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カルチャー

発酵文化芸術祭は「発酵」する。

「発酵文化芸術祭 金沢―みえないものを感じる旅へ―」12月8日(日)まで開催中。

2024年12月3日

text: Ryoma Uchida

味噌、麹、納豆、漬物など、ここ日本でも馴染みある発酵食品。近年は栄養の面でもスーパーフードとして人気が高まっているのは周知の通り。食品を保存するための古来からの技術である「発酵」だが、単なる食のトレンドを超えた生活と密接な文化であるーーそんな視点から発酵を眺め、楽しみ、味わうのが「発酵文化芸術祭」だ。

アートと発酵文化、そしてまち歩きが結びついた、この新たな「文化芸術祭」の舞台となるのは石川県金沢市とその周辺エリア。カブにブリを挟み、糀で漬け込んだ「かぶらずし」やフグの卵巣を糠に漬け込み解毒する「ふぐのこ」など、海の文化が育んだ独自の発酵文化が根付く街であり、創業数百年の醸造蔵が数多くある歴史が発酵したエリアだ。そんな金沢市内外の美術館や醸造蔵、発酵にゆかりある地域にて様々なインスタレーション作品が展示される。

こちらがエリアマップ。

チェックインは開館20周年を迎えた金沢21世紀美術館から。美術館「プロジェクト工房」では、石川の発酵文化を紹介するパネルや映像などを展示。街歩きの情報を手に入れるインフォメーションセンターの機能も兼ねているから、ここで発酵の知識や石川の歴史に触れつつ、ガイドブックで飲み歩き情報も調べておけば、準備はバッチリ。

金沢21世紀美術館「プロジェクト工房」の展示風景

金沢は今や海外からのお客さんも賑わう一大観光地。しかし、ちょっと路地裏に入ると、クラシックな醸造蔵が今でも営業をしている、歴史が息づく街だ。芸術祭ではこうした地域の醸造蔵で、醸造家とアーティストが手を組んで発酵をテーマに制作した作品を展示している。

例えば、野町・弥生エリアの酒屋『中初商店』は、無添加と品質本位にこだわった「天祐醤油」の蔵をもつ。築200年の店内の建築もみどころだ。会場となるのは地下の防空壕。その入り口のギミックにも驚いた(これは自分で目にしてみて)。ここでは詩人・翻訳家の関口涼子によるインスタレーションが展示されていた。防空豪の中の小さな引き出しから発酵にまつわる言葉を持ち帰る作品だ。

同じく関口の作品が展示される『四十萬谷本店』(しじまやほんぽ)は、先述した「かぶら寿司」の代表的な蔵がある。いずれも「匂いの記憶」をテーマに、金沢に関わる様々な人々の思いを感じながら、人間の「生」の制約を遥かに超えた壮大な発酵の世界へと飛び込もう。

関口涼子『中初商店』の展示風景

関口涼子『四十萬谷本店』の展示風景

東山・大手町エリアの『大手町洋館(旧山田邸)』では、1933年の建設当時の姿をほぼそのまま留めた歴史的建造物でもある洋館を舞台に、遠藤薫の作品が広がる。工芸と歴史をテーマに扱ってきた作家らしく、微生物の循環でもある「発酵」の巨大な世界、膨大な時間の堆積を、土と布で表現している様は圧巻だ。

遠藤薫『大手町洋館(旧山田邸)』の展示風景

遠藤薫『大手町洋館(旧山田邸)』の展示風景

石引エリアでは、1972年創業のカレー屋『JO-HOUSE』二代目店主が運営するスペース『じょーの箱』にて、ミュージシャン・映像ディレクターのVIDEOTAPEMUSICの作品を展示。作家がテーマにしたのは酒蔵で日本酒づくりの際に歌われてきた「労働歌」。「福正宗」「黒帯」などで全国的に知られる酒蔵『福光屋』が近くにあり、そこで唯一記憶されていた『酛(もと)かき歌』の1フレーズを頼りに制作を始めたんだとか。会場では、フィールドレコーディングされた音のサンプリングと、地域の人たちから集めたホームビデオを活かした映像が同期し、失われつつある文化と景色がこだまする。

