青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
Nautilus Book Silver Awardsとは
Nautilus Book Award(ノーチラス書籍賞)は、Better books for a better world をキャッチフレーズに、「ポジティブな社会変革を促進する書籍」を奨励し表彰するという趣旨の米国を拠点とする国際的な書籍賞です。審査対象ジャンルは児童書から学術書まで幅広く、本書は学術書のなかでノミネートされました。
評価のポイント
主に3点あります。まず、文化的および超文化的視点から、社会階層、文化の違い、経済的および政治的な分断を越えた多様な立場から持続可能な未来に向けた女性のエンパワメントに係るテーマを探求しているということです。次に、本書がこれまであまり注目されてこなかった地域や層の女性を対象とした研究を所収しているということです。三点目は、女性のエンパワメントにはミクロ、メゾ、マクロのすべてのレベルで持続可能な未来が必要であり、安全、平和、環境への配慮、そして思いやりのあるリーダーシップが前提となると提示しているということです。
トピックを先生と紐解く
末田 清子 教授
国際政治経済学部
国際コミュニケーション学科
立教大学社会学部社会学科卒業。カンザス大学大学院社会学科修士課程修了(MA)。カリフォルニア州立大学大学院スピーチ・コミュニケーション学科修士課程修了(MA)。英国ランカスター大学応用社会学科博士号取得(Ph.D.)。シンクタンク勤務や通訳業務にたずさわった後、在日外資系企業を中心に異文化コミュニケーション・トレーニングを行う。北星学園大学文学部助教授を経て、1998年より青山学院大学国際政治経済学部に奉職している。現在国際コミュニケーション学科教授。青山学院副院長。異文化コミュニケーションを研究領域とし、特に、フェイス(面子)とコミュニケーション、アイデンティティとコミュニケーションをテーマとして研究している。
女性のエンパワメントにはミクロ、メゾ、マクロのすべてのレベルで持続可能な未来が必要
執筆論文は、ある女性がどのように社会関係資本を採り入れてグローバルリーダーになっていったかを分析したもの
どんなに研究手法が多様化・高度化しても、最終的には研究者は自らの見る目を養うことが大切
私が執筆した論文は、Role of Social Capital in Career Development: Empowering a Japanese Woman to Become an Executive at an International Companyという論文です。この論文は、まさに異文化コミュニケーションの申し子と言っても過言ではない、一人のグローバルリーダーの日本人女性を研究協力者(当該研究手法では歴史的構造化ご招待と呼ぶ)として、グローバルリーダーになるまでにどのような経緯を経て、その過程でどのようなSocial Capital (社会関係資本)を採り入れてキャリアを形成したかを分析したものです。
ここでは、質的研究法の代表的なもののひとつであるTEA (Trajectory Equifinality Approach: 複線径路等至性アプローチ)のTEM(Trajectory Equfinality Modeling: 複線径路等至性モデリング)*1 を用いています。この手法の根幹にあるのが、等至性という概念で、この手法において人間は開放システムとして捉えられ、「時間経過の中で歴史的・文化的・社会的な影響を受けて、多様な軌跡を辿りながらもある定常状態に等しく到達する存在」)*2 とされます。つまり、まったく別の場所に、違う軌跡を辿り同じ到達点に達する人は他にもいるということです。よって、少数事例であっても、その軌跡から歴史的、文化的、社会的な影響のなかで、何がその人(たち)を到達点へ進むべく促進し、何が阻害したかを分析できるのです。
私が選出した研究協力者は1940年代後半に生まれ、高等学校で優秀な成績を修めながらも家庭の経済的事情により大学進学をあきらめたYumiさん(仮名)という女性です。Yumiさんは就職後結婚、出産、海外駐在帯同を経たのち、日本にある外資系企業に秘書として就職し、その後同じ会社の取締役になるまでキャリア形成を遂げた方です。また、Yumiさんがキャリア形成を遂げてきたのが、1960年から1990年代で、日本のグローバル化の在り方を見るうえでも大変興味深い研究素材が散りばめられていました。
論文のタイトルからして、「一人の日本人女性が外資系企業でエリートになることに光を当てただけではないか?」や、「それがエンパワメントなのか?」というコメントも得ましたが、Yumiさんの温かい家庭は決して経済的には恵まれたものではありませんでした。しかし、自分とは文化的に違う背景をもつ人たちとコミュニケーションを行い協働することに情熱を注ぎ、出会った人たちとの関わりを大事にし、キャリアを形成していく彼女の姿に、研究協力者としても一人の人としても多くを学びました。世界の共通言語である英語が得意であったばかりでなく、Yumiさんが誰に対しても平らな姿勢でコミュニケーションを行い、人との関わりを大事にしてキャリアを切り拓いたことは、学生たちを指導する私たちに大きな示唆を与えてくれます。
とくにコロナ禍に編集に着手したときは、オンラインのみの授業で、社会関係資本とそれを積極的に活用することの重要性を身をもって感じ、そして社会関係資本をいかに学生に授けるか日々奮闘していました。
*1 安田裕子・滑田明暢・福田茉莉・サトウタツヤ (2015). TEA理論編. 新曜社.
