go!go!vanillas『Lab.』全曲レビュー:ジャンルの混交と抜群のキャッチーさ、音楽実験の果てに生まれたアルバム
とんでもないアルバムが届いた。go!go!vanillasがオリジナルとしては7作目かつIRORI Records移籍第一弾、さらには事務所独立後初のアルバム『Lab.』をリリースした。本作には移籍第一弾シングルでロンドンレコーディングによる「SHAKE」をはじめ、配信シングル「平安」「来来来」「Persona」と新曲6曲のトータル10曲を収録。モダナイズされたジャズファンクやインディポップ、The Beatlesへのオマージュなど多彩な側面を持ち込みつつ、各々の楽曲に複数のジャンル感が混交し、2024年に日本語のロックが果たしうる可能性も突き詰めた成果が鳴っている。
そして大事なのはどの楽曲も極めてキャッチーであるということ。今回、これまでも配信シングルの楽曲を手掛けてきた小森雅仁、渡辺省二郎、illicit tsuboiに加え、藤井 風やimaseらを手がける飯場大志、サカナクションのマニピュレーターでもある浦本雅史という複数のミックスエンジニアが参加。楽曲の最適解をバンドとともに模索したことも大きな要因だろう。試行を重ねる実験室としてのLab.(ラボ)、そしてファンへの愛=Loveをこめた10曲を聴いていこう。
1.Lab.
アルバムのオーバーチュアは世界を駆け巡るジェットセッターの如き慌ただしい幕開け。60年代のスパイ映画めいたロックンロールに始まり、オリエンタリズム漂うショーミュージックからビッグバンドジャズに至り、しかもビートは生音ブレイクビーツへと自在に変化。あらゆるジャンルやシーンを飲み込んだ“バニラズ研究所”での音楽実験の始まりを告げる1曲。
2.HIBITANTAN
実質的なアルバム1曲目、牧達弥(Vo/Gt)のボーカルディレクションと実際の歌唱の天才っぷりに度肝を抜かれた。洗練されたソウルフレーバー、共作者である井上惇志のピアノリフに乗せられていくというポップミュージックの定石を打ちながら、「SHAKE」からタッグを組んでいるミックスエンジニア小森雅仁のビートに関するクリティカルな音作りが、聴いたことがあるようでない曲の全体像を決定している。人間の肩身が狭くなる一方の今、本当にそうなんだろうか? と、見事なライミングやファルセットを乗りこなす牧の歌やバンドのアンサンブルが疑問を呈する。
3.クロスロオオオード
「クロスロード・ブルース」といえば、かのロバート・ジョンソン。四辻で出会った悪魔に魂を売ってギターの腕を上達させたという逸話は有名だが、バニラズは21世紀の今、悪魔に魂は売らず、自分の腕で生きていくと歌う。悪魔と青年のパートを分け、一人称を限定せず物語調に着地させたのはなんとも巧い。曲想やスライドギターにブルースへのリスペクトを残しつつ、アウトロに向かってスラップスティックな趣きを増すのもユーモラス。
4.来来来
移籍第三弾シングルであり、シングルリリース時も強烈なインパクトをもたらしたナンバーだが、アルバムにあっては序盤から加速してきたスピードに重いギアでも走れる胆力のようなものを加えていく。宣誓の狼煙めいた単音リフから雪崩こむArctic Monkeysを彷彿させるソリッドな三連リフ。そもそも緊迫したマイナーチューンというのが肝心なところで切ってきたカードのような緊張感を際立たせる。さらに、エレクトロやゲームミュージック的なアレンジも加えて秩序もモラルも崩壊寸前、蟻地獄のような現代を浮かび上がらせるのだ。しかし、そんな今をこの曲の主人公は足掻いてでも生きる。また、ヴァースとサビは牧、ブリッジは柳沢進太郎(Gt)が担当して畳み掛ける2トップ感も強力。
5.SHAKE
鮮やかにバニラズの新章を彩った、移籍第一弾にしてロンドンレコーディング楽曲。なにしろ音像とアレンジで景色がどんどん変わっていくスリルに胸がすく。ビリー・ジョエルもかくやなジャジーなピアノのイントロから〈SHAKE〉の一言でカーテンを開ける、Vulfpeckを想起させるグルーヴへ。特にメロディアスに動くベースは長谷川プリティ敬祐(Ba)の新境地。サビそのもののキャッチーさも去ることながら、サビへジャンプする管楽器のアレンジは思わず心拍が上がる細かい技も(個人的にはUnited Future Organizationの「LOUD MINORITY」が引用しているミシェル・ルグラン「la pasionaria」を想起した)。牧独自の押韻とフロウも冴えに冴え、ディストピアでもランデブー、いや、ディストピアだからこそランデブーは不可欠、そんな気分になる。