VIDEOTAPEMUSIC『じょーの箱』の展示風景

各エリアを巡ってみれば、醸造所、酒屋、商店と出会うことになる。お酒や麹や味噌など、必ず欲しいものがでてきてしまうはずだし、生活の場、仕事の場としている人々と触れ合うことで、本当は目に見えないはずの「発酵」が、文化という形をもって“見えてくる”はずだ。

少し離れた大野・鶴来エリアも魅力的だ。海沿いの気候、港のそばという地の利を活かした醤油づくりが盛んな大野エリア。発酵食の魅力を体感できるテーマパーク『ヤマト醤油味噌(ヤマト・糀パーク)』は、1911年創業の『ヤマト醤油味噌』の蔵のある敷地内を『糀パーク』として解放した場所だ。麹や醤油のスイーツ(!)を味わえるほか、今回のチーフキュレーターでもあるドミニク・チェン率いる「Ferment Media Research」によるインスタレーションが設置されている。ぬか床ロボット「Nukabot」と対話しながら乳酸菌や酵母が蠢く様子を体感しよう。

味噌ボット

白山市・鶴来では本芸術祭の一環として「鶴来エクスカーション」を開催中。「小旅行」を意味する「エクスカーション」をキーワードに、街中に、沖田愛有美や深田拓哉、with Rhythmsらアーティストの作品が点在する。190年前の商家を活用した無料休憩所『横町うらら館』では、1991年〜99年まで鶴来を舞台に7度開催された「鶴来現代美術祭」のアーカイブを展示する。日本の地域芸術祭の源流ともいわれる「鶴来現代美術祭」の記憶が、インタビューや資料収集など綿密なリサーチに基づき蘇る。これを見ると、石川の芸術の土壌を感じられる面白い試みだ。

『横町うらら館』

「鶴来現代美術祭」アーカイブ展示風景

普段の観光ではなかなか行きづらい大野・鶴来エリア。今回は、チケット購入者に向けて、往路・復路の無料バスが出ているのでホームページで時間をチェックのほど!

それから伝えておきたいのは、金沢はなんといっても美食の街だということ。様々なインスタレーションを体験した後は、会場である蔵の発酵食品を試食・試飲したり、発酵にゆかりのある飲食店を訪ねたり、夜は美味しいお酒を探しに飲み歩きをしたり、「食」も美的体験の一つなのだ。

金沢21世紀美術館プロジェクト工房

今川酢造

福光屋

発酵食品専門店『発酵デパートメント』をオープンさせ、今回の総合プロデューサーである小倉ヒラクさんは「目に見えない価値を感じる旅にしてほしい」と語る。微生物と人が手を取り生まれる「発酵」は、手間と長い時間を通して生み出され、その土地の数百年の歴史と文化を象徴する“記憶の方舟”だ。ふだん観光するだけでは触れられない100年単位の長い時間軸や広い視野、土や水や風、微生物などの自然のちからを意識しながら巡る旅は、栄養だけではないものを私たちに授けてくれる。

本芸術祭の全ての作品は新作かつ、その場所に根差したサイトスペシフィックなもの。本稿では触れきれなかった作品、アーティスト、場所はまだまだ沢山ある。一度チェックインすれば何度でも訪れることができるからこそ、この芸術祭がどのように作用し、変化し「発酵」しているのか、会期の最後まで見届けに行ってみよう。

インフォメーション

「発酵文化芸術祭 金沢―みえないものを感じる旅へ―

会期:2024年9月21日(土)~12月8日(日)
チェックイン&発酵文化展示:金沢21世紀美術館 プロジェクト工房
インスタレーション会場:大野エリア、石引エリア、野町-弥生エリア、東山-大手町エリア、白山鶴来エリア
時間(チェックイン会場):10:00~18:00(※各エリア会場はウェブサイトで確認)
休館日(チェックイン会場):月曜(※各エリアは会場により異なる)
料金:一般 2000円(ガイドブック付き)

Official Website
https://fermenarts.com/