*2 安田裕子(2019). TEA. サトウタツヤ・春日秀朗・神崎真実(編)、質的研究法マッピング, (pp, 16-22). 新曜社.
異文化コミュニケーションという学問は、第二次世界大戦後に世界中に経済進出した米国人が任期を全うすることなく帰国したことからそのような事態を未然に防ぐ目的で行われたトレーニングに端を発したと言っても過言ではありません。
私が二度目の長期米国滞在から帰国した1990年代は日本でもかなりこの学問に対する関心が高揚していました。その頃の異文化コミュニケーション研究は、文化本質主義的なアプローチからの研究が主流でした。つまり、米国 対 日本、日本 対 中国など、文化そのものは本質的に動かしがたい実体があるとするやや静的なアプローチに基づいていました。もちろん、この考え方は初学者をはじめ多くの人たちに広く受容されています。その後、文化は醸成されていくもので、コミュニケーションのプロセスのなかで、個人のもっている多面的な文化的側面のどれが表出されるかが規定されてくるという文化構成主義的なアプローチからの研究もみられるようになりました。
また、文化というのは、ある行動パターンを共有する人々の集団をさすものですが、時代とともにその指し示す範囲は広くなってきています。国籍、民族、組織、ジェンダー、身体能力、性的指向等様々な文化が私たちの目の前にあります。
1980年代後半に私が米国で夢中になって勉強したこの領域の科目は、実は本拠地の米国で他の科目(例:SNS上のコミュニケーション)に置き換わっている様子も窺い知っています。SNS上のコミュニケーションも大変重要ですが、戦争や紛争が絶えないなかで、文化的背景が違う他者とリアルな社会でどのようにコミュニケーションするかを学ぶことは大変重要なことです。
微力ながら、私も編著者として本書の出版に関わることができ、またこのような賞を頂戴することができて大変光栄に思います。ですが、今後の課題も少なくありません。本書は、これまであまり注目されてこなかった地域の女性を対象とした研究を所収していますが、女性のエンパワメントの一端に光を当てたにすぎません。エンパワメントとは抑圧された人々が本来の力を取り戻すことを意味しますが、ミクロなレベルのエンパワメントが別のレベルでエンパワメントにつながっていないこともあります。また、あるグループが包摂されることで、別のグループが排除される危機感や不安感をもつことも多々あります。
誰も取り残さないようにつながりの輪を拡げていくには、社会のシステム自体を変えていく必要があります。社会のシステム自体が持続可能なものに変わらなければ本当の意味でのエンパワメントにはならないことも忘れてはならないと思います。
本書の編集はコロナ禍であったこともあり、様々な国の編者たちとオンライン上で打ち合わせを行い達成しました。時間調整をするだけでも困難を極めました。それに追い打ちをかけるように、出版社の編集担当者が私たちに何も知らせることなく、退社してしまったことで、編集がなかなか進まないこともありました。また私は2020年2月から代行を経て2024年3月まで国際政治経済学部長を務めさせていただきました。そのため、学部運営や校務と研究活動の両立には大変な努力が強いられました。
私はこれまで質的研究法により研究を進めてきました。タイパ、つまりtime performance(時間効率)ということばがこの頃流行っているようですが、まさにタイパという観点からは質的研究法は程遠いといえるでしょう。量的研究法は、仮説検証を行うためのものです。それに対して、ごく限られた質的研究法(例:グラウンデッドセオリーアプローチなど)は仮説構築と検証を両方行いますが、ほとんどの質的研究法は仮説構築を行います。仮説を構築するからには、着眼点と発想が大事です。ゆっくりとデータにひとつひとつ向き合うことから発想が生まれてくることがあります。また、インスピレーションが沸き出て、とっさにデータのまとまりの名前が思い浮かんだりもします。
最近は音声からワード文書に簡単に出力できますし、コード化するソフトは多種多様です。質的研究法自体も、私が大学院生の頃と比べるとその手法の数がかなり多くなりました。しかし、残念ながら道具が高度化したからといって、その高度化した道具を使えば分析力がつくわけではありません。研究目的に合った研究アプローチと研究手法を用いて、自らの見る目を養うことが大事だと恩師からご指導を受けました。同じメッセージを後続の研究者や学生の皆さんにお伝えしたいと思います。
現在、医療や製造業など他分野の方々からお声がけいただき、課題解決型の研究(アクション・リサーチ)の一種に携わらせていただいています。たとえば、どのようにすればオープンな組織文化が醸成されるかについてワークショップをしたりしています。オープンなコミュニケーションはオープンな文化に宿ります。逆にオープンなコミュニケーションを行うことでオープンな文化を醸成することができます。これまで積み重ねてきた研究の一端や授業で学生と一緒に考えてきたことが活かされていくことに大きな喜びを感じています。
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