No.084
“一生涯の仕事”に就くために、18年間勤めた会社を退職。大好きな「やちむん」の魅力を伝えるカフェを営もうと、再進学を決めた。
器とカフェ あいいろ オーナーシェフ
家本愛さん
profile.
大阪府出身。大学卒業後の1997年4月、旅行会社に就職。18年間の勤務を経て退職し、2015年4月、エコール 辻󠄀 大阪の辻󠄀カフェフード・スイーツマスターカレッジ(現・辻󠄀カフェ&パティスリーマスターカレッジ)に再進学。2016年3月に卒業後、姉・紀(かなめ)さんとともに飲食店でアルバイトをしながら開業準備を進め、同年12月、大阪・帝塚山に『器とカフェ あいいろ』をオープン。
access_time 2019.02.08
楽しいが、一生涯の仕事ではない。社歴を重ね、人生を見つめ直した。
「学生時代には、まだ進みたい分野が見つかっていなかったんですよ。大学卒業後、旅行会社に就職したのも、旅行に興味があったというよりも、会社自体がベンチャーで面白そうだったからなんですが、働いてみると成長過程に携われてやりがいがありました」
1997年、発展途上だった旅行会社に就職した家本愛さん。カウンターセールスを5年ほど経験したあとは、アジアンビーチのパッケージツアーを企画することになった。バリ島、タイ、マレーシア…頻繁に出張へ行き、ツアー内容を考えてパンフレットを作成。毎日がめまぐるしくも充実していた。
旅行会社時代のバケーション サムイ島にて
「今でこそ大手企業になりましたが、当時はゼロからつくりあげることばかり。始発で行って終電で帰る生活が続き、大変でしたが楽しかったです。社歴を重ねても面白かったんですが、18年間、いくつかの部署で勤め、もうやり切ったなという思いもあって…一生は続けられないなと。この先のことを考え、次のステップに進む頃だと感じたんです」
店内にディスプレイされた「やちむん」
大好きな「やちむん」の魅力を伝えるために、飲食業へと転身。
「一生涯の仕事」をイメージしたとき、真っ先に浮かんだのが沖縄だった。休暇の際、姉の紀(かなめ)さんと一緒に初めて行った宮古島に魅了され、以降、休みのたびに沖縄へ。せっかく転身するなら、現地と関われる仕事がやりたいと考えた。
「沖縄の海と空と星にはまったんですよね。初めてやったシュノーケリングに感動して、以来、沖縄旅行が楽しみで仕方がありませんでした」
通っている間に好きになったのが、「やちむん」と呼ばれる沖縄の焼き物。厚みのある素朴な風合いや独特な色合い、作家ごとに違う独創性に惹かれていった。
「『やちむん』の販売に携われたら、大好きな沖縄へ仕事で行けるなと思ったんです。だけどせっかくなら、実際に使ってからその魅力を紹介し、お客様にも使ってみてもらって好きになってほしい。だったら提供するメニューに器を使うカフェを開こうと姉に提案してみたところ、一緒にやろうということになったんです」
姉の紀(かなめ)さん(右)
結婚を機に退職したアクセサリー会社でアルバイトを続けていた紀さんもまた、次の展開を考えているところだった。開業するにあたり、愛さんがキッチン、紀さんがホールや物販の管理などを担当することに。そのために選んだのが、専門学校へ再進学する道だった。
カフェを開くのに必要なスキルが幅広く学べた、濃密な1年間。
「プロなのかアマチュアなのかわからない状態で料理やお菓子を提供し、お金をもらうのは嫌だったので、ちゃんと専門学校へ行って勉強してから開業しようと。自分の好みでつくる料理は、自分ではおいしく感じますが、何が正しいかはわかりません。仕事にするからには、おいしさの基準を知ってから自分なりにアレンジしたいなと考えました」
エコール 辻󠄀 大阪時代
進学先に選んだのは、辻󠄀調グループのエコール 辻󠄀 大阪。なかでも幅広い技術と独立開業のノウハウが磨ける、辻󠄀カフェフード・スイーツマスターカレッジ(現:辻󠄀カフェ&パティスリーマスターカレッジ)を志望した。
「幼い頃からテレビなどで受けていた印象に加え、カフェを開くための知識や技術が身につくとわかり、通学も便利だったので、ここしかないなと思ったんです。フランス料理、イタリア料理、日本料理、エスニック料理、スイーツ、パン、ドリンク…カフェを開くのに必要な技術の授業に加え、自分のお店を開くには何から始めればいいのかなども教えてもらえる、とても濃密な1年間でした」
ビジネス的な授業が、物件探しや融資の申請など開業準備に役立った。
卒業後すぐに開業しようと、在学中から準備を進めていた。物件は自身や紀さんの自宅近くで探していたが、良いところが見つからないまま卒業を迎える。飲食店でアルバイトをしながら物件探しを継続し、大阪市の南部、昔からの住宅街である帝塚山に空き店舗を見つけた。
「在学中はビジネス的な授業も多かったんですよ。出店場所を探すのにも、そのエリアに住む人たちの数や年齢層、生活様式などのデータをとるべきだと聞いていたので、慎重に探しました」
