秋山成勲本人による自伝。
大きな新情報がふたつ。秋山のプロデビュー以来ファイトマネーの管理を任せていた男がごっそりネコババしていたという横領事件である。この本の記述によると、秋山はHEROSから「やれんのか!」に至るまでのギャラのほとんどを巻きあげられている。
さらに、秋山が昨年韓国でこなした多数のCM出演などの芸能活動に関しても、マネージメントに問題があって秋山本人はほとんどギャラを受け取っていないとのことである。「同じ時間、コンビニでバイトしていたほうが、よっぽど儲かっただろう」とまで書いている。ホントかよ。
まあツイてなかったなとしか言いようがないのだが、これが事実なら我々の秋山観に若干の修正が必要になってくる。
UFC参戦発表前、我々の認識はこうだった。韓国での秋山人気が爆発した昨年、多数のCM出演によりひと財産築いた秋山は選手としては一種の「あがり」を迎え、ゆえにハイリスクなカードを避けて総合初心者の柴田や外岡選手をチョイス。すでにファイター秋山は悠々自適の余生に入っている、というものだった筈だ。だからこそ、秋山UFC参戦の報にみんなビックリしたのだ。今回この「ひと財産」という前提が崩れたことで、秋山が終わっていないということがハッキリしたと思う。
なんにせよ、秋山が余生に入ってないというのは朗報である。謎は謎のまま引っぱられ、物語は続く。
自伝を丸呑みで読んだ感想を大雑把に言えば、「なんだ秋山、悪いやつじゃないやーん。悪気ないやーん」である。しかし秋山という存在が「悪気ないやーん」では済まないのも明白なのだった。
日韓両国の間で翻弄された秋山の数奇な運命を辿る評伝。柔道時代の秋山を語る韓国柔道界のお歴々への取材が滅法面白い。桜庭戦以後は、秋山の言動に対して「その時、日本人は(韓国人は)どう感じたか」がいちいち記されており、日韓の秋山評価のズレを実感できて面白い。
「日本の選手はパッとしないっつーか。元気がないっつーか、なんかこうカッコ悪いつーか。」
我々をギョギョギョとさせる斯様な秋山の言葉、しかしたぶん秋山の意識の中に悪意はないのである。基本的には秋山は善意の人であり、ただ格闘技界を盛り上げたいと思っての「吉田先輩とやりたい。どこでも」や「(青木が)リスペクトしてくれるのは有難いが興味ない」発言なのである。
秋山の問題とはここだ。世の中には、悪意がないからこそタチが悪いということがある。秋山と我々の著しい感覚のズレは、彼の不幸なアマチュア時代に原因があると思われる。このへんのことは以前
「桜庭和志vs秋山成勲」妄想(一応これで最後) - 挑戦者ストロング
に書いたが、この本では「不幸なアマチュア」時代の詳細を明らかにしたうえで、秋山本人の
「(負けて人気が出るという現象に対して)「?」っていうのは凄くあったんですけどね。
やっぱり勝たんと意味がないなとか、勝って、勝って、勝てば人気が出るんじゃないかなとか」
という言葉を紹介している。この秋山の大いなる勘違いには我が意を得たりと思った。あんなに強いのに、この人なんにも判ってないわけですよ。
さてわたくしは秋山の意識には悪意はないと思ってるけど、秋山の「無意識」には膨大な怨念と悪意が渦巻いているのではないかと想像している。表向き堂々としている秋山の顔の裏で、それがチョチョシビリと漏れている(と思われる)瞬間、オレは秋山成勲から目を離せなくなる。
たとえば田村潔司戦の消滅は田村が金泰泳にチョイナと負けたからだと思っていたが、「ふたつの魂」によれば田村サイドから「新婚旅行に行くから」と言って断られた、という。秋山は「新婚旅行ですか…?」と呆れてやる気も冷めた、と書いている。このへん両者の間に誤解が錯綜してそうな感じもするし真相は薮の中なのだが、これが真相だとしても、こういうことをサラリと書いて自然に被害者っぽくなれちゃう秋山にものすごく「無意識の悪意」を感じるのだ。現在、秋山以上にオレを動揺させる格闘家はいない。ああ、秋山UFC行ったらどうなるのかなあ。ドキドキするなあ。
「魔王」の著者は、プロ雀士の田中太陽氏。このはてなダイアリ的に言うと、以前クソマンガ「DINO」について書いたとき
柳沢きみお「DINO(ディーノ)」の格闘芸術 - 挑戦者ストロング
に情熱的なコメントをくれた人です。面白い本をありがとうございました。秋山最高!