こんばんは、卵屋です。
シリーズ運動学習第5弾。長かった運動学習シリーズも今回で最終回。
最後は運動学習を考える上で大事にしなければならない5つのポイントについて解説する。
これまでの記事はこちらからどうぞ
現役理学療法士が「運動学習」について語る1
現役理学療法士が「運動学習」について語る2
現役理学療法士が「運動学習」について語る3
現役理学療法士が「運動学習」について語る4
また、これらの記事は以下の書籍にかなり強く影響を受けている。
ぜひ手に取って学習していただきたい。
ではさっそく運動学習を考える上で大事にしなければならない5つのポイントについて解説する。
運動学習を考える上で大事にしなければならない5つのポイント
反復
これは理論や理屈といった大層なことを考える前に日常生活を営む上でみな感覚的に経験し知っていることではないだろうか。
例えばピアノやギターなどの趣味を始めてすぐに上達する人間は皆無だろう。人によりセンスの違いはあるにせよ大前提として上達するためには反復した練習が必須であろう。
一方リハビリテーション領域でこの「原則」を主張する際に最も引用されている論文が1978年のKottkeの論文「The training of coordination. Arch Phys Med Rehabil 59:567‐572.1978」だ。
Kottkeはこの論文の中でエングラム(多くの筋群への一連の運動指令パターン。スキーマ理論でいうところのGMPとスキーマを合体させたようなもの。)を獲得するには相当の試行回数が必要だと説いた。
例えば歩行であれば300万歩、野球のピッチングならば160万投と、とにかく一つの運動課題をスムーズに遂行しようと思うと膨大な反復回数が必要だとしている。
もちろんこの数を全て丸呑みしていちいち回数を数えている(そんなバカな)セラピストはいないだろうが、「運動を獲得するには相当の反復回数が必要だ」という主張の根拠にしているセラピストは多いと思う。
例にももれず私もその一人である。正直ここまでの反復回数が必要だとは思わないが、新規の運動になるほど「一朝一夕で獲得できるものではない」「相当の反復回数が必要だ」という大まかな指針の根拠にはしている。
エラー
これと逆の立場は「失敗は悪」である。そしてこの考えで運動療法をしている理学療法士は割と多いと感じる。全ての失敗・エラーを「悪」と捉え介助で「正しい」運動ばかり練習する。このような考えに私は反対の立場である。
さて、この主張の根拠は生理学的な理論と心理学的な理論との両面でアプローチできると思っている。
生理学的な理論で言うと「教師あり学習」「強化学習」というものが挙げられる。
(「教師あり学習」、「強化学習」については、道免和久先生のこちらの文献に大変分かりやすく整理されているので是非参考に。)
教師あり学習は小脳で誤差情報をもとに内部モデルを構築していく過程である。
理想軌道と実際の軌道との誤差が生じた時に小脳の登上線維がプルキンエ線維に非常に強いスパイクを発することでこれらの変化が起こるとされている。
強化学習は大脳基底核で報酬をもとに運動を変化させる仕組みである。
強化学習は、運動の正確性を学習する際よりも、その運動をしたこと自体が正しかったのかどうなのかを判定し改善する際の文脈で用いられることが多い。例えばコップに手を伸ばしたことにより水をこぼしてしまった経験をした際に、期待していた報酬ではなかったこと(周囲の冷ややかな目、思っていたタイミングで水が飲めなかった事実など)が影響を及ぼし、次からはその距離で手を伸ばすのではなくもう少し近づいて手を伸ばす、あるいは非麻痺側の手を伸ばすなどの行動に変容させるといった具合だ。「運動」よりも「行動」や「行為」の変容に強く影響を及ぼす仕組みだと言える。が、もちろん運動の正確性にも関わるものだと思う。
そしてその成功・失敗の判断に関わっているのがドーパミンだと言われている。
中脳ドーパミン細胞の神経活動は、予期しないときに報酬が与えられると増加し、報酬が与えられることが予測できる場合には持続的に活動し、予測された報酬が得られなかった場合に減少する。これらはドーパミン細胞が、強化信号として報酬をコードするだけでなく、報酬の予測誤差情報を伝達する機能を担うことを示している。大脳基底核はある行動を行うことによってどのような成果が得られるかを予測し、その成果と予測とが一致するようになるまで運動を変化させ、そして習得された運動を記憶・再現する運動学習、すなわち強化学習に基づく運動学習に関与する。
(長谷公隆著、運動学習理論に基づくリハビリテーションの実践、第2版、医歯薬出版株式会社、2016)
このように教師あり学習、強化学習といった運動学習の仕組みを考えるとエラーは必須ではないだろうか。
次に心理学的な理論を持って主張する。心理学的な理論はおなじみのスキーマ理論である。
