青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
研究のポイント
希土類を使った光る材料の開発や光る仕組みの解明を長年にわたって行っていく中で、希土類に結合させる分子の形を螺旋状にしたことをきっかけとして、光が円を描きながら進んだり、生体にも安全な光る薬剤になったり、螺旋を繋げて耐熱性を著しく向上させられるなど、さまざまな性質を自在に発現できました。これらは数多くの実験で実証しただけでなく、希土類の理論科学や計算化学などの分野の発展にも寄与する分子モデルとしても注目されています。
受賞の背景
希土類に螺旋状の分子を巻きつけることで錯体の分子としての安定性と発光の機能を保持すると同時に、多様な性質の実現を果たし多くの論文で世界に向けて発信、高い評価を受けてきた一連の研究実績に対して、優れた研究成果して認められ受賞に至りました。
トピックを先生と紐解く
長谷川 美貴 教授
理工学部 化学・生命科学科
青山学院大学 理工学部 化学科卒業、同大学院 理工学研究科 化学専攻 博士後期課程修了。1998年4月に青山学院大学 理工学部化学科(当時)助手として着任。以降、本学一筋で教育者として後進を育成しながら研究に従事。2011年4月から教授。専門分野は錯体化学、光化学、界面・コロイド化学、溶液化学など。希土類(レアアース)を光らせる分子をつくること、発光の原理を明らかにすることを目的に29年間希土類の研究に励んでいる。
長年にわたって希土類を光らせる分子の開発とその機能解明に関わる研究に従事
多様な機能に発展しうる分子モデルを、らせん構造をカギに実現
一連の研究実績が高く評価され、日本希土類学会の最も権威ある賞「希土類学会賞(塩川賞)」を受賞
日本希土類学会賞(塩川賞)は、希土類学会の中でも優れた研究を行った会員に贈られる賞です。今回の受賞は本当に光栄で、一生に一度あるかないかの機会だと感じています。以前、若手研究者に贈られる「日本希土類学会奨励賞(足立賞)」をいただいた経緯もあり、ある意味希土類錯体研究へのモチベーションも上げていただいた恩も感じていましたので、ダブルで受賞できたことに非常に喜んでいるとともに、背筋が伸びる思いです。
私の研究領域は基礎研究にあたる分野で、すぐに実用的な技術を開発するといったものではありません。それよりも、自然界の仕組みを明らかにしていきたいという思いでずっと続けてきました。特に私の場合は、分子の中でのエネルギー移動の仕組みをどう明らかにするかという点に注目して、それを調べるには希土類が非常に便利な研究対象だったということがあります。
希土類を扱うことで、そのものの性質がわかることも価値のあることですが、さらに分子の中のエネルギーのあり方についても明らかにしていくことができる。まさに一石二鳥も三鳥もあるような研究対象としての魅力を感じています。しかも研究初期に、どのぐらいの研究者がこの領域を研究しているのかと調べてみたら、意外と数が絞られているというのがわかって、いつも人と違うことに挑戦することが大学研究者としての醍醐味だと思っている私にとって、「これはチャンスだ!」と感じました。
特に、希土類を用いた分子の結合は非常にフレキシブルでファジー(あいまい)な世界で、そのぼんやりしたものに「コントロールさせられるだろうか?!」と、研究者魂に火がついて、今に至った感じです。
錯体は金属イオンが有機分子や他のイオンに取り囲まれた化合物のことで、有機化学でも無機化学でもなく錯体化学という分野に属します。私はこの金属部分に希土類(レアアース)を用いて研究しています。希土類は、17種類ある金属元素群で、鉱山資源から抽出することが難しいために、その性質の解明には未知の部分が多く残っています。今回、受賞したのは、金属イオンと直接結合できる部分(ツメ)を6ヵ所持った長細い有機分子を「腹巻き」に見立てて、コロコロした希土類イオンに巻き付けたような構造をした螺旋型錯体を作成して、錯体の発光機能に関する研究を行ってきた一連の研究が対象となっています。金属イオンと有機分子が結合する様子が、カニのはさみに真珠を持たせたようなイメージで、ギリシャ語の「カニのツメ」=「キレート」と古くからよばれます。ここでも結合部分は「ツメ」としてお話ししますね。
希土類を発光させるには有機分子と結合していることが条件の一つとして必要になるのですが、腹巻きの6ヵ所のツメで1個の希土類イオンと結合しているために分解しにくい錯体を作ることができました。それによって水中で活躍したり、シャボン玉のような界面活性を示したりするなど、ただ光るだけではなく、多岐にわたる機能を発揮しやすくすることもできました。これらのコンセプトを実験で実現して、多くの論文として世界に発信してきた集大成が受賞に至りました。
希土類イオンの周りに有機分子を腹巻きのような形で螺旋状にすることで、鎖のようにつなげた状態で紐(一次元)のようにも使うことができるし、膜(二次元)としても使えるようになりました。組み合わせてさまざまな建物や乗り物を作れるおもちゃのように、狙いに合わせて分子をいろいろな形で組み立てて特性を発揮させることができるようになったのです。このような希土類錯体のユニットはこれまで系統的に扱われていませんでしたので、私はこの螺旋状の希土類錯体を「レアアースエレメンツ」と呼んでいます。
