今回は、受験生にとっても避けて通るわけにはいかない課題、「教育の無償化」について考えてもらいます。
生徒役は、麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタです。
現状認識
タロウ:先生、教育費ってどれくらいかかるの?
私:どうした、いきなりだな。
タロウ:お母さんとお父さんがよく口喧嘩してるんだ。お父さんが何か買おうとすると、お母さんが、タロウの教育費にどれくらいかかると思ってるの! って怒るんだよ。
ゲンタ:そうそう。うちも、お父さんが車を新しく買い替えたいっていったら、お母さんに怒られてた。
ワタル:うちはお兄ちゃんが言われてた。お兄ちゃん今高校生なんだけど、ワタルにまだまだお金がかかるから、あなたは私立大学には行かせられないってさ。
私:みんなやっと現実を知り始めたようだな。ちょっとこのデータを紹介しよう。日本政策金融公庫というところが出している数値だ。
一同:高っ!
ゲンタ:あれ? 小学校ってタダじゃなかったの? あと公立中学校も。
私:学費だけならね。でも、他にもいろいろあるだろ? 給食費とか、遠足費とか、修学旅行費とか。
ワタル:あと塾代!
私:実はこの数値には、塾代は含まれていない。
タロウ:うわあ! 先生、聞くのが怖いんだけど、塾のお金ってどれくらい?
私:塾によってもだいぶ違うが、普通の集団指導塾に小学校6年間通うだけで、300万円以上はかかるかな。
一同:・・・・・。
私:だから、親の苦労を台無しにしないよう、皆は勉強頑張るしかないな。
一同:・・・・・・。
高校への進路
タロウ:先生、教育にこんなにお金がかかるっていうけど、それを払えない家庭はどうすればいいの?
ワタル:そんなの簡単だよ。学校に行かないだけだよ。
ゲンタ:それでも、義務教育の中学校までは通わないとだめだろ。
ワタル:義務教育ってぼくたちの義務じゃないよ。ぼくたちには教育を受ける権利があるってことだよね、先生。
私:その通りだ。義務があるのは皆の保護者ということになるな。
ゲンタ:結局同じことじゃないか。中学校までは僕たちには教育を受ける権利があるんだから、お金がなくても通えるんじゃないのかな。
私:その通りだな。もし家庭の経済状況が厳しい場合には、いろいろな免除制度があるから、中学校まで通うことは問題ないだろう。
タロウ:それじゃあ、高校には行けないの?
ワタル:それはひどいんじゃないかな。だって、今時みんな高校まで行くのが普通だろ?
私:普通かどうかはわからないが、このデータを見てみよう。これは、1950年から2016年の高校進学率と大学進学率の推移だ。赤が大学、青が高校だね。
ワタル:ほらあ。みんな高校に行くじゃないか。
私:1974年には90%を超えたんだね。今は98~99%くらいのはずだ。
ゲンタ:グラフではそうは見えないけど?
私:このグラフは、通信制高校を入れていないからな。
タロウ:一度聞きたかったんだけど、通信制高校って何?
ワタル:そうそう。僕の親戚のお兄さんも通信制高校だっていってた。
私:全国には、5600校くらいの高校がある。
ワタル:全日制と定時制って?
私:全日制というのが、君たちが考えている普通というか一般的な高校だ。朝から夕方まで通う高校のことだ。定時制っていうのは、昼間仕事をしている人が、夜に通う高校なんだ。
ゲンタ:へえ。大変そうだね。
私:卒業までにだいたい4年かかるみたいだね。実は、この50年間で、定時制高校に通う人数は4分の1以下に減っているんだ。
ワタル:なんで?
私:なんでだと思う?
ゲンタ:それはそうだよ。今は中学校を卒業してすぐに就職する人が減ったからだよ。昔は金の卵って呼ばれてたんだよね。
私:よく知ってるな。高度経済成長期には、中学校を卒業した若者が地方から都会へ集団就職してきていたんだ。彼らは貴重な労働力だったから、金の卵なんてよばれていた。
タロウ:通信制高校に通う人は増えてるの? 減ってるの?
私:だいたい1.5倍くらいに増えたかな。
ゲンタ:通信制高校ってどんな高校?
