こんばんは、卵屋です。
評価シリーズ第5弾。
ここまでの流れを振り返る。
前回で、統合と解釈までの解説が終わった。
前回までの記事はこちらからどうぞ。
現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際2(情報収集、検査測定、動作観察)
さて、次からは「治療」に向けての準備を進めていく過程となる。
具体的には課題・アプローチ点の抽出→目標設定→プログラム立案という流れですすんでいく。
今回は課題・アプローチ点抽出について解説する。
課題・アプローチ点の抽出とは?
課題・アプローチ点の抽出とは、これまでの評価の流れで、ニーズを把握し統合と解釈により動作や機能的な問題点を絞る、その結果を整理する過程を指す。
今ではICFという概念を用いて整理することが主流となっている。
また「課題・アプローチ点の抽出」は以前は「問題点の抽出」という用語が主流だった(というより現在でも多く使われている)。
ICFとは何か?
「問題点の抽出」と「課題・アプローチ点抽出」の違いとは何か?
さっそく解説していく。
ICFについて
ICFとは「International Classification of Functioning, Disability and Health」の略語で日本では「国際生活機能分類」と訳される。
現在では一般的にも広く認知されつつあるこの概念、一体全体どういうものなのか?
ICFについて説明するにはその前身である「IDH」についての理解が必要となるため先にIDHについて解説する。
IDHがもたらしたもの
私が学生の頃は「ICIDH」という概念を用いて問題点の抽出を行うように習った。
ICIDHとは、「International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps」の略称で日本では「国際障害分類」と訳される。理学療法界では単に「IDH」と呼ばれることが多い。
これは1980年にWHOにより定義され、「障害」というものを3階層に分けて捉えるという概念である。
障害?階層に分ける?
私が初めて習ったときもすぐには理解できず、なんだかよくわからないことを大層な言葉で表現しているなぁ~という感覚だった。
ところがどっこい、この概念は理学療法、もっと言うと医療をやる上では欠かせない概念で、この考えがなかった時代にどうやって理学療法を考えていたのだろうと思うくらい画期的な発明だった。
IDHが世に発表されるまでは「障害」とはイコール「疾病(病気)」だった。脳卒中や四肢の切断といった疾病そのものが分かりやすい「障害」で、それらに付随する種々の(生活・人生上の)問題は全て包括されていた。
「脳卒中」も「骨折」も「痛み」も「筋力低下」も「歩けないこと」も「立てないこと」も「入院して家に帰れない状況」も「大好きな趣味が出来ないこと」も全て皆並列に「障害」で括られていた。
そこには、「いや、それじゃあ患者さんの困っていることを本質的に捉えられないよね」、医療者側の都合で言うなら「どこに照準を合わせて治療や支援をすればいいか定められないよね」、という問題を抱えていた。
そこで、障害で一括りにされていた種々の問題点を、
・Disabilities(能力障害)
・Handicaps(社会的不利)
という3階層に分類すればもう少し捉えられやすくなるんじゃないか、と新しい概念が誕生した訳である。
これまで「病気=死」が多くを占めていた時代から、寿命の延長、病気から付随する種々の問題点の多様化、人権意識の高まりなどの影響で、「病気になっても生きる上で大事にしなければならないことは何か」を人類が考えるようになってきたといえるのではないだろうか。
さて、新しく誕生したこのIDHという概念、どのように活用すればよいのか。
IDHについてざっくり解説すると、以下のような考え方である。
↓
運動麻痺が出現する(機能障害)
↓
歩けなくなる(能力障害)
↓
家で生活が送れなくなる(社会的不利)
といった具合で「脳卒中」という疾病を基に各階層で起こる「障害」を整理することができる。
前述のようにかつては「脳卒中」も「運動麻痺」も「歩行困難」も「自宅復帰困難」も全て並列に並べられていた「障害」を、IDHという概念にあてはめて考えることによって、
あ~、あの患者さんは「脳卒中」という疾患を患ったことにより、
機能障害レベルでは「運動麻痺」、
能力障害レベルでは「歩行困難」、
社会的不利レベルでは「自宅復帰困難」、
という「障害」があるのね、
と捉えられるようになった。
逆を言えば療法士としては、じゃあ「運動麻痺が改善」して「歩けるように」なれば「家に帰る」ことができるんじゃね?と大きな方針を立てやすくなったという訳だ。
