Wein, Weib und Gesang
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Noteへの移転のお知らせ

例年のように元旦からのgooブログでの不都合から二週間近くアクセスが不可能となった。

その為にこちらでの転載も休止となり、その間により投稿しやすいNoteの方を使用。

その後復旧に伴って、エクスポート機能のないブログへの転載に価値がないと分かり、著作権保護を考慮して、こちらでの掲載を停止することにした。



# by pfaelzerwein | 2025-01-15 19:25 | INDEX | Trackback

スマートフォンへの移行

スマートフォンへの移行_d0127795_20384600.jpg

ギャラクシーの内容を整えている。電話とかカメラとかノイズキャンセラー、車輛関係を前に出して、旅行中の必要なブッキングコムと安売り燃料リスト、使いか勝ってが一番いいCxエクスプローラを中心にEメールやSNS関連もすぐ使えるようにする。


使い方が徐々に定まって来た。その他サムスン関連は消去したり一つのフォルダに纏めてお蔵にする。新たにインスト-ルではデジタルコンサートホールとかも加える。銀行関連とかは認証付きログイン態勢を決定してからになるだろう。


わけの分からない表示のバックも取り替えたり、自身のロゴを入れたりと徐々に使いこなしていけないと駄目だ。


車輛のそれを開けるとなぜか車庫の車のドアの鍵が外れていることを発見。早速錠をして見に行くと、何故か分からなかった。大晦日午前に走る為に乗った時に締め忘れていたのかもしれない。因みに残量は39%迄に落ちた。つまり13%消費した。やはり坂を上って、脚下を延ばすだけで消費が大きい。寒い時には空気が抜けるのかバスの様なコムプレッサーの音がすることがある。停止していると落とす様だ。また空気で上げて、速度を上げると空気を抜くというシグナルも出た。これも初めて気が付いた。


鍵のケースには小さなライトを入れているのだが、フォーンがあれば要らないかもしれない。フォーンを車の中に入れてくのもいいのだが、やはり無料で電話が出来る限りはそれも使いたい。何よりも車輛の管理がデスクでも出来る。


車庫に行ったついでに次の課題である仮眠の準備にもう一度試した。身長が180㎝とかあると足を蓋までつけても、頭が倒したヘッドレストのところまで届いて頭を支えないといけなくなるが、それ以下の人であると問題なく、頭を下げずに寝れる。腰の部分もパッドさえしっかりしていたら、大丈夫かと思う。幅は狭いが、男女の添い寝ぐらいには全く問題がない。男二人では腕が当たる。寝返りは腰がしなやかならば問題なさそうだ。つまりトランクルームからも入り込める。その方が折りたたんだ座席が傷まないかもしれない。ヘッドレストの後ろの傘をおいたのだが、これは動いて危険そうなのでトランクに入れた。精々帽子を入れるぐらいである。


タブレットのフォイルカヴァーが傷んできた。傷は一か所ついているが、それ以外は縁が傷んできた。今後何年も使える訳でないので、使っているうちに外してその儘のディスプレーで使ってみようと思う。そこで使っているアプリケーションをスマートフォンで使えるように認証などを移すのと同時に、大分メモリーも開けれると思う。フォーンの方への移行が進まない限り消去できないアプリケーションも少なくないのだが、無料で使っていたナヴィシステムは流石に無用になるだろう。それ以外で移行して仕舞えそうなのはランニングのウィッチのアプリケーションである。細かな事ばかりだが、タブレットかスマ―トフォーンへと機能を移すことで変わることもある。逆にタブレットだから使えることも少なくない。車での移動時以外にはやはりスマートフォーンはあまり使えないだろう。




参照:









