2021年09月反社会学講座ブログ
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夏ドラマ評、そして、悪が悪らしくあるために

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。こないだの『高校生クイズ』の第1問は、私の『13歳からの反社会学』を読んでれば正解できた問題でした。年間でもっとも出生数が多い日は何月何日か、って問題。他にも出生日にまつわる意外な事実を紹介してますので、知的好奇心旺盛な中高生なら、きっと私の本をおもしろがってくれると思います。

 さて、夏ドラマですが、序盤でおすすめした3本、『ハコヅメ』『TOKYO MER』『シェフは名探偵』が最後までおもしろさをキープしたまま終わりました。
 『ハコヅメ』は、物語の主軸となっていた事件の真相がちょっと弱い。あれならもっと早く逮捕できたんじゃないの。まあ、本格ミステリを目指した作品ではないので、よしとします。
 主演2人に加えて、刑事課の三浦さん山田さん、そしてムロツヨシさん、この5人のコメディ演技センスが卓越してるため、表情の乏しい西野七瀬さんと標準語のセリフ回しがぎこちない千原せいじさんのヘタさが目立ってしまいました。
 あれ、なんか悪口ばかりになってしまいましたけど、結論としては、シーズン2がぜひ観たい。それに尽きます。

 『TOKYO MER』の最終回は、重いテーマを突きつけてきました。どんな人間であろうと、目の前の命を救うのが医師の務めである。たとえその患者が世界一憎いヤツだったとしても。
 日本人の8割を占める死刑賛成派のみなさんは、喜多見医師の信念に胸を打たれませんか。極悪人の命を救う医療に税金を使うな、さっさと殺せばいいとおっしゃいます?
 それより気になったのは、テロリストが喜多見医師を恨む理由がよくわからないこと。過去に自分の命を救ってくれた医師に復讐する? よのなかは不条理だと思い知らせる?
 なんだか意味不明です。自分を殺そうとした者に復讐するならわかるけど、逆ではまるでスジが通らない。テロがテロらしくあるためにテロをやってるようにしか見えないんです。

 これに限らず、最近のヒーローものなどでは、悪の動機がよくわからないことが多いんです。
 最初にこの問題を意識したのは、2012年公開のバットマン映画『ダークナイトライジング』でした。悪役のベインがなぜ街を破壊するのか、理由がはっきりしない。彼の発言をまとめると、「リア充は死ね」みたいな感じ?
 アベンジャーズシリーズの映画で、悪役サノスが全宇宙の半分の生命体を消滅させるって筋書きにも唖然としました。それ、なんの意味があるの? 狭い島国に人口が増えすぎて食糧や資源が足りない、っていうのならともかく、宇宙は広いよ。それをさらにスカスカにしてどうすんの。消費者を半分にしてしまったら、宇宙経済が破綻したりしないのかな。マーベルユニバースには経済学者がひとりもいないのでしょうか。

 しばらく前にWOWOWで観た『僕のヒーローアカデミア』の劇場版。私は原作マンガもテレビアニメもまったく見たことがありません。にもかかわらず、作品の設定をすんなり理解できました。ヒーローもののツボを心得ている良作で、これならこどもにせがまれて映画館に連れて行った予備知識ゼロのお父さんでも居眠りせずに楽しめたことでしょう。
 でも、これもやっぱり悪役たちの動機が意味不明。自分を虐げてきた世間に復讐したいわけ? そのために、世界は強者が支配すべきだとかいうもっともらしい理屈をひねり出してるのだけど、そんな世界で暮らしてあんたは何が楽しいの? と問いただしたくなります。

 いまは悪を描きづらい時代です。ウソと悪口をネットで毎日垂れ流し、差別と暴力を人々にけしかけたトランプ元大統領なんて、一昔前のヒーロー映画なら、完全に悪のボスキャラです。ラストでヒーローの必殺技を受けて爆発するところで観客が拍手喝采するはずだったのに、いまの社会には、トランプをヒーロー視する者がたくさんいます。アメリカだけでなく日本にも。
 仮に映画やドラマでトランプをモデルにした悪を登場させたら、トランプ支持派がブーブー文句をいうでしょう。悪も多様化してるため、万人に共通の悪を設定するのが難しくなりました。だから、万人相手のエンタメ作品では、悪の動機をぼかし、抽象化・記号化した悪を登場させることが増えたのかもしれませんね。
[ 2021/09/20 12:51 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