「レアアースエレメンツ」の特徴として、もう一つ注目していただきたいのは、腹巻きがぐるっと希土類を包囲しているのではなく、途中で途切れている点です。こうして途切れていることで媒質に溶けやすくなるんですね。溶けやすい上に、この構造を保ち、安定な状態のままでいられるので、先ほどのような性質や次元性の制御が容易にでき、さまざまな活躍の可能性が広がりました。光機能と分子構造を安定させるのは非常に苦労が多く、構造を発案してから論文になるまでに10年以上、発想から計画を立てて実験を始めた期間まで入れると12年ぐらいかかっています。本当に、もう、明るく忍耐力と戦うしかありません。
途中であきらめようということはありませんでしたね。あきらめるという選択肢も思ったことはありませんでした。それはこの研究領域で一番になるぞとか、世界を驚かせるぞという感じとも違って、これまで誰もやっていないことだからこそ挑戦してみたい。世界で初めてコンセプトを実験で実証するぞという気持ちを大事にしたいという感覚です。誰も成し遂げていないことを最初にやるというのが楽しくて、これはもっと安定性を高められるぞ、もっといろいろなところで使えるような構造になるぞということを、ひたすら試行錯誤を繰り返しての毎日でした。私たちの初めの螺旋型希土類錯体の論文が発表されてから、その想いは今も変わりません。
この分子設計は、実はある失敗からたどり着いたものなのですよ。希土類が発光する仕組みは、紫外線を可視領域に換えることで発生するものなので、実験は紫外線下で行います。しかし、以前用いていた希土類錯体は緩やかな紫外線ランプの光線では安定でしたが、詳しくスペクトルを解釈するときに使う紫外線レーザーの光で壊れてしまい、データも物質も議論できるような状態でなくなってしまったのです。このような経験から、レーザー光でも壊れない分子の必要性に気づき、開発に取り組んだのです。
考え方としてはシンプルで、海で泳いでいる子供が波に流されないようにするには、片手でつながっているよりも両手でつながっている方が流されにくくなって安定しますよね。それと同じで、分子もたくさん手をつけてつないでいけば安定しやすくなる。それが先ほどのカニのツメ「キレート」効果効果として100年も前から知られている原理です。この原理を活用して、できるだけつなぐ場所を増やして分子も発光機能も安定化しようと考えました。
更に、希土類が紫外線のエネルギーを受け取って可視光に変換するにはエネルギーの「受け皿」が必要で、このお皿が希土類の種類によって決まっている。たとえばユウロピウム(Eu)という希土類だと、赤に光るお皿しか持っていないわけです。つなぐ場所を増やして安定化させていくと、一つひとつの「お皿」が受け取るエネルギーが低下してしまい、赤に光るよりも弱いエネルギーしか受け取れなくなってしまうという問題が発生しました。そこで私たちはエネルギーのキャッチボールがうまくできつつ、安定した構造を得られるようなつなぎ方を工夫しました。当時、助教だった大津英揮博士(現在、富山大学准教授)の合成の技術のおかげもあり、私のコンセプトを具現化できました。すなわち、希土類錯体の安定性を維持しながらエネルギーのキャッチボールができる構造にたどり着いていったのです。こうした試行錯誤を重ねたからこそ、時間もかかりましたが、独創性の高いものにつながったのだろうと思います。
先ほどお話した腹巻きの切れ目もそうですし、ツメの個数もそうですが、闇雲にやって偶然そこに行き着いたというわけではありません。行き当たりばったりではなく、原理に基づいて考えていって、仮説を設定し、それを確認していくということが好きです。今回も長年研究を続けて学んできた成果です。一つ一つ原理に基づいて大胆に設計し、実験を繰り返し、結果を検証し、さらに分子設計にふりかえり修正と実験することを繰り返し、期待していた成果に着地したということだと思います。このような研究は分子設計による材料開拓と原理解明に位置付けられます。ここでは特に「キレート」効果の組み込みがコンセプトを実現するための大きな要素でした。各段階の実験は、積み重ねた知識や細かい成果や失敗を基盤に分子設計に反映させ、望む成果に向けてよりよい道筋を構築しておくことが理想ですね。画期的な分子構造を生み出せたことで、国内だけではなく国外の研究者の方からも、お会いすると「あなたの論文、知ってますよ」、「そう来たか!と思いましたよ!」などの嬉しいお声がけを今でもいただきます。粘り強く研究を重ね、学生たちとともにこの分子を変形させた系を数多く合成した結果、論文の数が多くなり大渋滞を起こすほどでしたが(笑)、初めの一報を2014年に英国王立化学会から華々しく発表することができ、その後も勢いよく、どんどんと誘導体の新たな発光現象の論文を発表することができ、国内外の共同研究、共著論文にも拍車がかかっていきました。
今後はさらにまだわかっていないパーツの機能に着目し、発光機能の多様化や分子の”Construction”(建築)を試み、新たな光機能を有する分子材料の開拓を続けたいと思っています。私自身、科学的根拠に基づき自身が積み上げてきた知見の中で発生した課題を突き詰めてここまで来ました。学生の皆さんにも自分の興味あることをとことん突き詰めて楽しんでほしいと思っています。その過程で得たスキルは、仮にそこで大きな成果とならなくても、他の課題に取り組むときにも必ず役立ちます。大変なこと、うまくいかないことはありますが、無駄になる経験は一つもありません。ぜひ、目的に到達するために、希望を持ち続けて明るく進んでいっていただきたいと思います。