「担当の先生にメールで相談させてもらったこともあったんですが、丁寧に教えていただけて…。資金計画の方法も詳しく学べ、役立ちました。アルバイト先の飲食店では、仕込みの勉強をさせてもらったんですが、テーブルや椅子の高さや広さ、厨房機器の配置なども参考にさせてもらいました」
予算を抑えるため、家具のセレクトやオーダーもすべて2人で担当。美術系の大学を卒業し、店舗マネジメントなども経験してきた紀さんが主体となり、イメージが形となっていった。
今まで出会わなかったような人たちと知り合えるのも飲食業の醍醐味。
卒業した年の2016年12月、阪堺電車「帝塚山三丁目」停留所の前に『器とカフェ あいいろ』をオープン。沖縄へ行って買い付けた「やちむん」の器でスイーツや料理が楽しめるカフェ兼「やちむん」のショップとして、徐々に親しまれていく。
「仕入れる器は、実際に自分たちで使ってみて良かったものだけを厳選しています。そうすることで、器の丈夫さや扱い方、合わせる料理や用途の提案など、自信をもってお伝えできますから。最初は取引に乗り気じゃなかった窯元さんが、ディスプレイや盛り付けの写真をご覧になって喜んでくださると、すごくうれしい。窯元を訪ねると、器同様、個性的な人が多く、その出会いも楽しいです。お客様にも、作者の方の魅力やその想いもあわせて紹介できますからね」
場所柄、地元の方はもちろん、停留所から見かけて立ち寄ったという人も少なくない。窓際の席で電車の様子を楽しむお客様も多いという。
「天王寺駅前から住吉大社さんへ行く途中の駅でもあるので、お正月には初詣の帰りに寄ってくださったお客様でにぎわいました。旅行会社のときは、ある程度、接するお客様の層は限られていたんですが、飲食は間口が広い。食事やお茶をしに来られた方はもちろん、カフェ巡りや気分転換、スタッフと話をしに来られた方、インスタグラムを見て来られた方など、器の販売だけしていても出会えなかったような人たちと知り合えるのも醍醐味です」
使い心地を実感してから器を購入される方も多く、やりがいを感じる。
ご年配の方が多いエリアだったこともあり、オープン当初は洋食がメインだったランチを和食寄りに変えてみたところ、リピーターの来店回数がアップ。30品目以上の旬食材を使った週替わりの健康ランチとして評判が高まっている。
「旬野菜たっぷりのあいいろランチ」
「器を紹介するために小鉢をいっぱい使いたい想いもあり、今のスタイルに落ち着きました。お膳をお持ちすると声に出して喜んでいただけることが多くてうれしいです。実際、使い心地を実感してから器を購入してくださる方も多く、やりがいを感じます」
「シナモン香るリンゴのキャラメリゼフレンチトースト」
カフェメニューは多彩なフレンチトーストをメインに考案。ケーキ類も最初は、自信のあったシフォンケーキのみで始めたが、お客様からのリクエストを受け、チーズケーキにもチャレンジすることに。
「すると上火のないガスオーブンだったこともあって、うまく焼けなかったんですよね。そこで専門学校でお世話になった三木(敏彦)先生に相談して助言通りやってみたところ、めちゃくちゃキレイにできたんですよ(笑)。以来、おかげさまで人気のメニューになりました」
現在はガトーショコラやバナナパウンドケーキもラインアップ。冬には要望のあったぜんざいも始め、喜ばれている。
「幅広く学べたことに加え、いつでも相談できる先生と出会えたことが、本当に財産です。実習もとても近い距離で教えてもらえ、質問しやすかったですし。今も調理をしていると、アドバイスと一緒に、先生の顔が浮かんできます」
「おいしかった」と言われるとうれしく、さらに上をめざしたくなる。
もともとの目的は「やちむん」の販売だったが、リピーターが増えるにつれ、料理に対する想いも変わってきたという。
「『おいしかった』と言われるのって、ものすごくうれしいし、『もっとおいしいものをつくりたい』という欲が出てくるんですよね(笑)。もともと飲食に興味はなかったので、言葉の威力は想像以上でした」
学生時代に最高の食材を食べ比べさせてもらい、「おいしい」の基準がわかったことは、やはり現在の基盤になっていると振り返る家本さん。
「お客様に出す以上、きちんと“味を決める”技術と工程が必要なんだと学べました。辻󠄀調に通って本当に良かったと実感しています。仕事を辞めて学校へ通うのって、とても大きな決断です。だけど始めなければ、何も変わりません。やりたいことが見つかったのなら、少しでも早く動いたほうが可能性も広がるはず。自分がやりたい目標が決まったタイミングで思い切って決断をして、機会を逃さないでほしいと思います」
エコール 辻󠄀 大阪
辻󠄀カフェ&パティスリーマスターカレッジ
(現:辻󠄀調理師専門学校)
お菓子も、ドリンクも、料理も。カフェのすべてを本格的に学びとる。
スイーツ、パン、ドリンクから、西洋料理、エスニックまで。
おいしさで魅了するカフェをめざし、幅広い技術と総合力を養う。
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