AIの自動運転なら池袋暴走事件を防げたのだろうか

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。お待たせしすぎたかもしれません、私の書き下ろし新作単行本ですが、12月発売予定となっております。
 すでに原稿は完成して渡してあるのですが、出版社のスケジュールの都合がありますので、いましばらくお待ちください。
 さて、その新刊のなかで、先日判決が出た池袋暴走事件、2年前、高齢ドライバーが運転するクルマが暴走し、幼いこどもと母親が死亡し、9名が重軽傷を負ったあの事件。それについても少し触れてますので、そこの部分だけ先取りして紹介しておきます。
 そういう事情もありまして、この事件の判決には私も注目してました。以前、裁判が始まったときには、当ブログで「法の正義」の観点から言及しています。

『池袋暴走事件と法の正義』

 どんなに悲惨な事件であっても、感情的に被告やその家族を袋だたきにするような野蛮なマネはすべきではない、というか、してはいけないんです、まともな法治国家のまともな国民ならば。
 今回、報道された判決内容を読むかぎりでは、禁錮5年は不当な判決ではないと思います。過失運転致死傷罪では最高でも7年ですし、クルマの故障ではなく被告の操作ミスによるものだとして、被告の責任を明確にしてる点、そして被告の年齢と健康状態などを加味すれば事実上の終身刑になる可能性も高いわけで、判決は法の正義からはずれてはいないと私は考えます。

 発売予定の新刊では、この事件をべつの観点から取りあげてます。それは、トロッコ問題との関連です。
 トロッコ問題に関しても以前ブログで書きました。

『トロッコ問題のバカらしさを、頭の悪いひとにもわかるように解説します』

 トロッコ問題を崇高な思考実験とありがたがってるシロウト哲学者たちは、私がトロッコ問題のバカらしさ・無意味さを指摘したことで、トロッコ問題はトンチではない、などと怒ってましたけど、トロッコ問題は役にも立たないし笑えもしない。だからトンチよりも価値がないんです。

 私が強く違和感をおぼえたのは、「今後AIによるクルマの自動運転を開発する上で、トロッコ問題を考えることは避けて通れない」という意見でした。
 それ矛盾してますよね? クルマの自動運転のAIにトロッコ問題は使えません。だって、トロッコ問題は「正解のない問題」なんでしょ。正解のない問題をどうやってプログラミングするの? 正解のない問題はAIにも解けないのですよ。
 トロッコ問題を自動運転に応用しろと主張してる人は、功利主義的解法を勝手に正解とみなしてるんです。つまり、自動運転車のブレーキが故障した場合は、死者を最少にするルートで走らせろ、と。
 でもそれは「正解」ではありません。そこで、仮に池袋暴走事件が、ブレーキが故障した自動運転車による事故だったと想定してみましょう。
 死者2名の他に9名の重軽傷者が出たということは、あの現場にはかなりの歩行者がいたことになります。もしも違うルートを走っていたら、死者数はもっと増えていた可能性があります。無数のルート選択肢から、このルートで走れば死者は最低の2名ですむ、とAIが判断し、幼いこどもと母親が犠牲に選ばれたのだとしたら?
 それはトロッコ問題の功利主義的解法に従えば「正解」になります。でもあなたはその正解に満足ですか? トロッコ問題をAIに組み入れたのは正しかったと犠牲者の遺族に説明し、納得してもらえる自信がありますか?
 トロッコ問題はあまりにも非現実的な状況設定をしているために、悪問になってしまってます。現実の社会に応用することができないのです。自動運転車の安全性を高めたいのなら、開発者たちはトロッコ問題なんて無視して、ブレーキなどの故障率を極限まで下げたり、危険を察知するセンサーの改良など、現実的なことに全力を尽くすべきです。

 私はいろいろな案を比較検討した上で、自動運転車のブレーキが故障した場合にAIが取るべき最善策を考えました。私のアイデアでも死者をゼロにできる保証はありません。でも功利主義的解法よりも現実的に被害を減らせる可能性を秘めてますし、トロッコ問題の発案者のひとりであるトムソンさんも賛成してくれるのではないかと思ってます。そのアイデアがどんなものかは、発売予定の新刊でお確かめください。
[ 2021/09/04 17:04 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
つっこみ力

読むワイドショー

思考の憑きもの

サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告