スキーマ理論はGMPとスキーマ(再生スキーマ・再認スキーマ)というものがキー概念としてあり、スキーマを説明するにあたってはスキーマ関数というものが重要だとしている。
スキーマ関数とは「過去に行った運動の結果」と「そのときに用いた運動パラメーター」の関係であると解説した。(現役理学療法士が「運動学習」について語る4)
このようにスキーマ理論ではたくさんの経験をすることでスキーマ関数が形成され、スキーマが獲得されると運動の精度が上がっていくと主張する。これはすなわちたくさんの失敗・エラーを経験することで運動は学習されていくと言い換えることすらできるのではないか。
ボール投げの例で言うと、毎回20mを狙って成功ばかりしていては8の力しか学習されず15m、30mと近しい別の課題に直面したときにどれくらいの力で投げればよいのか分からないのではないだろうか。臨床の場で要求される能力は毎回同じスピードでの立ち上がりや歩行ではなく、状況に応じて選択できる幅の持った(冗長性のある)能力である。そのためにはなるべくたくさん失敗を経験し良質なスキーマ関数を形成することが重要だと私は考えている。
以上のような理由で私はエラーの重要性について主張する。
難易度
さきほどの「エラー」と同じに聞こえるかもしれないが、先述のポイントが「エラー自体の必要性」だったのに対して、ここでは「エラーの質」に対して言及する。
エラーはどんなものでもたくさん与えさえすればよいのかと問われると答えはNOである。
エラーは必要だが、その頻度や特性についてはこだわる必要があると考えている。
(才藤栄一ら、脳卒中患者の治療用装具、日本技師装具学会誌、Vol.No2,2012」)
これは臨床での経験からも大変実感する内容である。廃用で下肢筋力が低下した患者さんに、出来ない立ち上がり練習を何の補助もなしに何度反復させても出来るようにはならない。逆に平行棒に頼って歩いている患者さんに反復して平行棒歩行の練習をしても杖や独歩には移行していきにくい。
要は運動学習を促進する課題においては、課題の難易度が難しすぎても優しすぎてもダメということが言える。
生理学的な理由を付け加えておくと先述の「強化学習」が関係すると考えられる。課題の「達成感」が報酬となり運動や行動が正しかったかの判断をし学習していくのが強化学習の本質だが、成功率が0%では報酬が受け取れない状況が何度も続くこととなる。すると報酬をもらおうと期待自体しなくなり、ついには辞めてしまう。一方で成功率が100%では毎回成功することで「達成感」が得られにくく、予測した報酬と実際の報酬との差がない状態になる。これもまたモチベーションが維持できない。
「達成感」という報酬を期待させモチベーションを維持するには成功率が60~70%程度になるように調整するのが望ましいと言われている。
例えば歩行練習では装具を用いて自力あるいは介助歩行により難易度を調整する。
このような関わりが学習を促す過程においては必要だと考えている。
動機付け
これも臨床場面でよく遭遇する問題で認知症や高次脳機能障害の問題で、立ち上がったり、歩いたりの練習をしても、ただ課題をやらされているだけだと思うように上達しない。もう少し具体的に言うと「失敗」してもそれを修正しようとせずまた同じ失敗を繰り返すといった具合だ。
ここでの論点は「エラーをエラーと認識し修正出来るかどうか」だと思う。
先述のようにエラーは大事だし、エラーの質(難易度)も大事だが、それらはエラーを活用することが前提にある。
エラーをエラーと認識できなかったり、エラーを通して修正する意思自体がないといくらエラーを経験しても学習にはつながらないと考えられる。
ここでいう動機とはその課題(例えば立ち上がりや歩行)を成功させたいという意欲と言い換えられる。
生理学的な根拠で言うならこれまた「強化学習」の「期待する報酬」が関係する。期待する報酬と実際の報酬との差が大きいほどドーパミンが放出され学習がすすむとされているが、そもそも報酬を期待しない状況がこれに該当する。
誤解のないように付け加えると、「意欲のないことが悪い」ということが言いたい訳ではなく、「それほど意欲というものは学習に大事だ」ということが言いたい。
学習を促進するためには課題を達成したいという意欲が必須でそのためには動機付けがとても大事だと考えている。
転移性
「サッカー選手と野球選手、どちらの方がテニスが上手か?」と問われるとどう答えるだろうか。
ステップなどの俊敏な動きはサッカー選手の方が得意そうだが、ラケットを打つフォームは野球のバッティングと少し似ているか…、などなんとなくお互いのスポーツの動きを想像しながら考えるはしないだろうか。
このように、転移とはある条件下で学んだ課題を他の条件での課題(あるいは学習)に影響を及ぼすことをいう。
一般的に、Aという課題とBという課題が似た動きの場合、課題の与える影響は強いイメージがあるかもしれないが、では動きが似ているとなぜ転移しやすいのか?そもそも転移しやすさの条件は動きなのだろうか?
