2021年06月反社会学講座ブログ
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「安全安心」はいかにして広まったのか

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。ここ数か月というもの、自民党の政治家とオリンピック関係者が口を開けばふたこと目には「安全安心」。具体的にどんな対策でどれくらい安全になるのかは示されず、連日連夜、「安全安心」というおまじないの言葉だけを何千回も聞かされてきたことにうんざり、イライラしてるかたも少なくないのでは。
 そんなみなさんに残念なお知らせです。彼らは安全安心の連呼をやめないでしょう。なにしろ、「安全安心」というおまじないを日本中に広めたのは、他ならぬ自民党だったのです。

 「安全安心」「安心安全」は、1980年代中頃に食品業界の一部でぼちぼち使われはじめた言葉です。それ以前の日本人には、「安全」と「安心」を同時に組み合わせて使う発想がほぼありませんでした。
 数少ない例外が、1969年4月号の『月刊社会党』に掲載された論文「安全の論理と安心の論理」。
 ん、社会党? 自民党じゃないの?
 書き間違いではありません。じつは「安全安心」に最初に目をつけた政党は社会党だったのです。
 1986年7月に予定されていた参院選(実際には衆議院の解散によって衆参同時選挙になった)に向けて、3月の時点で社会党がいくつか掲げていた選挙スローガン候補のひとつが、「安全・安定・安心の社会づくり」。
 ところが選挙戦がスタートしたとき、社会党が採用したスローガンは、
「強い国家より、やさしい社会です。」

 社会党はせっかく掴んでいた掌中の珠「安全安心」をあっさり捨ててしまいました。
 それをちゃっかり拾ったのが――そう、自民党です。自民党が採用した選挙用スローガンが、
「自民党だから、安心・安全・安定です。」

 安心・安全・安定というフレーズは選挙期間中、テレビCMでも使われました。全国放送の電波に乗って日本の津々浦々にまで拡散し、日本人の脳裏に刷り込まれたのです。
 そして選挙結果はといいますと――自民党の圧勝に終わりました。

 もともと精神論や言霊なんてものが大好きな日本人が、このご利益を見逃すはずがありましょうか。さまざまな業種、分野で「安全安心」が浸透していく兆しが見えましたが、本格的なブレークを果たしたのは1995年のことでした。
 1995年は年頭から阪神淡路大震災、続いて地下鉄サリン事件と、大きな事件・災害が立て続けに起きました。国民が不安感に押しつぶされそうだったこの年の7月に行われた参院選では、もはや与党も野党も関係なく、こぞって「安全安心」を連呼しまくることで支持を訴えたのです。
 これ以降、日本では建築業界も防犯業界も飲食業界も原発関連団体も、やたらと「安全安心」をアピールするようになりました。このありがたいおまじないさえ唱えていれば、具体的・科学的な安全対策がなんら取られていなくても、日本国民はこころ安らかに日々を過ごせるようになったのです。

 私は2015年刊の『「昔はよかった」病』のなかで、「安全安心」という概念がいかに危険であるかを論じ、「日本国民から思考力を奪い取り、うつけものだらけにしてしまった、おそるべき魔法のことば」と警告しました。「安全安心」に疑問を持ったなら、ぜひ、ご一読を。
[ 2021/06/25 09:36 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

陰謀がバレたひとたちのドキュメンタリー

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。呉座勇一さんは『陰謀の日本中世史』で、陰謀はほとんど成立しないといってます。陰謀に関わる人間の数が増えるにしたがって情報が流出する可能性も高まるので、陰謀は企んだとしてもたいていバレて失敗するものだと。
 その実例が、なんとつい最近起きました。愛知県知事のリコール運動で署名が大量に偽造されたことがバレて、事務局長や関係者が逮捕されたのです。
 みなさんすでにご存じとは思いますが、なんでみんなもっと喜ばないのですか? 興奮しないのですか? われわれは、違法な手段で政治を変えようと画策した陰謀がバレて失敗した実例をこの目で見られる幸運に恵まれたのですよ。貴重な歴史の瞬間に立ち会えたことを、もっと喜びましょうよ。

