中国語圏における村上春樹作品の受容のされ方について論じた本。昨年三月のシンポジウムで、著者の藤井省三氏が「現在『二十世紀東アジア文学史における村上春樹』という国際共同研究が進行中」とおっしゃっていたが、そのまとめの第一弾が出たということだろうか。
日本での出版からほどなくして、台湾→香港→上海→北京と時計回りに進む翻訳出版。両岸三地それぞれの歴史に絡んだ村上春樹論はとても興味深かった。けれど、村上作品が現地で獲得した読者、なかでも若者世代の受容のしかたをすべて同時代史や社会現象に重ねるのは、ところどころに無理があるのではないかなあとも思った。みんながみんな、そこまで合目的的に読書するとは限らないもの。
それはさておき、この本でいちばんおもしろかったのは「にぎやかな翻訳の森」と銘打たれた、村上作品の翻訳者たちと、その翻訳手法の比較研究だ。特に台湾の褚明珠氏と大陸の林少華氏のあまりの違いは、ちょっと心穏やかでいられなくなるほど。心が騒ぐ原因は、申し訳ないけれど林氏の姿勢にある。
藤井氏はやんわりと批判する程度にとどめているけれど、林氏の発する「中国語は世界で最も美しい言語の一つ」だとか、「世界で最も装飾美に富む言語」などというセリフにはちょっと驚いた*1。う〜む、翻訳者の発言とは思えない。
私だって何も「世界中のあらゆる言語はそれぞれに美しい」などと『世界に一つだけの花』みたいな世迷い言を並べる気はないけれど、林氏の発言や中国語の美しさに絶対的な価値を置くその翻訳手法からは、単なる母語への愛情や自負心とは違う、どこか狭量で「イデオロギッシュ」なものを感じた。
*1:一部の引用だから、前後の文脈をも読むべきだけれど。巻末に付された出典一覧に従って原文を読んでみたい。