# by pfaelzerwein | 2025-01-02 20:43 | 生活 | Trackback

決して邪魔させてはならぬ

決して邪魔させてはならぬ_d0127795_18523827.jpg

大晦日のジルフェスタ―コンツェルトを観た。今年は無料券が余っていたので、年内の券をそこで使った。然しそこでは引継ぎが遅れたようでディレー中継になっていた。ArteのTV中継の方が早かったかどうかは分からないが、そちらに合わせたのかもしれない。

兎も角、ラディオ中継の方が早いのはお決まりだが、それもヴィーンからのノイヤースコンツェルトの様な同時中継のディレーよりも遥かに遅れていた。確かめようがないがフランス女性が舞台でモデレートしているのでそれを外そうと遅らせてしまったのだろう。

早速始まってブラームスの協奏曲はお目当てのトリフォノフの最初からの名演となる。確かに批評であったように最初のホルンとの掛け合いからして、協奏曲でもあり、ピアノ付き交響曲でもあり、室内楽でもあり、歌曲でもある演奏で、ひとえにこのピアニストによって初めて可能になった演奏だ。

ペトレンコ指揮ベルリナーフィルハーモニカーがしっかり合わせたのはユジャワンぐらいしか知らないが、これだけ一体となると新境地である。一昨年かの野外コンサートでのラフマニノフとの共演が流れて仕舞ったことは不幸でしかない。

然し週末に支配人が語っていた様に、トリフォノフとの共演はペトレンコが可能な限り実現させたいと願っていて、今後もと邪魔が入らない限り重ねられるだろう。会場には元DGのマネージャーで、現在ベルリンのセネターとして文化予算大削減への道を付けた人物がスタンディングオヴェーションをしていた。奴らの考えていることはツェッチマン支配人の合衆国ツアーでの予算削減への反響としてその背後が語られていた。つまりシカゴなどでもそうした公的な援助は抑々あまり考えられなくて、商業的な成功でしか計算できないので芸術的な価値が失われてしまっているという事が語られたと話している。

要するに首を絞めておいて、最後の活き血まで吸いつくそうとしている連中の魂胆がそこに存在するということになる。我々はそうしたものを決して看過してはいけないというアピールを絶えずしていかなければ文化は守れない。ペトレンコが新年への挨拶として語ったベルリンにもあるという証明した文化そのものである。

ミラノに「ばらの騎士」を観に行けたというが、やはり超一流の座付き楽団でないとああ云う演奏は不可能だ。それは編成の大きくしている「マイスタージンガー」前奏曲においても言える。両曲とも取り分け難しいが、復活祭での「指環」に向けて練習を重ねることになるのだろう。

それでも前半のピアノ協奏曲に関しては、アルゲリッチがその打鍵をして「今まで聴いたこともない」と絶賛しているトリフォノフの演奏によって初めてその細やかな表情を管弦楽団との間で描けた。

中々容易ならざることもある訳だが、前半のこの演奏だけでも大変な価値がある。メルケル元首相やその他有名人が沢山客席に映されるのは、嘗ての様な伽藍コンサートではなくなっても恐らく友の会の習慣として色濃く残っているのだろう。


参照:
言葉通りの「お試し」 2024-01-01 | 音
おこちゃまライスの響 2024-12-31 | マスメディア批評
# by pfaelzerwein | 2025-01-01 18:52 | 文化一般 | Trackback

索引2024年12月



おこちゃまライスの響 2024-12-31 | マスメディア批評
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ドライには戻れない 2024-12-04 | 生活
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3Eの意味するところ 2024-12-02 | 生活
フルトヴァングラーに倣い 2024-12-01 | マスメディア批評
# by pfaelzerwein | 2024-12-31 23:28 | INDEX | Trackback

おこちゃまライスの響

おこちゃまライスの響_d0127795_04510116.jpg

大晦日のジルフェスタ―コンツェルト初日の批評が出ている。やはり目玉はトリフォノフのピアニズムであって、目立つどころかドールらのソロに反応して音を出していたようだ。まさしくペトレンコが本来ならばヴァルトビューネでもラフマニノフを合わせて期待していたその音楽性である。

