貴船祭り・中川一政美術館 : 散歩の変人

貴船祭り・中川一政美術館

 以前に鎌倉散策高崎・川越旅行軽井沢旅行、および横須賀美術館と鎌倉花火大会訪問を共にした、山ノ神のテニス仲間のTさん(女性、85歳)とSさん(男性、84歳)とわれわれ割れ綴じ夫婦、計四人でまた旅行をすることになりました。今回は箱根の大平台にある別宅へお二人を招待しての二泊三日の小旅行です。お世辞にも別荘とは言えませんが、山ノ神がご母堂より引き継いだ小さな家をリフォームしたもので、温泉を引いてあるのでそれなりに楽しめます。移動手段は、Tさんの愛車を山ノ神が運転するといういつものパターンです。
 今回の旅の目玉は、江之浦測候所です。えのうらそっこうじょ? 気象観測のための施設だと思うでしょ。ところがこれは美術館、いやアーティストの杉本博司氏がつくった、施設・オブジェ・空間が一体となったアート・スペースなのですね。イサム・ノグチのモエレ沼公園に似たコンセプトかな。実はNHKの『日曜美術館』を見ていた山ノ神が「きゃーここ素敵」と素っ頓狂な声で言うので、私も見てみるとなるほどこれは素晴らしい。真鶴の近く、風光明媚な相模湾を望む広大な斜面に、夏至・冬至の太陽光を見るための施設や古い建造物、神事や公演を行なうための舞台や由緒のある石が点在しています。これはぜひ訪れてみたい。TさんとSさんの了承を得た上で、さっそく旅行の初日に入館と駐車場利用の予約をしました。気になるのはお天気、曇りや雨だったら魅力は半減です。とはいえこればかりはどうしようもありません。私とSさんという二人の晴れ男の神通力に賭けましょう。
 さて初日の旅程は一任されているのでいろいろとか考えました。江之浦測候所の予約時間は13:30、7:00に出発すれば10:00ごろには測候所近辺に到着できるでしょう。選択肢は真鶴半島小田原か湯河原か熱海。測候所との距離、昼食、見どころ、すべてを勘案した結果、真鶴半島に決めました。となるとやはり昼食は生きの良い海の幸ですね。インターネットで調べたところ、「うに清(せい)」の評判が良いようですが、残念ながら金曜日はお休み。次善の策として「魚座(さかなざ)」を選びました。HPを見るかぎり、海産物は美味しそうだし、海を眺められるし、これは楽しみです。10:00に開店というのも嬉しいですね。早めの昼食をいただき、中川一政美術館や三ツ石を訪れても、余裕の吉田満で測候所の予約時間に間に合いそうです。なお「味の大西」のチャーシューワンタンメンが絶品だそうですが、真鶴半島まで行ってチャーシューワンタンメンを食べるのも何だかなあ。とうわけで今回は選択から外しました、ご寛恕を。
いろいろと調べているうちに、当日は真鶴の貴船まつりの宵宮であることがわかりました。これはラッキー、翌日の本番だとおそらく大変な混雑で、マイカー規制もあるでしょう。前日の宵宮だと車で「魚座」まで行けそうだし、祭りの雰囲気も味わえそうです。
 そして江之浦測候所を目一杯見学して大平台へ、金曜日なのでたぶん渋滞もないだろうと、大日本帝国陸海軍のように身勝手な予測をしました。18:00に「ラ・バッツァ」の予約をしたので、宮ノ下へ行って美味しいイタリアンに舌鼓を打ちましょう。そして大平台の家に戻り、温泉をあびてビールを飲んで、途中で「新美の巨人たち」の松本竣介編に浮気をしつつパリ・オリンピックを見て就寝。
 翌日はどうせ暑くて混んでいるだろうから、どこへも行かずにお家で温泉につかってビールを飲んで昼寝をしてパリ・オリンピックを観戦。ブランチはトースト、ディナーはホット・プレートで焼きそばをつくりましょう。
 三日目は日曜日、部屋の掃除をさっさとすませて、渋滞にまきこまれないようにできるだけ早く帰郷することにしましょう。以上、ざっくりとした旅の計画でした。

 7月26日(金)の午前7時、わが家に集合して、山ノ神が運転するTさんの車に荷物を積み込み出発。東名高速までは順調に走っていたのですが、入ったとたんに、時々車が停まるような激しい渋滞に巻き込まれました。平日の朝早い時間帯なのにおかしいなあ、と皆で首をひねっていると、電光掲示に「落下物による渋滞」と表示されました。トラックの荷台から何か落ちたのでしょうか、やれやれ人騒がせな。せめて何を落としたのか視認しようと皆で目を皿にして高速道路を見つめましたが、もう処理が終わったのでしょう、結局わかりませんでした。
 東名高速から降りて新湘南バイパスに入ると、再び車の流れは順調となりました。真鶴港に着いたのは午前11時少し前、一時間ほどの遅れとなりましたが、リカバリーは十分に可能です。「魚座」の駐車場からは、海と港と街並みがよく見晴らせました。斜面に沿って統一感のある家々がひしめくように連なっている素敵な街並みでした。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19010616.jpg

 「真鶴町観光協会公式サイト」は"東洋のリビエラ"と表現されていますが、行ったことがないので当否は決めかねます。でも南イタリアのポジターノやアマルフィには規模は劣りますがどことなく似ています。なおこの街並みは、町長や町民のみなさんの努力によって守られてきたことを銘記しておきましょう。公式サイトから引用します。