私:基本的には自宅で勉強して、レポートや課題を提出するスタイルなんだ。で、ときどき学校に行く。週1日から年数日程度とさまざまだね。
ゲンタ:それって悪くないね。
タロウ:そうかなあ。家で一人で勉強って逆に大変そうだけど。
私:働きながら勉強する人も多いようだね。
ゲンタ:あ、それで定時制に通う人が減ってるんだね。
ワタル:僕の親戚のお兄さんは、中学校で不登校になっちゃって。それで通信制高校を選んだって言ってた。
私:今は不登校の生徒の受け皿としても機能しているんだ。
高校卒業後の進路
ワタル:意外だったんだけど、大学進学率ってそんなに高くないんだね。
私:このグラフには通信制大学は入っていないからな。それも含めると、60%くらいになる。それに、東京都だと78%くらいだ。
ゲンタ:高校卒業して、大学に進学しない人ってみんな就職するの?
私:就職するのは17%くらいだね。あとは、専修学校や各種学校に進学する人が22%くらいだ。どうせ聞かれるから先に説明すると、専修学校というのは、「職業若しくは実際生活に必要な能力を育成し、又は教養の向上を図ることを目的として組織的な教育を行う」学校だ。
ワタル:もっとわかりやすく説明して。
私:つまり、「学校」っていってもいろいろあるんだね。洋裁学校・自動車教習所・予備校・茶道学校・華道学校などだ。それらをまとめて「各種学校」というのだが、専門的な職業教育を行う学校が「専修学校」となる。まあ「専門学校」っていったほうがわかりやすいだろう。
ゲンタ:職業訓練って?
私:いっぱいあるぞ。
工業分野…測量・土木・建築・電気・自動車整備・コンピュータなど
農業分野…農業・園芸・畜産・造園・バイオテクノロジーなど
医療分野・漢語・歯科衛生・リハビリテーション・マッサージなど
衛生分野・・・栄養・料理師・理容・美容など
教育・社会福祉分野・・・保育・幼児教育・社会福祉・介護福祉など
商業実務分野・・・ビジネス・簿記・会計・貿易・旅行・観光・ホテルなど
服飾・家政分野・・・ファッションデザイン・アパレルなど
部員化・教養分野・・・音楽・デザイン・外国語・演劇・映像など
ゲンタ:うわあ、いっぱいあるね。でも、どれも仕事に直結してるよね。
タロウ:僕たちって、中学受験したら高校・大学まで進学して、それからどこかの企業に就職かなって思ってたけど、そうじゃない進路だっていっぱいあるってことなんだね。
高等教育の無償化
ゲンタ:先生、前の授業で、高卒で就職する人の半分が、お金がないから大学進学をあきらめたっていってたよね。
タロウ:それに、もしかしたら専門学校に進学する道を選んだ人や通信制大学を選んだ人の中にも、大学の学費の問題を抱えていた人だっているかもしれない。
ワタル:だったら、大学を無料にしてあげればいいのに。
タロウ:うん、そうだよ。
ゲンタ:僕も、前回からいろいろ考えたんだけど、大学までは行きたい人は行けるようにしてあげるべきだと思ったんだ。
私:どうしてだ?
ゲンタ:だって、そうやって高度な勉強をした人たちが増えないと、日本の経済だってよくならないんじゃないのかな。
タロウ:そうそう。ノーベル賞だってとれないし。
ワタル:最近、日本の工業製品の競争力が落ちてるのだって、結局そこが問題なんじゃないのかな。
私:実は先生もそう思ってる。日本の予算にしめる教育費の割合は8%なんだけど、これは先進国38か国で構成されているOECD加盟国のうち、ビリから3番目だ。日本より低い国はギリシャとイタリアだな。
タロウ:へえ。古代ギリシャっていえば、ピタゴラスとかアルキメデスとかいたのにね。
私:大学等の高等教育にかかる費用を家計が負担する割合も、3番目に高い。つまり、日本では高等教育を受けたければ自分で何とかしなくちゃならないってことなんだ。
ゲンタ:どうしてなんだろうね。
私:最大の理由は、お金の問題だね。国にそれだけの予算が無い。
ワタル:いろんな無駄な支出を減らせばいいのに。
私:他に理由は考えられるかな?
ゲンタ:もしかして自己責任ってこと?
タロウ:ああ。大学行きたきゃ自分で金払えってやつだね。
私:結局は、高等教育の目的は何かってことになるね。一人一人が自分のためだけに大学に行くと考えれば、それを国が税金で支援する必要はないって考える人も出てくるだろうし、国全体、いや、社会全体のプラスになるんだって考えれば、それは国の責任だということになるだろうし。
ワタル:とりあえず、僕たち若者が一所懸命勉強して、社会をリードする立場になって、それから変えていかなきゃだめってことか。
私:うまくまとめてくれてありがとう。