練習環境での神経過程の要求が実際の環境での要求に似れば似るほど、転移はより良好となる
(Schmidt & Lee,2005;Winstein,1991)
この主張には大変重要な示唆があり、ポイントは「神経過程の要求」というところである。
2つの課題の類似性とは突き詰めると「神経過程の類似性」であると言い換えることが出来る。
課題の動きやフォームが似ていることが本質ではない。ここを捉え間違えると目標課題に対する練習課題の設定が上手く出来ない。
例えば、脳卒中片麻痺患者さんが平行棒で歩行する際は麻痺側に倒れるのを防ぐために非麻痺側の上肢で引っ張ってバランスを取ることが多い(特に麻痺側遊脚期)。ここから杖歩行へ移行しようとすると麻痺側に倒れこんでしまってたちまち歩けなくなる方が多い。
これは要求される神経過程が違うからだと捉えることができる。平行棒では内側に引っ張る力が使える前提で麻痺側遊脚期を過ごすためパッセンジャー(骨盤・体幹など下肢より上部の剛体)の重心位置が麻痺側へ寄っていても手の引っ張りで左右バランスが取れる。つまり骨盤や体幹は非麻痺側に偏移させなくても非麻痺側の振り出しが可能となる。神経もそのような体の使い方の指令を各筋肉(体幹・骨盤周囲筋)に送る。
ところが杖歩行になると上肢で内側に引っ張る力は利用できず、パッセンジャー自身で重心位置をコントロールし麻痺側遊脚期の振り出しを遂行しなければならない。骨盤や体幹は非麻痺側に偏移させ重心位置を非麻痺側(立脚側)に移してやる必要が出てくる。神経もそのような体の使い方の指令が要求される。
が、これまでそんな指示は出してこなかったため突然指令を出すことは出来ない。だから歩けない。という寸法。
転移性ということを考えた時、平行棒から杖歩行へ移行する際は上肢の引っ張りを抑えるような環境(例えば平行板を利用する)や条件(例えば手は握りこまない様に指示を出す)で練習していく必要があると考える。
このように一見動きやフォームが似ているからと転移性を考えずに似た練習だけをしていても思うように学習はすすまない。
運動学習を促進させたいならば、学習における転移の本質を知りそれらを意識して関わる必要があると考える。
まとめ
今回は運動学習を考える上で大事にしなければならない5つのポイントについて解説した。
- 反復
- エラー
- 難易度
- 動機付け
- 転移性
の5つが大事なポイントでありそれらを意識して練習や課題の設定をするべきだと述べた。
どれか一つでも欠けると一切学習されないかと言われるとそんなことはないと思うが、全てが揃っている方が学習効率は上がると考える。
達成課題の学習がうまくすすまないときはこれらのどれが欠けているかを考えてみるのもいいかもしれない。
さて、長かった運動学習シリーズも今回で最終回。
運動学習は奥が深く勉強すればするほど分からないことが出てくる。是非一緒に勉強していきましょう。
長くお付き合いいただきありがとうございました。
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