 地上波のテレビドキュメンタリーは早朝・深夜に追いやられてしまったので、私は番組表でタイトルだけチェックして興味があるものは録画しておきます。
 先日、東京では6月13日の早朝に放送された、名古屋のメーテレ製作の『民意偽造』。番組表で見たときは、署名偽造の経緯をおおまかに取材したものだろうと思ってたけど、実際に観たら違いました。なんと、逮捕前の田中事務局長に記者が密着取材して本人から言葉を引き出している、「裏情熱大陸」とでもいうべき人間ドキュメンタリーの秀作だったのです。
 逮捕される直前まで撮影してるんです。取材攻勢を避けるために車中泊やホテル暮らしを続けていた田中さんですが、なぜかメーテレの密着だけは受けて自分の人生観や政治観を語ってるところに、自己顕示欲を抑えきれない人間の業がにじみ出ていておもしろい。
 メーテレの取材記者も泳がせかたがうまいんです。最初から罪を暴いてやるぞみたいに迫るのでなく、相手のしゃべりたいことをしゃべらせてます。
 ある朝、ホテルの一室で、窓の外の景色を眺めながら家族のことなどをしみじみ語っていたときに、部屋のドアをノックする音がします。ドアを開けると、
「おはようございます。警察です」
 田中さんは一瞬驚いたものの、着替えていいですか、などといって、わりと冷静に対処しているところで撮影は止まります。
 警察の逮捕って、あんなフレンドリーな感じで来るんですね。

 署名活動の期間中、事務局は署名がどれくらい集まったかの途中報告を一切しなかったそうです。地元のみなさんは、その時点で何か怪しいなと感づいてたのだとか。
 2020年11月3日、高須院長らを招いて最終的な集計作業をする様子だけが報道陣に公開されました。
 その作業をしてる部屋の隅には、署名された用紙が入れられてたと思われるダンボール箱が積み上げられてるのですが、箱には赤のマジックで「完成品」「完成品(予備)」などと書かれているのが、ばっちり映像に撮られてました。
 普通、署名用紙を入れた箱に完成品とは書きませんよねえ。しかも「予備」ってなによ(笑)。こういう証拠を隠すのを忘れるあたりが、なんとも脇のあまい陰謀です。
 この映像を見せて、どういうことかと質問する記者に田中さんがしどろもどろな答えを返すシーンも必見。陰謀がバレたときの人間の素の反応なんて、めったに観られるもんじゃありませんから、役者のみなさんも参考になるのでは。

 署名偽造の事実があったことを認めたあと、逮捕の数日前だと思われますが、車で移動中に記者がズバリ、聞きます。「どこで道を間違えたんですかね?」
 すると田中さんは笑いながら、オレ、間違えたかな? 間違えてないと思うなあ。
 全体的にいえるのですが、田中さんがムリに演技をしてる様子は見られず、自然に受け答えをしています。そこが逆にコワいんです。田中さんのようなひとたちは、自分の正義に疑いを持ちません。自分らの信念・目的は崇高で絶対に正しいと信じているから、目的が手段を正当化すると考えてしまうのです。だからどんな違法な手段、卑怯な手段を用いても、自分たちが望む結果になりさえすれば、正義が実現できたと満足してしまいます。そんな自分勝手な正義がはびこれば、いずれ民主主義は死にます。

 番組では、田中さんの逮捕後に、高須院長に電話取材をしているのですが、「彼ははじめから自分は真っ黒で逮捕されるといってたから、やっと逮捕されたのかと受け止めるだけ。なんの関心もありません」なんて答えてます。
 ずいぶん冷たいじゃないの、高須さん。あなたに心酔し、高須新党を立ち上げたいと夢を語っていた田中さんを、逮捕された途端にトカゲのしっぽ切りですか。保守ってのは、情にあつく、仲間を見捨てないことを誇るひとたちではなかったのですか?

 いろんな意味で人間の業にあふれてる、みどころ満載のドキュメンタリーなので30分番組ではもったいない。素材はまだあるだろうから、60分バージョンに編集し直して全国放送のゴールデンタイムでぜひ再放送を。
[ 2021/06/17 17:51 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
つっこみ力

読むワイドショー

思考の憑きもの

サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告