梅をあきらめて - 新・鯨飲馬読記

梅をあきらめて

 こんなに高くては仕方ない。まあ、過去十何年分の梅干しの瓶が家中にごろごろしてるから、今年はそれを消費することにする。 本式しば漬け(茄子・胡瓜・茗荷を塩と赤紫蘇だけで一気に乳酸発酵させる。梅酢は使わない)用に紫蘇だけ買っておきましょう。

○エイモア・トールズ『リンカーン・ハイウェイ』(宇佐川晶子訳、早川書房
○相田洋『中国生活図譜』(集広舎)
○相田洋『中国生業図譜』(集広舎)
○相田洋『中国妖怪・鬼神図譜』(集広舎)
松平家編輯部『松平不昧傳』(原書房)……『吉兆』の湯木貞一さんは、自分が日本料理の素晴らしさに目覚めたのは松平不昧の茶会記、とりわけその季感を大切にした献立だと、繰り返し語っていた。ナルホド、と思っていたのだが、この茶会記がなかなか見つからなかった。この大部な評伝は一章ぶんを茶道にあてており、その中に「懐石」なる一節が含まれている、、、のだが簡潔過ぎて鯨馬如きにはもう一つ奥深さが分からない(むしろ器の豪奢に呆然とした)。さすが湯木貞一。あと、夏の茶会記に「御直し」とあったのが気にかかる。まさかと思うけど、落語『青菜』に出てくるアレなのだろうか。
長谷川宏『言語の現象学』(世界書院)
莫言『酒国』(藤田省三訳、岩波書店
板倉聖宣『日本史再発見 理系の視点から』(朝日選書)……
斎藤美奈子『文学的商品学』(紀伊國屋書店
○『ごきげん文藝 ほろ酔い天国』(河出書房新社
○『ごきげん文藝 温泉天国』(河出書房新社
○藤川直也『名前に何の意味があるのか』(勁草書房
アラン・コルバン『木陰の歴史 感情の源泉としての樹木』(小黒昌文訳、藤原書店)……樹木を巡る、テーマ別アンソロジーとして読めばいい。樹木、ええわあ。獣でも魚でも、樹木の根源性や形而上性には到底及びもつかない。
平川祐弘編『西洋一神教の世界』(竹山道雄セレクションⅡ、藤原書店
オマル・ハイヤーム『トゥーサン版ルバイヤート』(高遠弘美訳、国書刊行会)……力強く芳醇な日本語。
○ロビン・ダンバー『宗教の起源 私たちにはなぜ<神>が必要だったのか』(小田哲訳、白揚社)……宗教の起源はさんざん論じられてきて、もちろん結論は出ないとしても、集団規模とメンタライジングの能力に着目したこの本の論法はかなり説得的。当然ダンバー数は出てくる。これでいくと、農村ではなく都市においてこそ宗教は発展するという、普遍的な現象も説明可能なのだ。
高階秀爾エラスムス 闘う人文主義者』(筑摩選書)……大学紛争まっただ中に東大教授だった時に、雑誌に連載した文章が元になったそうな。そのせいだろう、この著者としては珍しく、対象に入れ込んでいる(ことを隠さない)のが叙述のエネルギーを高めている。無論、今だからこそ「あえて選ばない」という立場を貫き通した「両生類の王」(byルター)の生き方はよけいに勁いものだったと納得させられる。
バルバラ・シュトルクベルク=リーリンガー『マリア=テレジア』上下(山下泰生他訳、人文書院
マーガレット・アトウッド『マッドアダム』上下(林はる芽訳、岩波書店)……三部作完結。5年越し。物語の大半は登場人物の前半生の語りで占められてドラスティックな展開があるわけではないが、物語を語るというその行為自体が破滅に瀕した世界に遺された、(ひょっとすると唯一の)人間性の証明なのかもしれないと思わせる。もう一回『オリクスとクレイク』、すなわち《破滅》直前の世界に戻ってみよう。ゾンビ映画だって(ゾンビ映画に喩えるのもなんだけど)、最初のゾンビが姿を現すまでが一等面白いのだから。
○赤上裕幸『「もしもあの時」の社会学』(筑摩書房
○竹村公太郎『江戸の秘密 広重の浮世絵と地形で読み解く』(集英社)……専門の地形解読のところは面白かった。ただねえ、日本文化論みたいな叙述はいかにも安直で白ける。
○帚木蓬生『花散る里の病棟』(新潮社)
井上章一ヤマトタケルの日本史』(中央公論新社)……要は、女装して敵をだまし討ちするキャラクターがどうして英雄として讃美されるのか、という切り口からの日本文化論なのだが、うーん水っぽいな。同じ主題なら川村二郎『日本文学往還』の方がよほど稠密に、かつ親密な態度で論じていた。この本が参考文献に載っていないのは不審。「評論」だから?でもそれを言うなら、ねえ。

 今回はとりわけ次の2冊が収穫だった。

阿部公彦『文章は「形」から読む ことばの魔術と出会うために』(集英社新書)……贔屓の学者のひとり。今回も明晰かつ、戦略的で、よい。

高橋源一郎『DJヒロヒト』(新潮社)……偽史による昭和史、というより日本近代史をまるごとのみ込もうとした、これこそ全体小説。人物の出し入れは山田風太郎の明治ものを、そしてDJによる壮大な冗談という趣は小林信彦『ぼくたちの好きな戦争』を否応なく想起させる。連載のあと全面加筆・再構成したそうな。すごいエネルギー。