 1980年代後半のバブル期開発ラッシュの時代。真鶴町にも多くのリゾートマンション開発の波が押し寄せてきました 。これに対し、時の三木町長が真鶴1000年の景観を守るために先頭となって「美」を基準に試行錯誤を重ね、1993 年に制定され、翌年に施工されたのが町独自の条例「美の基準」です。
 これにより多くの開発計画が白紙にもどされました。真鶴町の景観は守られ、今日でも文豪や画家が愛した風景を眺めることができます。

 そして港には美しく飾られた二艘の舟が浮かんでいました。貴船祭りで使われる小早船(こばやぶね)と言うそうですが、ええもん見せてもろた。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19021962.jpg

 せっかくなので、貴船まつりの由来について、後でいただいたパンフレットから転記します。

 今からおよそ1,100年前の夏、真鶴岬の三ツ石の沖合いに毎夜不思議な光が現れ、海面をこうこうと照らしていました。ある日「平井の翁」という人物が磯辺に出てはるか沖を見渡したところ、光を背にした一隻の屋形船が波間に浮かび磯辺に近づいて来るので、船内を調べると、木像12体と「この神をお祀りすれば村の発展がある」と記された書状がありました。そこで翁は村人と力を合わせて社を建て、村の鎮守の神としてお祀りしたのが貴船神社と伝えられています。
 その後、村民の間に深く信仰され、17世紀中ごろには御霊をお移しして港内漁船、石船の祈祷をして回り、また神輿が3年に一度村内を渡御するようになり、現在の貴船まつりの起こりと言える基本形式が生まれました。
 近世以降の真鶴の人々は、生活の基盤を漁業、石材採掘業、石材回漕業などにおいていましたが、当時の漁業、回漕業に使用されていた船は型の小さい帆船が多く、石材業においても現在のような機械の導入がないため、いずれも厳しい自然の中で、常に危険にさらされながらの生活でした。このような日常の苦労が、独自の技術と村落の団結力、そして篤い信仰心を高めていき、これが貴船まつりに結集され、祭りの特色を作ってきました。それらは、祭りに登場する船の構造や進水、操船の方や腕くらべ、力くらべともみられる各行事、また各部組織の結束や祭りに関する厳しいしきたりなど、随所にみられます。
 古来、貴船まつりは「恩返しのまつり」と伝えられてきました。漁業や海運業、石材業界における大漁や安全の祈願とともに、またそれ以上に日常の安泰な活動の営みへの大いなる加護に深い感謝の心を込めて、夏の真鶴の熱気をさらに高めつつ、勇壮・華麗に繰り広げられます。

 その祭りの一端にだけでも触れられたことは幸運でした。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19030394.jpg

 そして「魚座」へ、幸いなことに空いていてすぐに席がとれました。各自の好みで思い思いの品を注文、私はヒラメ・タイ・ハマチの地魚三種丼をいただきました。ま、それなりに美味しかったのですが、実は山ノ神が一部寄贈してくれた肉厚のアジフライの方がはるかに美味でした。これにすればよかったなあ。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19032114.jpg

 食べ終わると時刻は午後12時すこし過ぎ、中川一政美術館を見学しても江之浦測候所の予約時間13:30には十分に間に合います。リカバリー成功。車に十数分ほど乗って美術館に到着。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19033932.jpg

 公式サイトから転記します。

 真鶴町立中川一政美術館は、当真鶴町にアトリエを構え、戦後の日本洋画壇の中心的存在として活躍し、文化勲章も授章された故中川一政画伯が作品を町にご寄贈されたことにより、その業績と芸術を顕彰するべく平成元年3月に開館いたしました。
 真鶴半島自然公園の樹林に包まれ、その恵まれた自然環境の中にある建物は、内部には5つの展示室と茶室があり、平成2年に「第15回吉田五十八賞」(建築設計)、平成10年には「公共建築百選」(旧建設省)に選ばれています。
 美術館に隣接します「お林展望公園」には画伯のアトリエの洋間を生前のままに復元、公開し、画伯の芸術活動を偲ばせるものとなっています。
 当館では、常設展示やテーマ展示、その他展覧会を通して、約80から90点の作品をご紹介しています。油彩のみならず水墨岩彩、書、陶芸、挿画原画、本の装丁等の作品から中川画伯の芸術と、その精神の一端に触れていただければ幸いです。

 小規模ですが充実した展示の美術館で、色と色とがぶつかり溶け合い生きている塊のように迫ってくる彼の絵や、ユニークな造形の陶芸、自由奔放な書を楽しむことができました。彼の言葉です。

 みな画を芸術と思っている。画は芸術ではない。画の中に呼吸し、うごめいているものが芸術なのだ。美術だもの美しくなければいけないといわれた。画はきたなくてもよいのだ。それよりも生きているか死んでいるかが問題だ。そう思ってきた。

 なお彼の希望により美術館内にしつらえた茶室のみ写真撮影が可能でした。広々とした開放的な茶室で、彼の書が床の間に飾られていました。照明は、イサム・ノグチの「あかり」でしょうか。
貴船祭り・中川一政美術館_c0051620_19055189.jpg

by sabasaba13 | 2024-07-31 07:39 | 関東 | Comments(0)
<< 江之浦測候所 1 アイスランド編(20):グトル... >>