何度も言うがこれは本当に画期的なことなのだ。今ではIDHは批判的に捉えられることも多くなったが、この概念の登場により療法士、引いてはリハビリテーションを受ける全患者が受けた恩恵は計り知れないものがある。もっと敬意を表すべきだ。IDHバンザイ、ヤッホーイ。
IDHの活用方法
さて、IDHの具体的な活用方法について踏み込むと、理学療法士の実習では以下のような表を用いて整理するように指導される。
機能障害 | 能力障害 | 社会的不利 |
#運動麻痺 #筋力低下 #関節可動域制限 |
♭立ち上がり困難 ♭歩行困難 ♭トイレ動作困難 |
自宅復帰困難 生活範囲の狭小化 趣味活動困難 |
このように各層の問題点を列挙していく。
ここは「統合と解釈」で考察し、各階層で「問題だ」と考えたことをまとめる。
実際にはもっと細かく、
機能障害 | 能力障害 | 社会的不利 |
#1左下肢の運動麻痺 #2右下肢の筋力低下 #3左下肢の関節可動域制限 #4左下肢協調性低下 #5全身持久力低下 |
♭1立ち上がり困難(#1~4) ♭2歩行困難(#1~5) ♭3トイレ動作困難(#1~4) |
自宅復帰困難 生活範囲の狭小化 趣味活動困難 |
といった具合で整理することを求められる。
「機能障害では問題を起こしている筋一つずつ」「能力障害は優先順位順に列挙」など各実習地によって様々なマイナールールが存在する(このあたりは理学療法界で統一してほしい…)。
統合と解釈で考えた内容を表にして整理するのが目的なため、「ある程度焦点化できればそこまで細かくなくてよい」と考えるのが私の立場である。
以上のように、かつてはIDHという概念を用いて問題点を整理していた。
が、近年はこの考え方が変わりつつある。
次はその背景について解説する。
IDHに対する批判
IDHはリハビリテーション医療を変える素晴らしい着想だったが、歳月が過ぎるとともにこの概念に対する批判や誤解が出現するようになった。
いくつかあるIDHに対する批判の中で主だったものを抜粋すると、
IDHの図を正面から捉えると「病気になれば必ず機能障害が起こり、そうなると必ず能力障害を起こし、その結果必ず社会的不利が起こる。つまり運命論だ」という批判。
「マイナス面だけにフォーカスをあててプラスの部分を捉えるモデルとなっていない」という批判。
➂環境面が考慮されていない:
「障害が発生するには機能障害や能力障害だけでなく、環境的な因子が大きく影響するのにそれが考慮されていない」という批判。
といった点が挙げられる。
このような批判を受けて、全世界的な改定作業が行われた結果「ICF」というものが出来上がった。
ICFとは
図のモデルがICFの概念である。
IDHと比べた図の変化で言うと中心部分の文言が変わり(機能障害→心身機能・身体構造、能力障害→活動、社会的不利→参加)、「環境因子」と「個人因子」が加わった。矢印の方向も双方向性になった。
IDHの批判を修正する形で上記のような図に変化した。
そしてここでICFを活用する上で最も重要な考え方、「相互依存性」と「相対的独立性」というものについて説明する。
※例えば「片麻痺(身体機能)があると→歩行(活動)ができない」「歩行機会(活動)が減ると→筋力は低下する(身体機能)の低下を招く」といった具合にそれぞれの要素が影響しあうこと。
※例えば「歩行(活動)」は、「運動麻痺(身体機能)」の影響を強く受けるが、運動麻痺が残存しても装具などの補助具を使用しながら歩行を獲得することは可能であるという例から、身体機能からの影響だけで全てが決まるという訳ではない、という考え方。これを認めない(身体機能の影響で全てが決まるとする)考え方を「基底還元論」という。
ICFを活用する際にはこの2つの概念、特に「相対的独立性」という概念を捉えるのが最も重要である。
IDHが運命論だと批判を受けた要因にはモデルの図の矢印が一方向性で、まるで相互依存性や相対的独立性はなく下の階層から上の階層にしか影響を与えない「基底還元論」と捉えられてしまったためである(これは誤解であったが)。
さて、ICFという概念についての説明はこのあたりにして、それをリハビリ職種としてどう活用するかの話に移る。
ICFの活用方法
大変長くなったがここからが本題である。
実は、理学療法界でICFの活用方法ははっきりと決まっていない。
IDHのときはマイナールールが存在するとは言えそれなりにルールと統一性があった。
が、ICFでは変に「プラスの面を」とか「環境因子・個人因子を」と、付け加えられた概念を「入れなければならなくなった」ことにより、方法論がはっきりしないまま理学療法界に浸透していってしまった。
これは、ICFはIDHより進化したものだ、ICFを活用しよう、という思いが先行して、ICFを理学療法士としてどう活用するかを議論をしないまま広めていってしまったことが原因であると考える。
そのため結局IDHに戻って整理する学校も増えてきた(私はそれが悪いこととは思わない)。
では、理学療法においてICFをどう活用するのか?
