って隕石を顕微鏡で観察する授業があって、隕石の顕微鏡画像がすごいキレイだった。隕石はコンドリュートという丸い物質があって、それがきれいに光って見える。なんでこんなものができるんだろうと不思議になって、そういう研究の道に進んだ。隕石の研究をやるうちに、はやぶさのことを知って、はやぶさの研究をやったら、その次ははやぶさ2に関わることになった。
Q:地球の水の起源を探る研究は日本が先導しているものなのか、各国が競い合っているのか、どうなんでしょうか?
A:実は地球の水の起源を解明しようという流れは日本が"うり"としてやっていこうとしている。もちろん海外も注目はしているが、日本の場合はやぶさ2があるし、MMXも地球の水の起源の解明につながる。なので地球の水の起源は、日本がリードしてやっていく分野ではある。
講演会後の+α
講演終了後、司会者の方に「お話していかなくていいですか?まだお時間あるので」と呼び止められ、北里先生とお話しすることにしました。(はい喜んでー!)講演会の後はこうして講演者に直撃質問できると今更ながら知りました。これはありがたい!!!
まず北里先生にはやぶさ2のサイエンスについて勉強になったことを伝え、それから質疑応答では聞かなかった+αの質問をしてみました。
Q+1:今後行われるMMX(火星衛星探査計画)に、北里先生は協力されるといったことはありますか?
A:まだはやぶさ2が忙しかったのもあって、声はかけていただいたがお断りしていた。だんだん落ち着いてきたので、一緒にやれたらなと思っている。
Q+2:今ははやぶさ2に集中?
A:そう。エクステンデッド(EXTENDED)という、還ってきた後のミッションをぜひやりたいと考えている。
Q+3:別の天体にそろそろ行こうと皆さん考えている感じ?
A:そうです。
直撃質問に答えていただけて、至極感激でありました。ありがとうございました。
はやぶさ2帰還後のミッションは「エクステンデッド」と呼ばれているそうです…!カッコいい…!文字通り延長ミッションというわけですね!エクステンデッド、良い響きです!
トラブルに見舞われた初代とは違い、はやぶさ2は地球帰還後も太陽系の航海を続ける。はやぶさ2が別の天体へ行くとなれば、誰も見たことのない景色を、またはやぶさ2が見せてくれることでしょう。はやぶさ2のその後の航海も楽しみにしたいと思います!!
講演レポを読んでもっと詳しく知りたくなった人向けに、関連する資料を紹介します。
火の鳥「はやぶさ」未来編 その7 ~NIRS3とC型小惑星の水~ 北里 宏平,はやぶさ2 NIRS3チーム
https://www.wakusei.jp/book/pp/2014/2014-3/2014-3-288.pdf
↑今回の講演における、リュウグウ観測以外の情報はこちらにあります。講演内容を追体験したい方は是非チェック!
予想外、水が枯渇しているリュウグウ - アストロアーツ
https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10089_ryugu
↑2018年8月のはやぶさ2の記者説明会で発表された「リュウグウ表面に水がほとんど存在しない」件に関する記事。
C型小惑星に水分子を求めるNIRS3:日経デジタルヘルス
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/article/COLUMN/20141125/390666/?ST=health
↑近赤外分光計NIRS3に関する記事。NIRS3開発難航についての記述があります。