地元放送局RBBの評のそのような大絶賛に対して、同じ演奏を地元のベルリナー新聞ではどうしてこんなに木っ端で曇った音しか出なかったのだろうと、後半の「マイスタージンガー」前奏曲を聴いてからの感想を漏らしている。そのようなおこちゃまには芸術など分からないと言いたい。同じような批評を日本でもしている人がいたが、要するにそこで求められているのは粒だった平均化されたまるでヤマハのピアノの様なもので、それ以上の音楽の内容はどうでもいいということでしかない。ベルリンでも同じ様な「玄人の批評」があるということは、恐らく前世紀の音響の音楽から逃れられていないからであろう。

アルザスへ買い物から無事帰宅した。往復140kmにワイン街道で給油や買い物にも寄ったので全160km程の走行だった。然し、車を引き取りに行った帰り以外では初めての中距離走行で、とても沢山のことを得た。機能としては自動追い越し装置を初めて使った。それ以外にも対面交通でのトラックとのすれ違いや前車追走など得ることが多かった。若干センターラインに合わして半自動的に走るので、大きな車輛の場合は若干外側へとハンドルを動かす必要があった。逆に言うとそれだけで安全運転に繋がる。その他、機械と人工知能との協調つまりシステムを可也把握していないと恐らく事故率の大激減への機能を使い果たせないと実感した。殆ど飛行機操縦の少なくとも無視界若しくは小型ジェット機並みのコックピット認識が無いと使いこなせないと思った。情報量があまりに多いので、ぐずぐずしていると余計に危ない。残り数週間ぐらいで身につけたい。

最も関心事であった蓄電池の使い方は分かった。70%蓄電に出かけ前のヒーターで、少し補給して出発したが、何時ものスタンドで既に若干減っていて、56%でバイパス幹線道路となった。そこからは蓄電一定保持モードで走ると、最後まで僅かに上下しながら保てて、最後の車庫入れで2%消費し52%で終えた。燃料は15リットル給油で175kmが今は残量が82kmになっているので、上の数値からすると、30kmぐらいは回生エネルギーで走れたことになるか。ハノーファーへは蓄電量を80%から上にして、宿で残り70%、ハノーファーの市街迄往復で、40%残量ぐらいで、翌朝発進出来ると、帰宅しても残りは10%を超えている筈だ。やはり少し残していおくと、燃料の注油にも余裕が生じる。冬場の渋滞や休憩の時の暖房にも余裕は欲しい。

自動追い越し装置は自分自身の判断よりも出る方も戻る方も慎重で判断は若干遅いが、自動的に指示器が出てから自分自身で目視できる安心感がある。要するにそれを全て自分で行うよりも遥かに楽で安全度が高い。教習で助手席に乗っている感覚である。その感じで走れば間違いなく疲れなく、疲れていても巡航速度を上げられることが確認された。最高速度の状況よりもそちらの方が有効かもしれない。現時点でのアクティヴセーフティーの最高峰のシステムの車輛であることを認識して投資したつもりなので、これを最大限引き出すのが責務でしかない。

出かけ前にギャラクシーのフォイルが届いた。三つ組で価格を上げて細かな配慮のある中共製であるが、作業枠までついていて懇切丁寧な割に直感的に経験でやって全く問題がなかった。余程わけの分からない客層を考えているのだろうと分かる。



参照:
Mit Kirill Petrenko und Daniil Trifonov, Silvesterkonzert, Antje Bonhage, RBB Drei vom 30.12.2024
Lohnt sich das Silvesterkonzert mit Kirill Petrenko und Daniil Trifonov?, Peter Uehling, Berliner Zeitung vom 30.12.2024
歳末の片づけを一通り 2024-12-30 | 生活
永く記憶に残る熱狂 2024-09-19 | 音
# by pfaelzerwein | 2024-12-31 04:51 | マスメディア批評 | Trackback