カルチャー
唯一無二の“色”を生み出した銅版画家の軌跡を目撃しに『ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション』へ。
東京五十音散策 水天宮前①
2024年10月8日
東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「す」は水天宮前へ。
半蔵門線・水天宮駅付近を歩く。日本橋川と隅田川が交差するエリアであり、昔から舟の運搬によって産業が発展してきた地域でもある。『カゴメ』や『ミツカン』の東京支社などの企業が軒を連ね、特に食品会社が多い印象だ。『ヤマサ醤油株式会社』の東京支社も発見。また、すぐそばには「ヤマサ醤油」の醤油倉庫をリノベーションし開設した美術館『ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション』がある。
「ヤマサ醤油」と芸術文化の繋がりは深い。5代目社長・濱口儀兵衛は南画家(中国絵画の「南宗画」を日本的に解釈した画)として江戸後期に活躍した一人。7代目社長は小泉八雲の作品「A Living God(稲むらの火)」の主人公・五兵衛のモデルとして登場する。「醤油王」と呼ばれたヤマサ醤油の第10代目社長も南画の収集家であり、自らも南画を学んだ人だったんだとか。
そしてそんな「醤油王」の三男こそが、この美術館『ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション』で取り扱われている浜口陽三だ。浜口は銅版画家として国内外問わず人気を博し、特に「カラーメゾチント」と呼ばれる独特の版画技法を発明したとして知られ、2000年に逝去しても、今でも愛され続ける作家の一人だ。
1928年、東京美術学校(現・東京藝術大学)で彫刻科塑造部に入学した浜口。アカデミック教育への反発と、画家・梅原龍三郎の助言から約2年で退学し、30年にパリへ渡仏する。といっても、藤田嗣治やモディリアーニらによる華やかな「エコール・ド・パリ」の時代が、恐慌の影響で終焉を迎えつつあった頃だ。第二次大戦を挟み、53年に再び渡仏した頃、ひたむきに独学で研鑽し続けた銅版の高度な技術と、水墨、水彩、油彩などから得た幅広い知見と探究心を持ってして、ついに「カラーメゾチント」の技法へと辿り着くのである。繊細で静謐な作風は、パリにも日本にも囚われない独自の情緒をもち、他の追随を許さないほど高く評価されている。
ではこの「カラーメゾチント」とはなんぞや、というのが現在開催中の開館25周年企画展「黒の中の色彩-カラーメゾチントを探る」でも詳細に扱われている。「メゾチント」とはそもそも「中間階調」を表す言葉。銅板に傷(めくり)をつけることで、その部分が黒く刷り上がり、薄い黒から濃い黒のグラデーションを表現できる技法だ。浜口が生み出したカラーメゾチントでは、黄版、赤版、青版、黒版のメゾチント4版を用いて、最小限の色数ですべての色彩を表現可能とした。現代でいうと、『Illustrator』や『Photoshop』などのソフトウェアのレイヤーを重ねる作業を浮かべると想像しやすいかもしれない。
そんな4枚の原版を見ると、それぞれが肉眼でも観測が難しいほど緻密に削られ、薄く揺らぎのある線でその画面が構成されていた。この途方もない作業によって浜口独自のやわらかな空気感が生み出され、「誰も見たことがない色合い」をこの世に刻んだのだ。
とんでもない時間と労力をかけ、モノクロの世界にカラーを持ち込んだ浜口だが、制作する作品に合わせて版の作り方までも変えており、そのこだわりぶりにも驚嘆する。ひたすらに芸術表現を追求する作家の生き様が刻まれた作品は、唯一無二の輝きを放つ。そんな懐深い作品との、これまた唯一無二の出会いがここにあるのだ。
インフォメーション
ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
館は今年で25周年を迎える。浜口陽三はフランスとアメリカで人生の大半を過ごし、96年に日本に帰国した。98年の美術館の設立時、車椅子で訪れた際には「画家として最高の褒美をもらったような喜び」と表現したんだとか。パートナーの南桂子も版画家だ。少女・鳥・樹木などを題材とした叙情的で繊細な「銅版詩」を描く作家として知られ、谷川俊太郎やオスカー・ワイルドの著作の表紙画にも使用され、国際的にも幅広く評価される作家の一人だ。
◯東京都中央区日本橋蛎殻町1-35-7 ☎︎03・3665・0251 11:00〜17:00(土、日、祝日は10:00〜) 月、年末年始、夏期、展示替え及び特別整理期間・休
Official Website
https://www.yamasa.com/musee/
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