『証言と遺言』 : 散歩の変人

『証言と遺言』

 『証言と遺言』(福島菊次郎 DAYS JAPAN)読了。
 硬骨・反骨の写真家、福島菊次郎が2015年9月24日に逝去されました。享年94歳。ご冥福を祈ります。いや、きっと「祈らなくてもいいから闘え」と言われるでしょうね。
 氏のことをはじめて知ったのは『DAYS JAPAN』誌上でした。広島の被爆者、三里塚闘争、ベトナム反戦市民運動、全共闘運動、自衛隊と兵器産業、公害問題など、常に時代と関わりあいながら民衆を撮り続けた方です。その迫力ある写真と真摯なメッセージに圧倒され、さっそく購入した写真集が本書です。残念ながら、その直後に訃報に接しました。
 彼の志は、前書きの「すべての同志に向けて」を読めばわかります。
 「死なない写真」を撮らなければならない。そのためにカメラマンは歴史認識に支えられた撮影者としての基盤を持ち、状況の渦中に飛び込み、問題が続く限りシャッターを切り続け、発表しつづけなければならない。「一枚の写真が国家を動かす」。それは人間の尊厳を守るために、権力に迎合せずシャッターを切り続けたカメラマンだけに与えられた特権である。(p.3)
 氏がプロカメラマンになったきっかけを、写真「広島の被爆者 中村さんの記録」のコメントで語られています。中村さんは広島市内で被爆、全身の火傷は化膿して蛆がわき、髪も抜け落ちました。医療機関が全滅していたため、牛の糞を傷口に塗り、ドクダミ草を煎じて飲み、三か月後には奇跡的に回復しました。しかし奥さんが子宮がんで六人の子を残して死亡。金がないので、ABCC(原爆傷害調査委員会)に遺体を提供して3000円をもらい、やっと葬式をだしました。そして中村さんの原爆症が再発、一家は生活保護に頼って暮らしていきます。以下、引用します。
 ある日、日頃無口な中村さんが、「あんたに頼みがある、聞いてくれんか」と畳に両手をついて泣きながら言った。「ピカにやられてこのザマじゃ、口惜(くや)しうて死んでも死にきれん、あんた、わしの仇をとってくれんか」。予想もしない言葉に驚き「どうして仇をとればいいのですか」と聞いた。
「わしの写真を撮って皆に見てもろうてくれ。ピカに遭うた者がどんなに苦しんでいるか分かってもろうたら成仏できる。頼みます」と僕の手を握った。
「分かりました」と答えた。しかしこの家に写真を撮りにきてもう1年も過ぎたのに、極貧の生活にどうしてもカメラが向けられなかった僕は「本当に写してもいいのですか」と聞き返した。
「遠慮はいらん、何でもみんな写して世界中の人に見てもろうてくださいや」 (p.16)
 その日から福島氏は中村さんの病苦と一家の極貧生活を憑かれたように写します。そして写真集が出版されたのを見て、中村さんは65歳で死亡。氏は撮影のストレスで精神病院に入院し、退院後にプロの写真家になられたそうです。
 その壮絶な写真の数々には言葉も出ません。敷きっぱなしの継ぎはぎだらけの布団。病苦や貧困に耐え切れなくなった時に、その苦しみから逃れるためカミソリで切り裂いた内股の傷跡(※「キチガイだと言われるから写すのはやめてくれ」と懇願されたが、写したそうです) 発作が起こると全身を激しく痙攣させ悶絶、その時の硬直した足先。「頭がわれる、体がちぎれる」と叫びながら体を布団にうずくまる中村さん。「仇をうってくれ」という言葉が重く響きます。
 福島氏は、中村さんという人間の尊厳を守るために、アメリカという国家の行なった暴力と不正を写真によって暴こうとしたのだと思います。同時に、氏の眼差しは日本という国家の暴力と不正にも向けられます。3000万人のアジア人と連合軍、320万人の自国民と兵を犠牲にした侵略戦争、その結果としての原爆投下。しかしその後の日本人は、このヒロシマを「虚構の平和都市」として構築し、被害者意識一辺倒の戦後をつくり、侵略戦争の総括も、戦争責任の追及も放棄して戦争認識を誤らせてしまった。そう氏は批判されています。このあとに続く写真からもそれが感じられました。自衛隊の軍事ショーで愉しげに戦車に乗る家族、昭和天皇在位50周年式典で銀座をねりあるく人たちの屈託のない笑顔、三菱重工業の戦闘機組立工場で働く若者のはちきれんばかりの笑顔。どの写真からも、福島菊次郎氏の「見ろ、考えろ、闘え」という力強いメッセージが響いてきます。
 なお『DAYS JAPAN』の11月号は福島氏の追悼特集ですが、その中で写真家・同誌発行人の広河隆一氏が思い出を語っておられます。祝島の近くで、「折り入って頼みがある」と言われたそうです。
 いよいよ憲法が改憲される事態になったら、自分は焼身自殺という形で抗議するつもりだ。それを撮影してほしい…
 本号から、福島菊次郎氏の言葉をいくつか紹介します。
 問題自体が法を犯したものであれば、報道カメラマンは法を犯してもかまわない。

 憲法9条と自衛隊が同居する、正邪の理非も見失った異常事態がなおも続くなら、僕はこの国の戦後を告発し続けた一人のジャーナリストとしての、自己の良心的所在と尊厳を貫くため、これ以上この国で生きることを拒否する。

 戦争なんて始まらないって、みんな頭のどこかで思っているだろ。だけど、もう始まるよ。

 独りになることを怖れないで。集団の中にいると大切なものが見えなくなる。

 表にでないものを引っぱり出して、たたきつけてやりたい。

 獲物を倒すためには、権力にすり寄り、内臓から食い破ることもある。

 闘え

 本日の一枚、本写真集の掉尾を飾る、福島菊次郎氏の自筆による朱の刻印です。
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by sabasaba13 | 2015-11-25 06:12 | | Comments(0)
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