ここからはあくまで私の独断と偏見でのICFの活用方法についての話になる。
一般的にICFの活用方法は、概念図の中に情報を書いていくことになっていると思う。
このような図を見たことがある方も多いと思う。
が、IDHを学んできた30代のおっさん理学療法士が初めてこのような図を見た時はとても違和感を覚えた。
IDHに比べてなんだかぼんやりしてるな…。
退院後の患者さんの生活を整理している図はよく見るけど、回復期では入院中なわけで入院中はどう整理するのか…?
など正直レポートにどのように整理して提出すればよいか分からなかった。それでも見よう見まねで書いて提出すると特に指摘されることはなかった。
バイザーもよく分からなかったのだろう。
ICFを学んで、自分なりに改良を加えた結果、私は以下のような例が望ましいのではないかと考えている。
このように真ん中の3つはIDHにならって整理して、現状と退院時目標を記入する。そうすることでその活動が今のままでよいのかまだ向上を目指しているのかが分かるという寸法である。
まさに課題を抽出する作業だと考える。
「問題点抽出」と「課題・アプローチ点抽出」の違い
次にIDHによる「問題点抽出」とICFによる「課題・アプローチ点抽出」の違いを述べる。
IDHは、ある種「基底還元論」的に機能障害に対してアプローチして、機能障害→能力低下→社会的不利へと影響を及ぼすことで課題解決を図るという考えがメインだった。(厳密なIDHの概念からするとこれは誤解だが、未だにそう教える指導者が多い印象)。
そのため前述の機能障害に挙げる項目は「改善が可能な項目のみ」記載すると指導されることもしばしばあった。
例えば「四肢の切断・変形」などは当然ながら動作を阻害する要因ではあるが、理学療法士の手によって切断・変形自体を改善することはできないため問題点として挙げない、といった具合だ。
一方、ICFは心身機能・身体構造へのアプローチと並行して、「相対的独立性」を利用した活動・参加へ直接的にもアプローチするという考えを持つ。
そのため「理学療法士が関われる関われないに関わらず」関係性の把握として課題解決に向けて影響するところは全て抽出しておく。
その上で「活動や参加を阻害する要因と、その課題解決のための糸口が別のところにある可能性」をしっかりと認識しておく。
例えば運動麻痺の患者さんに対しては当然麻痺が改善するように機能訓練は実施する。
が、その上でそれでも運動麻痺が残存してしまった場合に、
・装具という補助具を使い活動に直接的にアプローチする。
・あるいは人的環境である家族に介助指導を行うことにより自宅に退院できる方法を模索する。
といった具合だ。
問題点だけをみるのではなく、問題点を把握したうえで解決すべき課題とアプローチできるところを探すことが大事だと私は考えている。
当然のことながら入院リハ初期の理学療法士の関わりは心身機能へのアプローチが主になる。一方、中盤~後半にかけては活動と参加への直接的な関わりを増やしていく。
基底還元論的に機能訓練だけしていてもダメだし、相対的独立性があるからと機能訓練を軽視してもいけない。
このような「相互依存性」と「相対的独立性」の理解と活用をICFは強く訴えている。そう私は考えている。
まとめ
以上、課題・アプローチ点の抽出について解説した。
ICFの活用方法については理学療法界全体で再考の余地がある。
ただ、他の理学療法士や他職種と話すときにどの部分(階層)について話しているかを把握しやすくなるため、その概念については深く学ぶことをおすすめする。
次回は目標設定について。お楽しみに。
ありがとうございました。
続きの記事→現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際6(目標設定)
関連記事→ICFにおける「活動」と「参加」の違い
コメント