先日、組織運営についての研修会に行ってきました。
印象に残った話はいくつかあったのですが、今回はそのうちの一つをメモしておきたいと思います。残りの話はまたいずれ。
成果主義は失敗だった!?
成果主義の功罪はあれこれあると思います。
成果主義だと頑張れる人、苦手な人、成果主義が向いている職種、向いていない職種もあると思います。
私はこれまでの経験から、「if_then方式」「信賞必罰方式」に代表されるような成果主義はあまり好みません。かと言って、年功序列制度がベストであるとも思いません。
多くの場合において承認欲求が行動の動機づけになるということは理解していますので、やはり、成果主義も悪くないのかなと思うこともあります。
それでも、成果主義と言われるとなにかピンとこないものがあります。
すみません。話が堂々巡りになってきました。
とにかく、「結果が全て」というのが嫌いなのです。そう、「プロセス重視の成果主義」というあやふやなものが自分には合っているような……
閑話休題。
年功序列から成果主義へ。これは、バブル経済崩壊後、急速に広まったと言われています。右肩上がりの経済が終息を迎えたからという認識が一般的となっています。
その研修会の中で、『それでも成果主義は止められない』というテーマで掲載された、2009年の日経ビジネスオンラインの記事が紹介されていました。
その記事によると、
「勤務先が成果主義型の制度を取っている」と答えた944人を対象に、勤務先の成果主義の成否を聞いたところ、「失敗だった」とする回答は68.5%に達し、「成功だった」という回答(31.0%)を大きく引き離した。
多くの企業が採用している成果主義。それを取り入れて成功だったと感じている人は31.0%。
だから、成果主義は日本には馴染まないのだという話ではなく、その運用方法がマズい企業が多いのではいかということも言われています。
「量的な達成」と「質的な達成」
成果主義は結果が全て。「量的な達成」がなされたかどうかということが、まず評価のポイントになります。
一方、「質的な達成」とは、量的には達成できなかった場合でも、達成に向けて取り組んだことで、それに付随する他の業務が改善されたり、チームとしての結束力が強まったり、知識が向上したりといった、量では測れない場合が多い「質」の向上のことを言います。
結果に重点を置いた成果主義だと、このような質的な達成が見落とされがちになるのではないでしょうか。
目標値を達成出来たとなると、とたんに気が抜けることってありませんか?
達成した、やれやれ。もう十分頑張った。あとはゆっくりさせて。。というように。
短期間の目先の利益が評価対象になるからです。
「量的な達成」と「質的な達成」は、「定量目標」と「定性目標」の関係にも似ているように思います。私は、定性目標の方に重点を置きたいと常々思っているのでよけいに成果主義にアレルギーを感じるのかもしれません。
どちらが良い、悪いではないので、バランスが崩れないように気をつけたいです。
ここで、あらためて「成果主義」を検索してみると、
企業において営業などの成果を重視する考え方。人件費削減を行い易い為に導入を試みようと言う企業は少なくはない。
成果を上げるだけの権限をもった人材に適用してはじめて効果があるものであり、一般社員に適用するとモチベーションのダウンにしかならない可能性も高い。本来は成果そのものだけでなく、そこへ至るプロセスも評価対象とするのが前提となっているが、この部分があまり評価されないケースが多く課題となる場合も多い。
業績不振になった場合に社員の怠慢にあると責任転嫁されたり、業績をあげればあげるほど失敗時のリスクは高まったり、マイナス面も小さくはない。
たしかに、経営者が自分たちにとって都合がいい成果主義を取り入れようと考えるのもうなずけます。
そろそろ疲れてきたので、最後に私が大好きなこのセリフで終わりにしたいと思います。
「そうだな…わたしは『結果』だけを求めてはいない」
「『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時真実を見失うかもしれない」「やる気も次第に失せていく」
「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」「向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?」「向かっているわけだからな…違うかい?」
真実に向かおうとする意志 (しんじつにむかおうとするいし)とは【ピクシブ百科事典】より
ありがとうございました。